第29話 奥様、相変わらず寝起き悪し

 朝だ。なんかよく覚えていないが、白っぽい色の部屋でムカつくことを言われた夢を見たような気がする。普通、こうやってバーチャルで寝ても起きればログボがあるのにやっぱり無いし、つくづく雑なゲームだ。


 少し前に早起きしていたティモが野イチゴをどっさり摘んできてくれなければ、私はこのまま不機嫌だったろう。


「んー! うまい。美味しい植物に詳しいなティモは」


「まあね。最初は動物が食べていれば大丈夫かなと手探りだったけど、大分慣れてきた」


「そっか、大変だったな」


 最初は手探りということは、初期は無課金勢だったのだろう。大変さに気づいて課金したわけか。よくある話だが、突っ込むのは野暮とリョウタに釘を刺されているので黙っておいた。


「さて、今日で森を抜けて次の街まで半日で行く予定だよね。なんて言う街だっけ?」


 リョウタは地図を広げながら確認しようとした。私達はこちらの言葉読めないのに何をやってるのだ。


「えーと、ら、ラッカスアドと読むのかな?」


「うん、近い。ラッカサドの街。ラッカスの木が多いのが由来らしいよ」


 な、何ぃ! リョウタが文字を読めるようになってるだと?!


「少しずつだけどティモ君に教えてもらってるんだ」


 ビックリした私を見て察したリョウタが答えた。


「地図や看板、それに魔導書が売られていたら読んでみたいからね」


「ふむ、『スイッチオン』や『はい、チーズ』などのセンス無い呪文よりは格好がつくようになるのか。それはいいことだ」


「違うよ、ちゃんとした魔法や高度な魔法をだね……」


「リョウタの服装やファッションのセンスはもはや問わないけどさ、呪文くらいはセンス磨こうな。シリアスな戦闘で『聖なる光で燃え尽きるが良い!』では中二病みたくてダサい」


「ユウさん、だからそうじゃなくて……って、またさりげなくけなされてるし」


「かといって『光あれ』だと何かの曲名だし、『もっと光を!』だとどっかの詩人の最期の台詞だからな、光なのに死に際のセリフなんてアンデッド系しか使えないし」


「ユウさん、途中からわざと言ってるでしょ」


「バレた?」


 そんな私達のやり取りをティモはクスクスと笑っている。


「本当に二人は仲がいいのだね」


「いや、世間では尻に敷かれてるとも言う」


「さーて、おちょくるのはここまでにして、と。ティモ、ラッカサドの街はどんなところ?」


「うん、さっきの話以外だと昨日話した鑑賞用の木を特産にしている街。そのせいか植木職人も多いし、魔法使いも土属性の人が沢山来るし、売っている魔法グッズも土属性が多いよ」


「私とリョウタには無関係な話だなあ。土属性グッズを買うくらいかな」


「あとは魔族も結構住んでいたけど、今はどうなんだろう?」


 ティモはうつむき加減につぶやいた。そうだ、彼は元々魔族と人間のハーフ。光の洗礼を受けたから人間同様になったが、見た目は魔族というハードモードを選んだ重課金勢だった。かつての仲間も迫害されたり、洗礼を受けた者とも仲違いしているとも言う。


「難しい問題だね。どこに行っても似たような差別があるものだ」


「そういう時には暴力で黙らせるに限る」


「ユウさんが言うとシャレにならないから止めて」


「ははは、冗談さ。暴力は敵にしか向けないさ。あとはリョウタの四十肩マッサージみたいは合法的な痛みとかだな、ふふふ」


「最初と最後の笑いの意味が違うような……」


「二人とも、早く出発しようよ。やり取り見てるのは楽しいけど日が高くなっちゃうよ」


「そうだか、リョウタをおちょくるのは後ででもできる」


「後ででもって、ユウさん。僕のことをなんだと思っているの」


「配偶者」


「う……、間違ってはいない」


「ほらほら、後片付けして行くぞ。食べ残しあると野生動物が味をしめて、人間が美味しい物を持っていると学習して人間を襲うようになるし、火もしっかり消さないと山火事になる」


 私が急かした時、リョウタとティモが引きつった顔をしていた。


「ユウさん、ちょっと遅かったみたい」


「味をしめるのは野生動物だけではなく、モンスターも同じだね」


 振り向くと、ブラックオーガが五人ほどこちらを狙っていた。


「ふむ、五人もいるのか。こちらは三人分の食糧しかないが、と言っても聞かないか」


 ちょっと数が多い。どうやって倒すか。ティモのすばしっこさで撹乱して私が倒すか、リョウタの格好は山賊などの人間の敵ならドン引きして固まるからその隙を付けるが、オーガには通用しない。


 ふと、足元を見るとさっきの消しきれてなかったたき火、ザックの中にある物を思い出した。いつかやった手段だが、ティモの魔法ならうまくいくかもしれない。


「ティモ、強風の魔法は起こせるか?」


「うん、できる」


「九時の方向に風を起こしてくれ」


 ザックから物を取り出していつかのボロボロになったリョウタの古ローブを取り出す。


「く、九時?」


 くっ、最近の子供はデジタル時計しか知らないのか、分かりやすく説明するか。


「右のオーガを風上にして風下を一番左のオーガになるように吹かせるのだ。間違っても私達には風は吹かせるな」


「わかった。風の精霊よ、僕に力を!」


 その途端、指示した通りの強風が吹いた。オーガは一瞬戸惑ったが、すぐに臨戦態勢に入り、飛びかかろうとしてきた。


「今だ! くらえ! 火炎瓶!」


 晩酌にしようと思ってたウォッカ並の強い酒をローブに浸し、たき火で火を付けた物を右のオーガに投げつけた。ティモの魔法で強風が吹いているから火は強くなり、火の粉が次々とオーガに燃え広がった。火だるまになるオーガ、それから逃げようとするオーガ、火を消そうと慌てふためいているオーガと結束が乱れたところを剣で次々と切りつけてなんとか倒した。


「えーと、振袖火事の再現?」


 リョウタは以前見ているから知っているか。


「よく考えれば瓶ではなく服だったから火炎服だったか。いや、リョウタの言う通り振袖火事の再現オーガ退治バージョンか」


「えーと、ネーミングのことを言ってるのではなくて。相変わらず鬼畜な戦い方だなあ」


 リョウタは呆れるがティモは目を輝かせて絶賛してきた。こういう時は子どもは素直でいいな。


「やっぱりユウさんすごいや! 五対三なのにほとんど一人で倒しちゃった!」


「ふふん」


「あ、でも、オーガは消えたけど火の手がまだ残ってるから消さないと山火事に……」


 リョウタの注意の通り、火の粉が枯葉などに広がり始めた。マズイ、山火事の犯人と知れたら放火魔として捕まるか、評判ガタ落ちになり旅がめちゃくちゃしづらくなる。


「うむ、逃げるか」


「ユウさん! どうして鬼畜な事ばかり言うのさ! まだ間に合うよ! 氷パックで消火くらいしようよ!」


 リョウタがザックで氷パックを取り出しかけた時、ティモが制した。


「待って、僕の風魔法を応用すれば多分消せる。『風の精霊達よ、その火の中に入り、すぐにその場から去れ!』」


 すると風の動きが止まり火は自然消火した。


「本当に消えた。ティモ、何をやったらああなるのだ?」


「風の精霊達をその場から一斉に去らせると一時的に空気が無くなる。空気無ければ火は消える」


 ということは今ので複数の風の精霊を操り、大掛かりな真空状態を作ったのか。さすがは重課金勢だ。頼りになる。


(グラジオラス様の言ってた違和感を感じる魔力の強さって、このことなのかな)


「ほらほら、他の魔物出る前に今度こそ片付けて行くぞ」


 リョウタは何やら悩んだような顔をしていたが、私は片付けを急かし、ようやく出発した。

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