第7話 リョウタ、女神と再会する

 その夜、ベッドにて就寝したはずのリョウタはふと妙な気配で起きた。宿屋のはずが、知らない部屋、けれども見たことがある白い部屋。確か、最初に女神と名乗る女性が現れた場所だ。周りを見渡すが、前回と違って自分一人しかいない。前は妻と一緒だったが、自分だけここに再召喚されたのだろうか。


「やはり女神は怒っていて現れないのかな?」


 と、思ったら白いローブのようなドレスのような美しい絹の服を纏った長い金髪の女神が現れた。ユウとは反対のタイプだ。彼女は黒髪ショート、服装も事務服以外はスカートをはかない。

 ……ただ、女神の手はギプスで固定され、頭には包帯と絆創膏、よく見ると湿布を固定するための足首のテーピングもされている。


「あ、遅れてごめん。包帯と湿布を替えてたものだから。それに名乗っていなかったわね。私は女神グラジオラス」


 妻は彼女に一体どういう攻撃をしたのだろう?


「ところであの女、何なの?! 異世界に召喚したと説明していたらボコボコにぶん殴られたんだけど?!」


 やはり怒っている。しかし、神様もケガするとなかなか治らないものだな。少なくともヒーリングの女神ではなさそうだ。僕の白魔法で治せないのだろうか。


「すみません、うちの妻はせっかちなのと、徹底的な現実主義者なのでゲームのチュートリアルと思い込んで終了させようとしたらしいです」


「よくまあ、あんなのと夫婦やっているわね。あなたも大変ね。あのせいでチートスキル与える間もなかったから彼女のスキル欄にはとりあえずそのまんま書いたけど」


 ああ、だから「容赦ない凶暴」とあったのはそのためだったのか。その後の書き換えは腹いせだろうが。


「様子を見てたけど、なんであんなに異世界を否定してゲームと思い込む訳? 大抵の人は受け入れるし、信じなくても普通は女神を殴ってこないわ」


「彼女からの話では、実家ではサンタのプレゼントをしない、サンタのいるいないをはぐらかす家庭だったみたいです。サンタを信じてた彼女はサンタを捕まえて親に証拠として見せてからプレゼントもらうと言い張って、靴下片手に玄関前に一晩張り込んで大風邪をひいたそうです。

 張り込み事件以降は親はさすがにプレゼントをくれるようになったみたいですが『これでわかった。親がサンタだ。ファンタジーは存在しない』と三歳だか五歳にして悟ったとかなんとか」


「そ、そんな理由で現実主義に。親も罪だわね。しかもサンタに会うのではなく、捕まえるって。そんな年からたくましい子どもというのもなんだけど。

 ところで、あなたにはレベルアップのオマケをつけたし、オマケのチートを授け忘れてたから、こうして再び呼んだわけ。何がいい? やはり亭主関白? 夫の威厳復活?」


 なんで冒険者が家庭内位置を決めるチートを得る必要があるのだ? この女神も変な人、いや神様かもしれない。


「えーと、地道に努力してレベルアップするのが好きだから、結構です。それでお尋ねしたいのですが、なんで僕たちはこの世界へ?」


「それがおかしいのよねえ。この世界フォルステを平定させるためにあなただけを呼んだはずなのだけど、奥さんが付いてくるし、しょうがないから奥さんを白魔導師にしようとしたら逆になるし。召喚用の石は一個だけしか送らなかったのに」


「え? 召喚の石って、あのフローライトですか? 2個ありましたよ?」


 ちょっとの間、気まずい沈黙が流れる。そして頭を抱えて(正確には片手はギプスなので片手で手を頭に当てて)嘆いた。


「あちゃ〜、やっちまったぁ~。だから在庫が合わなかったし、二人がこっちに来たのか〜」


 やはりこの女神はドジっ子のようだ。とりあえずフォローせねば。


「……えーと多分、これが最適解なのだと思います。彼女は現実主義で無自覚だけど黄泉の国にまで僕を追いかけてきて、そこの神と渡り合った過去があるので、異世界召喚にで同じ世界についてくるのは朝飯前かも。

 その時も黄泉の国と信じなくて日本の地下深くだからブラジルマフィアと信じてました。

 それに武勇伝も複数あるし、剣道三段だし、あの性格だからバーサーカータイプの剣士になるのも自然な流れかと。だから二人で良かったのですよ」


「現実主義なのにマントルや内核の概念を無視するの?……あなた、ヤバい人を奥さんにしたのね。もしかしてモテなかった? もしかしたら奥さんいなければ魔法使いになってたかも」


「え? 今、魔法使いですよ?」


「嫌味が通じてないよ、この男。まあ、いいわ。お約束だけど、この世界フォルステのワーラウ王国で魔王の封印が解けかかっているの。それで、首都ミソノの宿屋に放り込んだ訳。あなたには再封印をお願いしたいし、万一解けてしまったら退治を……」


「ちょっと待ってください」


 僕は慌てて女神の話を遮った。


「怖いの? だから有利になるようにチートやスキルを授けようと思ったのだけど」


「いえ、妻なら嬉々として封印を壊すでしょう。或いは魔王に取って代わって新たなる魔王になるために魔王を倒す気がします。以前、願いが叶うなら何するかという話題で『新興宗教作って新世界の神と崇められるか、ビル・ゲイツ並の金持ちになって経済で世界を牛耳る』と言ってのける人です」


「……確かにあの女ならやりかねない」


 女神グラジオラスも納得したようで、再び片腕で頭を抱えてしまった。


「だから僕達を元の世界に戻して貰えませんか? その方がお互いのためです」


 しかし、女神は静かに首を振った。


「ところがね、召喚したら目的を果たさないと戻れない決まりなのよ」


「そ、そんな。それで目的が魔王再封印なり退治ですか」


「そう、あなたはいろいろ不遇そうだから異世界チートなりハーレムさせてあげようかと思ったのに、あの女が付いてくるし。って、私のミスだった……。あ〜、なんでやっちゃったんだろ」


「あの、確かに凶暴ですが妻の悪口止めて貰えませんか?」


 あんまりにもユウさんの悪口ばかりなので抗議してしまった。確かに大怪我しているから腹が立つのは仕方ないが、妻が悪く言われていい思いするのは冷えきった夫婦くらいだろう。


「それにハーレムも要らないです。ハーレム展開なんて、近づいた女の子を片っ端からユウさんが血祭りにあげるの予想できますから。僕はユウさんが居ればいいです。彼女の四十肩マッサージの刑は痛いですけど身体にはいい痛みですし」


「あなた、もしかしてマゾ?」


 グラジオラス様はジト目で僕を睨みながら聞いてきた。まとめて僕までディスられるとは。いや、あの人の夫というだけで現実世界でも何割かは奇特な目で見られる。大きなお世話だ。


「いえ、そういう性癖は……って、異世界での進路指導なり説明に来たのじゃないのですか」


「そうだったわ。困ったわね。魔王の再封印以外にもあの世界の問題を解決してくれれば、世界を平定したことにはなるけど。ちょっと調べるけど、ダメだったら当初の目的通りに魔王の再封印か討伐でお願いね。あなたは奥さんのストッパーとなって」


「雑な異世界召喚だなあ」


「とりあえずレベルアップやスキルには色をつけてあげるから」


「って、雑な上に丸投げに近いじゃないですか! 神が人間に丸投げなんて無責任……!」


 そう叫びかけたところで、目が覚めた。とにかく召喚目的などは聞いたが、ユウさんの召喚は女神の手違いだったらしい。

 こうなったらユウさんは徹底した現実主義だし、ゲームということにして話を合わせるしかない。女神の知らせは運営の知らせ、ユウさんが問い合わせできないのはバグで修正中ということにしよう。もし、また女神に会ったら事後承諾で協力してもらう。


 しかし、ゲームだからと、相手に対してより過激になりそうだ。何せ相手を生身の人間と思っていない。殺してもログアウトくらいに思う、蘇生する方法はあるからまだなんとかなるが、殺人鬼になる前に僕がストッパーになれと言うのだろうけど、あれをどうすれば止められるのかと考えると朝からぐったりするのを感じた。



※リョウタが黄泉の国にさらわれた話は下記のURLリンクとなります。https://www.yomiuri.co.jp/national/20231206-OYT1T50010/

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