第10話 やはり鬼嫁?

 ダンジョンから帰ってきた後、僕は宿屋から針と糸を借りて服を繕っていた。あれからもユウさんは容赦なく僕を切りつけ、時にはサハギンから守るためとか言いながら伏せさせるというかすっ転ばされてきたのでローブはあちこち破け、擦り切れていた。買い直すにもこのボロボロな姿ではさすがにみっともない。


「無課金勢の哀しさよのう。課金すれば直ぐにいいローブが買えるのだろうけど。って、ゲームなのに直らないって、変にリアルだな。そんなところにリアル追求しなくてもいいのに。

さて今日の成果はアクアマリンとミントガーネットにブルートパーズとアフガナイト。水のモンスターばかりだったからか青い石だな。ブルートパーズは高く売れそうだ。アフガナイトはコレクションにしよっと。リョウタの杖魔法で紫外線出せたからミントガーネットやアフガナイトの蛍光も見られたし」


 当のユウさんは悠々と今日の成果のコレクターストーンを堪能して、売る分とコレクションにする分を選り分けていた。そりゃ、ゲームと思って好き放題暴れるから無双状態で無傷だもんね。サハギンの特性を僕が説明して、杖をフラッシュさせる作戦で目がくらんだ隙に倒す作戦でサクサク倒しちゃったから、宝石仕分けだけですむよね。身体はもちろん防具なんてほぼ無傷だ。


 それにしても、目がくらんでいたとはいえ、なぜ青銅の剣という初期装備でレベル十以上のサハギンを楽々倒したのだろう。硬そうなウロコなのに。いや、ユウさんは力もレベルアップしてるから垂直に突けば折れることなく倒せる仮説が成り立つ。僕はそんな人に鍛錬のために切りつけられたのか。生きていられるかなあ。


それにもう一つ腑に落ちない。サハギンは海のモンスターのはずだが、なぜダンジョンにいたのだろう。空間が歪んでいるのかもしれない。それともはるか昔は海だったのが地殻変動か何かで閉じ込められた地底塩湖かもしれない。

 地下四階にいたセイレーンも本来は海のモンスターだ。歌い出した時は慌ててユウさんの耳を塞ごうとした。


 しかし、彼女は剣を「カーン!」と一回だけ鳴らして「失格!」と言ったら泣き出して彼女らは水中に潜ってしまった。なんでうちの世界ののど自慢を知っているのだという疑問は残ったが、それでも撃退したから、いい経験値稼ぎになったらしい。それともあれは男の船乗りを誘惑するから、女性には効かないのか?


「なぜ倒さないで撃退するのか」と聞いたら、「ゲームのモンスターならいくらおちょくっても虐めても罪にはならない。いやあ、堂々とおちょくれて楽しい」と鬼畜な返事が来た。


「あのね、無課金勢でも稼いだお金で充分にいい装備に買い直せるから。ってさ、この世界でいくら稼いでもVRゲームだから現実世界に持ち帰れないから!

 いや、そういう問題じゃなくて、仮にも鍛錬とはいえ、夫を切り刻む妻なんてどうよ。こうやって言うと鬼嫁通り越してサイコパスか殺人鬼だよ」


本当は持ち帰れると思うが、魔王討伐より宝石あさりに夢中になりそうなので黙っておく。


「まあ、フラッシュ焚きまくりと治癒魔法繰り返して、それなりにレベル上がったからいいじゃないか。サハギン以外にも魚系のモンスターなどいろいろ出てきてレベルが十五になったし。リョウタもどうせ治癒魔法で治るのだから問題ない」


「……鬼嫁だ、紛うことなき鬼嫁だ」


 気のせいか、なんだか涙で針が見えない。とにかく、さっさとこの世界から抜け出すために二十一日無断欠勤で懲戒免職説を持ち出したのは効いた。実際の時の流れは知らないが、二日目だから残り十九日で魔王討伐なり再封印はハードモードかもしれないが、ユウさんの容赦ない残酷なスキルならやれるかもしれない。


「さて、宝石の仕分けも終わったし、リョウタも最低限の修繕だけを終えたら寝るぞ。さすがにレベルアップもしたし、リョウタの意見通りなら稼いだ宝石はなるべく売って、お金はこの世界で使った方が有益だし、やっぱり魔力や防御力高い服に買い替えしないとな」


「ゆ、ユウさん、やっぱり僕のこと考えてくれて……」


 嬉し泣きしそうになったが、次の瞬間に涙の種類が変わった。


「あと、殴れそうな硬い杖も買い足そうな。魔力も大事だが、魔法が効かない敵にも物理攻撃しないと単に突っ立っているだけの役立たずだし。白魔道士って攻撃手段少ないからなあ。攻撃魔法までレベルアップするのはまだまだだよな?」


「……僕、泣いてもいいですか? それに今夜も寝たら嫌な予感がする」


「ってさっき既に泣いてたじゃないか。それとも悪夢見るのか? 子守唄でも唄おうか?」


「い、いえ、結構。そこまで不眠症じゃないから」


 ユウさんは実は音痴だ。いつかのカラオケで十点台をたたき出した時は荒れて荒れて大変だった。どっかのキャラ見たく破壊的な歌声ではないが、こんな薄い壁で歌われたら宿中の客からの苦情が殺到するに決まってる。これ以上僕の心労は増やしたくない。なんで異世界でこんなに苦労しなきゃならないのだ。

 つくづく何故この人と結婚したのだろうと思う時があるが、なんだかんだで彼女以上に非モテの僕を想ってくれる人はいない。


「じゃ、針も片付けたから寝ます。あとはなんとかするよ」


 僕達は灯りを消して就寝した。また女神に呼び出されて打ち合わせかなあと一抹の不安を抱きながら。


 そして、それは現実となった。

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