第32話 作者はそこまで考えていない

「さっきも言ったけど、好きに頼んでいいぞ。食べ盛りだからな」


 ユウさんがエールを飲みながら料理を多めに頼み太っ腹ぶりをアピールする。そりゃ、彼女がゲームと信じ込んで聞かないから、お金は現実に持ち帰れないと言ったのは僕だが、宵越しの金は持たない江戸っ子みたいな使い方されても困る。


 使い切られても困るからステータスに出ないように魔法具の振りをした宝石を持っているからいざとなればそれを使えばいい。ユウさんは無属性剣士のためか、徹底的な現実主義のためか、魔力には鈍感というよりゼロだ。だから魔法具に偽装したのだが。


「まあ、気を使って無理して頼まなくても」


 おかみさんが恐縮そうに言う。確かに客は市の前日なのにガラガラだ。昼間の出来事といい、ここの人達も腫れ物扱いなのだろう。


「大丈夫、この育ち盛りの少年とデ……恰幅のいいおじさんがどんどん食べるから」


「ここのご飯、美味しい! だから沢山食べられるよ!」


 ユウさん、ひどい。でも、ティモ君の言う通りここの料理は確かに美味しいからどんどん平らげているのも事実だ。旅をして歩く事が増えたから少しは痩せたと思ったが、振り出しに戻りそうだ。


「昼間も実感したが、差別問題は根深そうだな」


「魔王もそれなりに最初はいい治世していたのですけどね」


 おかみさんが空の皿を下げながら嘆く。


「途中からですかね、重税を貸したり、人間と魔族で税率を変えたり、人間のみ入国規制かけたりと差別化図ったものだから溝が出来てしまって」


「魔族も討伐に参加したと聞いたから魔族側にもひどい目に合わせてたのか?」


「ええ、魔族の家臣でも苦言を呈する者がいたのですが、即日解任した上に投獄とひどいことをして」


「まあ、なんとわかりやすい」


「その家臣コニャック様は人間にも支持されていたから、さらに不満が高まりました。そこで元からいた王族の生き残りが有志で討伐軍を作ったのですがほぼ全滅。帰った人はほとんどいないと」


「やっぱり、お父さんもそこで死んじゃったのかな」


 ティモがまた俯く。あれ? 家臣の名前はどっかで聞いたような?


「ところで封印の地がおかしくなったとか、封印が解けかかっているとか聞いたのですが」


「ええ、最近池なのに海の魚が釣れたり、街が一晩で移動しているから、封印が解けかかっているためか空間が歪んでいるという噂はここにも来ています。だからこの町も売り物や建物がどっかに飛ばされないか心配ですけどね」


「お母さん、辛気臭い話はその辺にしなさいよ。ユウさん、エールのお代わりいかが?」


「ああ、アイリス。じゃ、母さんはお皿を片付けるから頼むわ」


 娘さんと思われるアイリスと呼ばれた少女がピッチャーを持ってやってきた。ティモより少し年上っぽい。


「ああ、いただく。売上に貢献させてもらう」


 って、ユウさん。どんだけ飲むのだ。元々ウワバミだがここまで飲むとヘソクリ使わないとならないかな。


「しかし、料理も酒も美味いのに閑古鳥なんて差別というのは厄介だな。他に客は一人か」


 ユウさんが昼間と同じことをぼやく。


「僕たちの国にもあるじゃない。特定の病気にかかった人や放射線……いや呪いが漏れてしまって、浴びていないのにそこ出身というだけで迫害された人、他にも沢山」


「そんな差別する輩は暴力で黙らせ……」


「ユウさん、それはシャレにならないから止めて」


 ティモ君と僕のセリフが被ってしまった。彼も短期間のうちにユウさんの凶暴さが身に染みて分かっているからだ。アイリスさんはクスクス笑った。


「まあ、面白い人ですね。ユウさんの噂はこちらにも届いてますよ。とても強い女性剣士がいるって。東方からの国出身ですってね。そちらには魔族はいないのですか?」


「見ないね。人間ばかりだが、人間同士でも差別はあるよ。そんな話より明日の植物市の話も聞きたいな」


「ああ、あれは森から採ってきた樹木や花を美しく育てて売り出す市です。見るだけでもいいものですよ。今は初夏ですが、春の市はラッカスがとても綺麗で人気です。今だとアジサイかしら」


「あ、その花は知ってる。私の国では雨季に咲くから雨季の代名詞にもなっている」


「へえ、そちらでは雨季に咲くのですか」


「そういえば真ん中に飾ってあった宝石細工の木も綺麗だったな」


 そう切り出した途端に彼女の顔が曇って隅の方を向いた。やはり魔族にとってはいい印象持たないようだ。


「しっ、作った人がここで飲んでいるので。最初は街の人達は『こんな豪華な物を作るなんてすごい人がいる』と喜んでいたのです。誰かが『木の先端を剣、刺さっている紫の球が魔王をイメージしている』と言い出して。ただでさえ魔族と人間の仲が悪くなっていたから険悪になって。魔族達はどんどん引っ越したり旅立っていくし、うちも転居を考えたけど代々この街にて営んでいた宿を畳むのは悔しいので洗礼受けたのです」


「そっか、僕はハーフだから魔力も寿命も人間とそう変わらないから洗礼しても平気だったけど、ここの人達は辛い決断したのだね」


 ティモ君が労わるように言う。彼も迫害受けてきたのに優しい子だ。


「ふむ、誰かの勝手な言葉が独り歩きして分断が進んだのか。デマとは怖いものだ。いや、作者がいるのだから直接意図を聞いてみよう。おーい、そこの人。あの宝石モニュメントの作者のヒヤシンスさんだってな」


呼ばれた人はギョッとしながらも振り向いた。突然声を掛けられたからか、やばい人に絡まれたと思ったからか。


「あ、ああ。確かに町から依頼を受けて作ったのは私だ」


「ヒヤシンスで思い出したのですが、我が国ではヒヤシンス石と呼ばれるのですがジルコンの別名です。どうです、いいブルージルコンがありますが。作品の材料にいかがですか?」


「ユウさん、そこで商談に走らないの! あの素晴らしいモニュメントを拝見しましたが何かテーマなどあるのですか?」


「ほう、青いジルコンとは珍しい。あとで見せてもらえますかね。それと、ああ、モニュメントのテーマですか。実はそこまで深く考えてないですよ。植物市にふさわしい美しい細工をと思ったのですが、てっぺんに飾る 大きな石がたまたまアメジストだったせいで変な解釈が広まって私も困惑しているのです」


「あれか、国語の問題に出てくる『作者の気持ちを考えろ』かな。実際には締切が迫って大変くらいしか考えてないというある作家の話があるが。アメジストか、ふうむ」


「やっぱり悪巧みしてる」


 ユウさんが何やら画策している時、アイリスさんが不思議なことを言い出した。


「洗礼を受けたのはそれだけではないのです。これも噂ですけど、居なくなった魔族の皆さんは実は封印の地に向かっていったとか。それも聞いて怖くなって」


「なんだろう、封印を解こうとしてるのかな」


「それもよくわからないのです。皆『行かなくては』と言い出してそのまま向かって帰ってこなくなって。だからうちは洗礼を受けたのです」


「あの紫の玉がアメジストなら……ぶつぶつ」


 シビアな話をしている間もユウさんはまだ何かを画策している。


「アイリスさん、あの宝石細工は魔王退治後に制作されて、普段は屋内、植物市の日だけ広場で展示だっけ」


 ユウさんは唐突に娘さんに尋ねた。


「あ、はい。そうです」


「話からして市は三、四か月に一度開かれるのかな?」


「ええ」


「そっか。なら何もしなくてもそのうち紫の球は消えるよ」


「へ? なんでさ、ユウさん」


「ただ、紫の球が消えるのはすぐではなく何回目かの市の時だ。だから市の時はアリバイはちゃんとした方がいい。家族総出で市に買い出しするとか、宿の外を掃除や修理など必ず家族以外の人の目のつくようにな」


「はあ……」


 何やらちんぷんかんぷんだが、鉱石マニアのユウさんだから何か気づいたのだろう。


「ああ、あなたも気づきましたか。最初は屋外展示は避けてくれと頼んでいましたが、それがいいかな」


ヒヤシンスさんも納得している。宝石に詳しいから何かわかり合ったようだ。


「ま、早めにサイドの谷へ行かないとならないな」


「ユウさん、アメジストの消失?と魔族差別に何か関係あるの?」


 ティモ君が不思議そうに聞く。


「まだ確信持てないから話せん。あー、アイリスさん。エールお代わり!」


 ゆ、ユウさんはまだ飲むのか。僕は明日の市で買う物を削らないとならないかと頭痛がしてきた。薬草だってきっと沢山売っているだろうに。

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