第53話 ラスボス戦が何かがおかしい・1
「うちの歌を下手とは失礼どすなぁ」
なぜか怪しい京都弁で返すユウさん。彼女が怪しい方言で話すということは怒りのスイッチが入っている証拠だ。ああ、スキル「凶暴」がこんなところに出るなんて。
「やかましぃんじゃ。その下手な歌で呪文が台無しじゃ」
って、こっちも怪しい広島弁なんだ。ユウさんに合わせているのか、女神がくれた僕たちの言語翻訳能力がバグっているのかわからないけど、なんか最終戦というには気を削がれる。
(あー、コニャック様が相当お怒りだ。怒ると故郷の言葉が出るのだよな。我は分身だからユウに従うがな)
ヒュドラの剣が解説してくれた。確かコニャックはナンバー2だ。でも、魔王の座を狙っている人が魔王封印を解こうとしている?
「あ、あなたはなぜ魔王を……」
「うちのサッカーに対する情熱を理解しいひんなんて、普段はよほど高尚な音楽を聴いてはるのどすなあ」
「さっかぁが何なのか知らんが、下手なもなぁ下手じゃ」
「まあ、正直なお方どすなあ。これ以上言わはるとどうなるやろなぁ」
ああ、エセ西日本人達の口げんかになって僕の質問は無視された。しかし異世界だから京言葉の嫌みは通じないよな。
「おう、出るとこ出てもええで」
えっ、通じているの? サッカー知らないのに京言葉の嫌味は知ってるの? しかも気のせいか広島弁にエセ関西弁が混ざっている。コニャックの故郷ってどこよ? いや、異世界だから、僕らの世界の地理の知識を持ち出すのは野暮だ。いや、その前にもう一度キチンと聞かないと。
「あの、噂ではあなたが魔王の座を狙っていると聞きました。なぜ封印を……」
「まあ、そうでなくてはこちらもやる気がしぃひん」
「ええじゃろう。上等じゃ」
「あの、だから、どうしてあなたが魔王解放を……」
「やりまひょか」
「おう、やろ……」
「僕ん話も聞けぇ!!」
思わずキレて錫杖を水平に構え、近くの岩へ刺すように振った。大きめの岩であったが、簡単に刺さって割れてしまった。音を立てるだけのつもりだったけど、柔らかい石だったのか、火事場の馬鹿力か。鉱石マニアのユウさんなら知っているのかもしれない。
しかし、二人の口喧嘩は止み、驚愕の表情で僕を見ているから後者のようだ。さすが最強の杖だけある。
「大体やなあ、あんたが魔王になりたがっとったと聞いとる」
僕は生まれも育ちも関東だが、興奮すると大声になり、標準語とちょっとの博多弁になる。ちょっとなのは祖父母の家が博多にあるからだ。いや、そんなことはどうでもいい。この辺りを聞かないと倒したとしてもモヤモヤが残る。この世界のためにも理由は聞きたい。
「そんあんたが魔王ん封印ば解こうとするんはなしてと!」
ユウさんも僕がキレるのを見るのは初めてだろう。こころなしか(踏んではいけないところをやってしまった)と顔に書いてある。
そんな僕の気迫に押されてコニャックは冷静になったようだ。
「あ、ああ。キルシュヴァッサー様を解き放ちたかっただけだ。それでは不満か」
「足らん。あんたが魔王になりたかとなら、しゃっちが封印解く理由にならん。そんまま自ら魔王になればよか」
(最後の砦だったリョウタさんまでキレているよぉ。僕、これからの戦いよりも怖い)
(普段温厚な奴ほどキレると怖いからなあ、我らは大人しく聞いていよう)
「キルシュヴァッサー様には二つの魂が入っている」
「はい?」
予想外の答えに面食らってしまった。魂が二つ?
「キルシュヴァッサー様はとにかく賢くお優しい方だ。だから人間とも共存できた。しかし、もう一つの魂のジンジーニャはその反対であった」
ああ、なるほど。だから聞き込みの時とヒュドラの剣が言ってた名前と違うのか。性癖がバラバラなのも二人の情報が錯綜していたと。
「ジンジーニャが出てくることが増えていき、それからおかしくなった。あの暴政が始まったのだ。
だが、二つの魂のことを知っているのはほんの僅かだ。だから魔王がおかしくなったと魔族と人間達が徒党を組んで攻めてきた。
ジンジーニャを諌めようとしたが、逆に投獄されてしまい、私が牢の魔法を解いて脱出できた時は、既にキルシュヴァッサー様は勇者に封印されてしまったのだ」
「で、長期間かけて解放を試みてた訳か」
ユウさんも冷静になったようだ。怪しい京都弁は引っ込んでいる。
「ああ、ジンジーニャの魂はそのまま封じ込め、キルシュヴァッサー様のみを解放するのは難しくてな」
「そりゃ無理だ。魂は一つで何かの拍子に二重人格になったのだろ。間違った方法で解放出来るわけが無い」
ユウさんは相変わらず無慈悲な答えだ。ゲームと思い込んでるなら魂二つの設定だって受け入れるのだろうに。あとは魔族達がどこへ消えたのか聞き出せないものか。
「とにかく、これ以上邪魔をするなら容赦はしない」
残念ながらコニャックは僕が尋ねる前に真剣な顔になり、杖を構えた。いよいよこれがラストバトルだ。僕は慌ててクイックの魔法を全員にかけた。
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