第44話 最悪の再会


 黒い刃が振るわれるたび、怒りの名を持つ魔剣が空を切るたび、ムスペルヘイムの兵士たちが倒れていく。

 魔剣の威力は、ヴァルキリーたちの光槍を何倍も上回っていた。

 戦乙女の攻撃であれば兵士たちの武装に仕込まれた疑似光壁シールドで、半ば防げる。

 けれども魔剣グラムは、その守りを容赦なく斬り裂いた。


「城壁の守護防壁を再起動! モードは円蓋ドーム!」


 シンモラが指示を飛ばす。

 数人のオペレーターがモニタを操作して、ムスペルヘイムの街はドーム状のエネルギー・シールドで覆われた。

 しかし既にヴァルキリーの四分の一とシグルドが城内に侵入してしまっている。


「迎え撃つぞ!」


 スルトが叫んで部屋を飛び出した。隣室で待機していた瞬間移動能力者テレポーテーショナーの力で、一気に城下町まで移動する。


「俺も行く!」


 続きかけたセティの肩を、エリンは押さえた。


「セティとベルタさんは、ここで待っていて。必ずシグルドさんを連れて帰るから」


「なんで!? 俺たちの能力じゃ戦えないから?」


 セティはここのところずっと、自分の能力に劣等感を抱いていた。エリンの万能さに及ばずとも、シグルドやスルトのような直接的な力は、彼にはない。だから役に立てないと、悔しい思いを感じ続けていた。

 エリンは首を横に振る。


「違うよ。万が一にもシグルドさんが、二人を傷つけてしまったら。とても悲しむと思うから」


「…………」


 ベルタが視線を伏せる。彼女もまた、自らの力不足を痛感していた。

 そんな彼らに背を向けて、エリンは走り出した。建物の外まで出たら、狼のフレキを呼び寄せる。


「フレキ。シグルドさんが来たよ。必ず連れ戻して、治療を受けてもらわないとね」


「ガウ!」


 フレキが大きく吠える。その声に勇気をもらって、エリンは戦いの場所へと転移した。







 市街地では、既に戦闘が始まっていた。

 戦い慣れたムスペルヘイムの民たちは、一般市民に至るまで戦士の心得を持っている。

 戦うすべを持たない者は、素早く退避を。

 兵士たちは対アースガルドの武装に身を包み、ヴァルキリーを囲んで確実に始末していく。

 能力者は力に応じてヴァルキリーと直接の対峙をし、もしくは他者の支援に回っている。


 ヴァルキリーの抑え込みと殲滅は順調に進んでいた。街なかに入り込んだ人造戦乙女は、十体少々。

 多少の被害を出しながらも、兵士と能力者が互いに連携しながら優位に戦っている。


 問題はシグルドだった。

 複数の能力者の援護を受けたスルトが、防戦一方になっている。

 彼の業火は魔剣に吹き散らされて、黒の斬撃をかわすのが精一杯。


「おいおい、何だよコイツ。本当に人間か? ヴァルキリーの何倍も強えぞ!」


 スルトの声に焦りが滲んでいる。

 対するシグルドは、表情を変えない。その一撃一撃は計算されていて、確実にスルトを追い詰めた。


「ゲーム終了だ。ムスペルヘイムの長よ」


 何の感情もこもらない声で、形ばかりの嘲りの言葉を口にして、止めの一撃が振るわれ――


『防御術式、障壁。タイプ:シールド


 黒刃と光壁が衝突した。キィン! と高く振動するような音が響く。

 盾に打ち据えられた魔剣に、赤黒いヒビが入る。刃こぼれした部分からヒビは広がり、やがて刃全体を自壊させた。


「…………」


 白い髪のシグルドは手の中で崩壊した魔剣を、次いで目の前のエリンを見る。


「やあ、エリン。きみを探していた。俺と共に、オーディン様の元へ行こう」


 エリンはぞっとした。シグルドの口調は、かつて聞いたそれと同じ。穏やかでエリンを気遣ってくれるもの。

 それなのに声が違う。表情が違う。何よりも暗く輝く瞳が違う。干からびて意志が感じられない、まるで表面だけを真似た悪質な録音再生機のようだった。


「あなたをそんな目に遭わせたのは、誰?」


 エリンは唸るように言った。傍らではフレキが、同じく警戒と悲しみの眼差しを向けている。


「オーディンだね? ……許さない。シグルドさんに、こんな酷いことをして。ラーシュさんも、ムスペルヘイムの人々も、たくさん傷つけて!」


 エリンの銀の髪が逆立った。


「エリン。オーディン様を悪く言ってはいけない。あのお方は素晴らしい存在、神々の王。エリンに用があるとおっしゃっている。だから俺が、迎えに来たんだ」


 言いながらシグルドは、一歩を踏み出した。その右手には、新たな魔剣が生まれている。


「エリンであるならば、死体で構わないそうだ。俺は、きみを連れて行くよ」


 容赦のない一閃がエリンを襲った。

 ガキン、と堅い音がする。フレキが爪で一撃を受け止めている。狼の全身は銀のオーラに包まれて、魔剣の一撃を受けても揺るがない。

 シグルドの昏い瞳が、無機質な殺気に染まる。


 こうして、彼らの戦いが始まった。


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