第47話 終わりの始まり


 成層圏の夜空では意外にも、宇宙の星々が目立たない時がある。

 特に今日のような満月の日は、月光が強く天を覆ってしまう。雲のない晴れた夜であるのも手伝って、下界の……ミッドガルドの人工光をも空に反射していた。

 オーディンは一人、がらんどうの玉座の間で壁や天井に映し出される空を眺めていた。その光景は、壮麗な宮殿が宙に浮いているようでもあった。


 宇宙は彼女にとって、強い郷愁を感じる場所だ。

 祖先が故里の星を亡くした経緯は、オーディンも知っている。知っているが、特に何も感慨はない。

 オーディンは宇宙で生まれた。宇宙船こそが彼女の故郷であり、居場所だった。

 

 三千年ほど前、宇宙船の重大なトラブルでこの星に不時着をした時。

 オーディンは故郷と同時に、多くの同胞を失った。

 宇宙船の異常は深刻で、居住エリアの生命維持システムに取り返しの付かない被害が出た。

 対処は間に合わず、あまたの市民たちが命を落とした。


 生き残ったわずかな仲間と力を合わせて、どうにかこの星に軟着陸した時には宇宙船は屍の山となっていた。


 ――最早、国は失われた。


 終わらない埋葬の作業を続けながら、ロキが言った。


 ――オーディン。残された私たちは、せめて自らの命を全うしよう。この星が私たちの、そして既に命を終えた彼らの墓標となるよう、最後までよく生きようではないか。


 盲目のヘズが言った。


 ――王よ。俺もロキに賛成です。死者はもう戻らない。そして、国を再建するには俺たちは数が少なすぎる。生き残った幸運を忘れずに、生きて死ぬのが我が使命と感じています。


 けれどもオーディンは、彼らの言葉に賛同できなかった。


「嫌だ。認めない。皆が私を置いて死んでしまったなど、絶対に認められない! 私は墓守をするつもりはない。私が守るべきは墓ではなく、アース神族と我らの国だ。私は何としても国を再興させる。そして再びこの星を飛び立って、宇宙へ、我らの故郷へ旅立たねばならない」


 ――王の言葉はごもっともです。僕は王についていきます。


 フレイが言った。


 ――宇宙船の事故で僕の妹が、最愛のフレイヤが死んでしまいました。けれど僕は、あの子を諦めない。もう一度蘇らせて、また一緒に暮らすのです。


「死者の蘇生が可能なのか?」


 オーディンは問う。


 ――不可能ではありません。僕は以前から人造肉体ホムンクルスの研究をしておりました。従来のクローン技術と遺伝子操作、それにホムンクルスをかけ合わせれば、不死の肉体が出来上がる。そこまでの目処はある程度、立っています。


「成る程、魔術的クローンのホムンクルス。まずは寿命の問題をそれで解決し、その後は死者蘇生の研究を進めれば良い、か」


 当時のアース神族は不死ではなかった。ゆえに宇宙船の事故で大量の死者を出し、また、寿命も限られていた。


 ――王よ、止めるんだ。不死の肉体など、何のためになる。長い時を費やして、それでも死者蘇生が実現できなかった時、あなたはどうするつもりだ?


 ロキの他にも反対者は少なくなかった。彼らは不死の肉体を得るのを拒んで、やがて寿命で死んでいった。

 ロキとヘズは反対者ではあったが、親しい関係にあったオーディンを見捨てられなかった。彼らは迷った末に、オーディンをそばで見守る決意をしたのである。

 こうして現在のアース神族が誕生した。







 死者蘇生の実現は容易ではなかった。

 アース神族は生来、バナジスライトを脳に宿す能力者である。バナジスライトは天然のフォトニック結晶体。それも多くが深淵領域化した、非常に質の高いものだった。


 光を制御するバナジスライトは、万能のエネルギー源にも超巨大容量の記録媒体にもなる。

 オーディンらは死んだ同胞のバナジスライトを保管して、死者本人の肉体と精神活動の全てを記録した。

 その情報量は莫大。いかに高品質のバナジスライトとはいえ、記憶そのものと記録・保管に伴うエネルギーの捻出を同時にこなすのは難しかった。


 そこでオーディンは、エネルギー源を他に求めた。

 この星には未熟ながらも生命体が数多く存在していて、中でも人類は比較的、アース神族と似た構造の生き物だった。

 いくつかの実験を経て、彼らにユミル・ウィルスを感染させると、低確率・低品質ながらもバナジスライトが生成されると判明した。

 また人間以外の動物も、さらに低質だがバナジスライトを生む。

 ユミル・ウィルスの感染は、抗体を持たないこの星の生き物に不治の病として現れたが、オーディンは気にしなかった。

 どうせ病状が末期に達する頃には、バナジスライトを『収穫』するのだから。


 こうして研究を進める環境は揃った。

 エネルギー供給源であるこの星の生き物たちは、オーディンにとっては養豚場の豚のようなもの。

 ほどほどの文明を与えて数を増やして、エインヘリヤルの仕組みを作った。効率的に『収穫』するためだ。

 さらに宇宙船の技術を転用してユグドラシルを作り、自らを神格化して絶対的に人類を支配した。


 けれど肝心の死者蘇生はなかなか成功しなかった。

 フレイの妹フレイヤを被験体とした実験では、極めて不完全な形での蘇生になってしまった。

 ホムンクルスを肉体のベースにした所、意思を持たない人形が出来上がってしまったのである。

 フレイはフレイヤのバナジスライトから記憶と行動パターンをコピーして、ホムンクルスの脳にインストールしたが、それでも上手くいかなかった。簡易的なプログラム程度の判断力、行動力しか持たなかったのだ。

 能力も本来の一割以下しかなかった。これではとても『死者が帰ってきた』とは言えなかった。


 オーディンはこれらの失敗作をヴァルキリーと名付けて、種々の雑用を担わせることにした。







 長い時を経て、アース神族は徐々に瓦解していく。

 ヘズが離反して死んだ。ロキもアースガルドを去った。

 他にもオーディンに不満を持つ者がいると、彼女は知っている。


 死者蘇生の研究は、だが、一つの光明を見出していた。

 ホムンクルスを作る際、既存のものよりも純度の高いエネルギーを注ぐことで、知能や能力に向上が見られたのだ。

 試算では、十分なエネルギーを費やせば『死者蘇生』が実現したと言えるだけの成果が得られるはずだった。


 けれど問題は、それだけのエネルギーをどう確保するか。

 かつての同胞たち、今はバナジスライトのみの姿で眠る彼らは、十万体に達する。

 この星の生き物から得られるエネルギーだけでは、到底足りない。

 先日見つけた第三段階の能力者、あれを大量に集めたとて、まだ足りないだろう。







 だからオーディンは決断をした。

 計画の最終段階、星の終焉ラグナログを――



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