第48話 雷神の鉄槌


 オーディンは玉座の間から転移する。

 場所はアースガルドの制御室。ムスペルヘイムの部屋に並んでいたモニタ類が、さらに洗練された形で淡い光を放っている。

 それらの前では、幾人かのヴァルキリーたちが操作を行っていた。


「監視衛星ドラウプニルをモード・チェンジ。反射衛星板を起動せよ」


「ドラウプニルのモード・チェンジ。反射衛星板を起動」


 主の命令に反応して、ヴァルキリーの無機質な声が復唱した。


「続いて雷神の鉄槌トールハンマーの起動。目標はムスペルヘイムだ」


「反射衛星砲・雷神の鉄槌トールハンマーを起動。エネルギー充填を開始します」


「エネルギー充填率、四十パーセント、五十パーセント」


「……八十パーセント、九十パーセント、百パーセント、チャージ完了」


「座標設定。反射衛星板の角度調整、完了」


 モニタに映し出されるのは、エネルギー充填を完了させたトールハンマー本体。かつての友の名を冠した破壊兵器。

 そして監視衛星を通じて映るムスペルヘイムの都市だった。


「――発射せよ」


「反射衛星砲・雷神の鉄槌トールハンマー、発射」







 その夜、ミッドガルドでは。

 市民たちの多くが、ユグドラシルの頂きから放たれる雷光を見た。


 その青白い光は満月すら圧倒して、高く高くただひとすじに天へと上っていく。

 それ以降は肉眼でこそ追えなくなったが、遠視や透視の能力者にははっきりと知覚できた。


 空のさらに上、宇宙空間に浮かぶ人工衛星。

 雷光はその衛星に正確に当たり、反射して角度を変えた。一度、二度、三度。合計で九度もの反射と調整を経て、その度に威力を増しながら雷神の鉄槌トールハンマーは砂漠の都市に襲いかかった。







 ムスペルヘイムでは最初にエリンが、間を置かずにセティが気づいた。


「何か来る! すごく眩しい、雷のような光」


 エリンが叫んで、ロキが空を見上げた。


「……まずい。雷神の鉄槌トールハンマーだ。オーディンめ、まさかアレを使うとは!」


「それは何!?」


「超高威力の兵器だ! 説明の時間が惜しい、今すぐ退避を!」


 ロキの意志に反応して、ラーシュがすぐに精神感応テレパシーを中継した。


「アースガルドの兵器が迫っている。瞬間移動能力者テレポーテーショナーは全員、能力の限りを使って仲間を運べ。方角はどこでもいい、とにかくこの町から離れろ!」


 ベルタはエリンと視線を交わして、すぐに転移で消えた。エリンの手が回らない場所をカバーしてくれるようだ。


時空歪曲橋ワームホール構築』


 エリンの周囲に虹色の空間が広がる。今回はマーキングしている相手だけではなく、できるだけ多くの人を連れていかなければならない。

 そのエリンの手を、ラーシュとセティが片方ずつ握った。ラーシュは精神感応テレパシーで、セティは透視クレアボヤンスで町の人々の様子を知らせてくれる。おかげでエリンは、目についた人びとを次々とワームホールの中に格納していった。


 ロキの周りにも虹色の空間が生まれている。けれど明らかにエリンよりも小さい。

 バナジスライトを削って、ラーシュとシグルドに与えたせいだろう。ラーシュが目を伏せている。


「限界だ! 今すぐ転移を!」


 ロキが叫んだ。

 まだ全員を格納していない。

 けれどエリンは、雷光が牙を剥いてすぐそこまで迫っているのを感じ取ってしまった。あまりにも巨大なエネルギー。破壊だけを目的とした殺戮の光。

 本能的な恐怖を感じ、エリンは転送アスポートを起動した。方角は北。無意識に育った村の方向を選んでいた。







 宇宙空間から飛来した雷光は、地上に激突した。

 光は瞬時に町を飲み込みんで、それでも止まらずに大地を深くえぐり取っていく。

 地上にあふれた光は激しく夜を照らして、まるで太陽が地に落ちたごとく輝いた。


 ようやく光が消えて、破壊が止まった時。


 砂漠のその場所に、街並みはもはやなく。瓦礫すら消し飛んで。

 大地を穿つ巨大な裂け目が、黒ぐろとした姿を晒していた――







+++


第六章はこれで終わりです。次章、最終章。

ここまで読んで下さってありがとうございます。

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