第6話 能力者
話し合いのテーブルに座ったのは、エインヘリヤルの四人とエリン、司祭、村長夫妻である。
「結論から言おう。エリンは能力者だ。エインヘリヤルの一員に加わる資格と義務がある」
シグルドが切り出した。
「エインヘリヤルは、主神オーディンの勅命で編成された能力者部隊。各地の白獣を狩り、他の害悪も取り除いて、民の安寧を守る。
すなわち、慈悲深いオーディン様の意思を具現する者。神の威光の使者と言える。エインヘリヤルに加わるのは、非常に名誉なことなんだよ」
「この子に、そんな力が……」
村長夫妻が目を丸くしている。司祭は少し視線を伏せて、何か考えているようだった。
エリンは言った。
「私が皆さんと一緒に行けば、その後はどうなるんですか?」
ラーシュが答える。
「まずは、ミッドガルドの本部に正式な加入の手続きに行きます。ただこの村は、北の最辺境。本部までは距離がある上、周辺は白獣が多い。狩りを続けながらエリンさんの能力を確認して、一段落ついたところで本部まで行きましょう」
「本部はどこにあるのですか?」
「大陸の中央ですよ。聞いたことはありませんか? ミットガルドの中心に世界樹ユグドラシルがそびえ立ち、その樹上に神々のおわすアースガルドがあると」
「それは……」
もちろんエリンは知っている。司祭から習う日々の教えに組み込まれた、世界の成り立ちと主神オーディンの神話だ。
神話によれば、オーディンは天の高い場所から荒廃した大地に降り立ち、世界樹ユグドラシルを植えた。
ユグドラシルは巨大に成長して大地を支え、ミッドガルドの土地を安定させた。
オーディンと神々はユグドラシルの枝上高くに神の国アースガルドを築き、人の国であるミッドガルドを見守っているという。
「知ってるよな。ここ、教会だもん」
セティが口を出した。
「俺、ユグドラシルを知ってるよ! 俺はユグドラシルのある街で生まれて育ったたんだ。大陸の中央だけあって、人がいっぱいいるすっげー都会だよ。店もいっぱいあって、何でも売ってるよ。
で、街の真ん中にユグドラシルが生えてる。ものすごい太い木で、雲よりも高い場所まで枝を張ってる。下から見上げてもてっぺんが見えないくらい高いんだ。
俺は透視が得意なのに、ユグドラシルの透視はできなかった。なんかよく分かんないけど、強い力が満ちてて能力者の力が使えないんだ」
「神々の力ね。神の力はとても強いから、能力者と言えど人間は足元にも及ばないのよ。もちろん私の瞬間移動でも、ユグドラシルの内側へは入れない」
と、ベルタ。
二人とも自分たちの能力が通用しないのに不満そうな様子はなく、むしろ誇らしげですらあった。
「そうなんですか……」
大都会も世界樹も想像すらできず、エリンはぽかんと口を開けた。
「そう遠くないうちに、そうだな。半年以内を目処に本部へ行くつもりだ。その頃には冬が終わって、移動しやすい季節になるからね」
シグルドが言って、会話に区切りをつけた。
「さて。急な話で驚いたとは思うが、エインヘリヤルへの加入は義務でもある。力を持つ者は、オーディン様と民のために尽くさねばならない。
正義なき力など、白獣と同じ。ただの厄介者で、害悪を為すだけだからね」
エリンは軽くまぶたを閉じた。物心付いてから今まで、必死に力を隠そうとしていたのを思い出す。
当時は力の使い方も分からず、本当にただの厄介者だった。
村の人から疎まれて、寂しい思いをした。
力が役に立つことなんて、昨日までは一度もなかった。
害悪を為す前に見つけてもらって良かった……。そんなふうに思いながら。
「村を旅立つ準備をするのに、どのくらいかかりそうですか?」
ラーシュの問いかけに、エリンは伏せていた瞳を上げる。
「二日もあれば。元々、私の物はほとんどありませんから」
「ずいぶん手早いわね? 村の人に挨拶したり、お別れの食事会をしなくていいのかしら?」
ベルタが心配そうに言うが。
「はい。私は、その、村の外から来た孤児で。あまり仲のいい人はいません」
「そう……」
ベルタが気遣わしい視線を向ける。
少し重くなった空気を吹き飛ばすように、セティが明るい声を出した。
「そんなことより、俺、エリンの能力を聞きたいよ! ガキンチョどもは『光の壁』って言ってたけど?」
「ああ、そうですね。僕たちはまだ、エリンさんの能力を見ていない。可能であれば、見せていただいても?」
ラーシュが言って、他の人々もエリンに視線を向ける。
シグルドが続けた。
「壁というのは、かなり珍しい能力だよ。普通は俺のような念動力<サイコキネシス>、ラーシュの精神感応<テレパシー>、それにベルタの瞬間移動<テレポート>の系統なんかが多い。セティの透視<クレアボヤンス>も少し珍しい系統だね。後は未来予知などだ」
「透視と精神感応の間の子で、接触感応<サイコメトリング>っていうのもあるよ」
「……ええと」
エリンは困ってしまった。壁を出して見せてと言われても、具体的なやり方が分からない。
追い詰められたあの時ならば、できそうな気がしたのだが。安心してしまった今では逆に分からなくなってしまった。
半ば無意識にペンダントを握って、どう説明したものかとまごついてしまう。
「能力に目覚めたばかりで、まだ使い方が分かんないかな?」
セティが助け舟を出してくれたので、エリンはほっとしてうなずいた。
「ふむ、それもそうですね。無理を言ってすみませんでした。少しずつ使いこなすようにしていきましょう」
ラーシュが穏やかに言って、シグルドも同意した。
「十三歳で力に目覚めるのは、相当に早い。セティは十二歳で、記録上のエインヘリヤルの中で最も早かったよ。エリンはそれに次ぐだろう。
白獣を狩る機会は、これからいくらでもある。実戦前に訓練をして、様子を見ながらやってみよう。それでいいかな、エリン?」
「はい!」
こうやってエリンの意思を確認してもらえるのは、村ではほとんどなかった。彼女はいつも、決定事項を告げられるだけだった。
そして孤児であるのを気にせず、能力を気味悪がらず、対等に話してくれるのも。
エリンの心に、暖かいものがじんわりと込み上げた。
この人たちと一緒に行きたい。この人たちとなら、友だちになれる。そう感じる。
「司祭殿、村長ご夫妻。そういうわけで、エリンは我々が預かる。この村から主神オーディンの戦士を輩出したこと、栄誉と思っていただきたい」
「は、はい」
「仰せのままに」
司祭と村長は平伏するばかりの勢いで、頭を下げた。
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