第41話 砂漠の城塞


 岩砂漠から砂砂漠へと切り替わってさらに一日、一行はとうとうムスペルヘイムへと到着した。

 砂漠の真ん中にそびえ立つ城塞都市は、まるで蜃気楼のようにさえ見える。

 砂色の城壁に取り付けられた大きな門が開けば、都市の内部がエリンの視界に広がった。ホバー車両が次々と中へ入っていく。


 内部は意外にも緑豊かで、外の砂漠とは対照的にさまざまな色彩に満ちていた。

 行き交う人の肌はほとんどが浅黒い。髪は黒や濃い茶色が多いが、時折金や銀などの色の薄い者もいる。


「色が薄い髪の奴らは、能力者だよ。俺も金の髪だからな」


 スルトが言った。確かに彼は金、パートナーのシンモラは銀の髪だ。

 ミッドガルドでも能力者は色素が薄い髪が多かった。

 それに白獣の白。そして銀の髪に変わったエリン。

 髪の毛の色は能力と関係があるかもしれないとエリンは思った。


 やがてホバー車両の一群は、都市の中央にある建物の前に停まった。

 一行は車を下りて建物へと入る。

 未だに目を覚まさないラーシュは、狼のフレキの背に乗せて医務室へと運ぶ。

 建物は外観こそ素朴な石造りだったが、内部では様々な機械類が設置されて駆動していた。


 最初に感じるのは、空調。すぐ外では灼熱の太陽が光り輝いているというのに、部屋の中の空気は適度に涼しい。

 それから各部屋のドア。スルトやシンモラがドアの前に立つと、勝手に開閉する。


「こういうのも、アースガルドの技術ですか?」


 ホバー車両や通信端末でだいぶ慣れていたとはいえ、エリンにとっては驚きの連続である。


「そうだ。開祖様がもたらした技術だぜ。ただ俺らでは、新しいものを作るのは難しい。既存のものを修理しながら使っている」


「それでも少しずつの劣化は避けれられません。そういった意味でも、ムスペルヘイムは衰えつつあったのです」


 スルトとシンモラが交互に答えた。


「すげー! どれもこれも、めちゃくちゃ複雑でレベルの高いものばっかだよ! じいちゃんがいれば、大喜びでバラして研究しただろうなぁ」


 あちこち見回しながら興奮気味なのは、セティである。彼は透視クレアボヤンスで機械類を視ては、いちいち感動していた。


「ロキの旦那は戻ってるか?」


 スルトが部屋の人員に聞くが、答えは「いいえ」だった。


「まあ、あの人はいつも神出鬼没だからな。そのうちひょっこり出てくるだろ」


 スルトは軽い調子で言ったが、事態をあまり楽観視していない様子が感じられる。

 ロキはシグルドの救出に向かった。

 位置づけとしてはエリンの本隊に対して陽動だったが、軽視などできるはずがなかった。シグルドの救出とロキ自身の無事は、今後の対アースガルド作戦の重要な位置を占める。

 万が一、ロキが帰らなければ見通しが相当に厳しくなるのは避けられないだろう。

 以後の方針は、もうしばらくロキを待って、その間に準備を進めておくことで皆が同意した。


「今のうちにムスペルヘイムを案内しましょう。うちの能力者との連携も必要ですから」


 シンモラが言って、セティとベルタはうなずいた。元・エインヘリヤルとしてミッドガルドの内情を知る二人は、作戦に欠かせない存在だった。


「私は、ラーシュさんの治療を続けます」


 エリンは言う。彼女こそが作戦の要ではあるが、ラーシュを治せる可能性を持つのもまた、エリンだけだった。


「分かりました。ただ、まずはお付き合いして欲しい場所があります」


 シンモラが言った。


「我がムスペルヘイムの開祖、ヘズの墓です」







 その墓は、ムスペルヘイムのオアシスの傍らにひっそりと建っていた。

 墓碑銘は『わが愛する妻とともに眠る。ヘズ』。

 たったそれだけのシンプルなものだった。


「開祖様は盲目ながらも、物事を広く知る思慮深いひとだったそうだ」


 スルトが言う。


「盲目ゆえに表面をなぞるのではなく、世界のあり方を深く考えるお方だった。ところがその性質のせいで、オーディンの悪辣さが人間たちを虐げているのを見て心を痛めていた」


 彼は墓碑の前に膝をついて、墓石をそっと撫でる。


「その頃、オーディンの支配から逃れようと活動していた人間の女がいた。彼女は仲間を集めてアースガルドに抗議したが、当然聞き入れられるはずもない。ヴァルキリーどもに蹴散らされて、仲間ともども殺されかけた。それを助けたのが開祖様――ヘズだ」


「ヘズ様は裏切り者の汚名をものともせず、人間たちをかばって下さいました。最後はアースガルドと決別して、砂漠の地にムスペルヘイムを建てたのです。ムスペルヘイムはアースガルドの叡智を用いて造られており、オーディンといえど攻め落とすのは容易ではありませんでした。膠着状態は長く続き、現在まで至ります」


 スルトの横に寄り添って、シンモラが続ける。


「開祖様は人間のリーダーだった女と愛し合い、彼女が死んだ後は後を追うように亡くなった。不死と呼ばれる神の身でありながら、人とともに生きて死ぬのを選んだのさ。

 我ら砂漠の民が誇り高く生きられるのは、開祖様の気高さがあってこそ。オーディンの家畜として生きるよりも、俺たちは戦って死ぬのを選ぶ」


 墓の前でもう一度、深く頭を垂れてからスルトは立ち上がった。


「時間を取らせて悪かったな。だがどうしても、開祖様の墓は見ておいて欲しかった。俺たちムスペルヘイムの民の原点にして、父親のような方だから」


 エリンは墓を見る。特に豪華でもなければ立派でもない、簡素な作りの墓石。けれどきちんと手入れがされていて、石の表面は磨かれたように艷やかだった。ムスペルヘイムの人々の心が感じられるようだと、エリンは思った。

 それに、『わが愛する妻』の文言。神と呼ばれるような存在であっても人間と心から思い合えると知って、エリンは嬉しかった。

 エリンの正体は未だにはっきりとしないが、人間と違うのは確か。

 それでも人々と一緒に暮らして、心を通じ合わせる。それが可能なのだと、ヘズが教えてくれた。


(ありがとう、ヘズさん。おかげで勇気が出ました。あなたのようになれるよう、見守っていて下さい)


 ヘズの墓はオアシスの水の反射を受けて、静かに煌めいていた。


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