第13話 手の中の光


 エリンの指先では、緑の石の髪飾りが光っている。


「な、ど、どうして!?」


 光壁を例外とすれば、ほとんど初めて能力の自発的な発現に成功したエリンは、驚きと焦りで言葉が出ない。


「話を聞いてピンと来たのよ」


 と、ベルタ。


「エリンの能力が発動したのは、いつも何か望みや願いがある時ばかり。

 寒かったから火が欲しかった。ティララに落としたスプーンをぶつけたくなかった。手の届かない木の実を取りたかった。ってね。

 白獣の時もそうよ。必死に子どもたちを守ろうとしたのでしょう?

 能力の初期においては、欲求と発現が紐づいていることが多い。ごく自然な反応だわ」


「やれやれ、精神感応能力者テレパシスト顔負けの分析ですね」


 ラーシュが苦笑している。

 エリンはしばらくぼんやりして、やっと我に返った。


「ベルタさん! いくら訓練でも、大事な髪飾りを放り投げるなんて、やめて下さい! 私がちゃんとできなかったら、どうするつもりだったんですか!」


「シグ兄が拾ってくれたと思うよ」


 セティに冷静にツッコミを入れられ、エリンの顔が真っ赤になる。


「そうだけど、そうだけど! 急にやるから、びっくりしましたっ! はい、返します!」


 緑の髪留めを突き出すが。


「いらないわ。能力成功のお祝いに、エリンにあげる」


 熱のない口調で言われ、エリンは戸惑った。


「え、でも、お父さんからの贈り物だって……」


「ああごめん、エリンはお父さんとお母さんを探したいのよね。でも、悪いけど。うちの親父はろくでなしで、正直、関わりたくないのよ。その髪留めは、父にしてはセンスが良かったから使っていたけど。エリンの方が似合いそうだから、あげる」


「そんな……」


「じゃあ、俺がもらう!」


 横からセティの手がひょいと伸びてきて、緑の石をつまんだ。


「おおー、これ、ベリルじゃん! 緑柱石! 下の方にちょっと金入ってて、ベルタ姉の髪の色に合わせてあるんだ。

 ほぁ~、鉱物はいいよなあ。見てよこのキレーな結晶構造。こういう結晶体はさ、どこまで行っても同じ形が連なっているんだ。もしもこの世界が鉱石だったら、空間いっぱいに結晶が満ちてるってことだよな。

 透視できるのが俺だけなんて、もったいないよ。

 あっ! エリンなら、訓練すれば視えるようになるかも! よっし、明日は透視の訓練しようぜ!」


 セティは興奮してまくし立てた後、エリンの手を握った。エリンは眉を寄せる。


「セティ、だめだよ。ベルタさんに髪飾りを返して!」


「本人がいらないって言ってんだもん、いいじゃん」


「でも!」


「セティ。返すんだ」


 シグルドが静かに言った。騒いでいたセティは静かになって、しょんぼりしながら緑の石をベルタに渡す。


「ベルタも。きみが父上とうまくいっていないのは、知っている。それをとやかく言うつもりはない。だが、エリンを巻き込むな」


 ベルタは目を伏せた。長い金の睫毛が瞳に影を落とした。


「……そうね。ごめんなさい、エリン」


「いえ……」


 ベルタは髪留めを受け取ると、元のように髪に挿した。

 少し暗くなってしまった空気を変えるように、シグルドが笑顔で言う。


「しかし、エリンの訓練は一歩前進だね。

 我らエインヘリヤルの能力は、主神オーディンからの賜り物。強く望めば能力は応えてくれる。これからも精進を重ねて、正義のために力を使おう」


「はい」


 少しばかりの不満を飲み込んで、エリンはうなずいた。

 彼女にとって両親や故郷は、求めても手に入らない憧れだった。

 けれどベルタのように、親がいてもいい関係を築けない人もいる。それが意外で、でもきっと何か事情があるのだろうと思う。

 色々な人がいる。これもまた、狭い村では知り得なかったことだ。


(旅を続ければきっと、もっと色んな人に会う。色んな場所に行って、そして、いつか私を知っている人にも出会えるかも)


 ――私がどこから来たのか知りたい。

 ――私が誰なのか知りたい。

 ――そして、もっともっとこの世界と人々のことを知りたい。


 エリンは思いを新たに、夜空を見上げた。

 天には星々が、エリンの胸にはペンダントと希望とがさやかな光を放っていた。






+++


これにて第二章は終わりです。少しのんびりした章になってしまいました。

次の第三章はバトルシーンが出てきます。


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