第53話 欺瞞


「さて、我が愛する妹たちよ。このロキを、昔のよしみで愛してあげなさい。拘束術をたくさん巻いて、光の槍を目一杯突き刺して。動けないようにして、あの小娘が死ぬ所を見せてやろうじゃないか」


 主の言葉に従って、ヴァルキリーたちが容赦なくロキに攻撃を加える。何度も何度も、光る槍で体を突き刺して。流れる血をものともせず、執拗に。

 フレイが指を鳴らすと、空中にモニタが浮かび上がった。

 がらんどうの玉座の間に人影がある。

 身の丈ほどの銀の髪を垂らした、狼の仮面のオーディン。

 そして、王の前に立つ銀の少女と少年。


「おやおや、彼らはもうたどり着いてしまったようだ。こうしちゃいられない。ロキ、きみはそこで見物しているといいよ。何も心配はいらない、あの子供たちを殺して終わるから」


 フレイは言って、転移でその場を去りかけて。


「……うん?」


 ふと、足元を見た。視線の先には、一本の細腕。

 一人のヴァルキリーがフレイの足首を掴んでいる。


「どうしたかな、妹よ。寂しいかい? でも兄様はこれから大事なお仕事なんだ。我慢をするんだよ」


 言って彼は、ヴァルキリーの腕を宝剣で切り落とした。流れる血に対して、悲鳴は上がらない。

 今度こそ、とフレイは行きかけて。

 また別の腕が彼を掴んだ。


「妹たちよ、どうしたんだ」


 苛立ちを滲ませながら、フレイが言う。

 見ればロキに縫い留められていた個体を除いて、ヴァルキリーたちはじりじりフレイに迫っている。


「兄様」


「兄様ァ……」


 明らかに様子のおかしいヴァルキリーたちに、フレイは舌打ちした。


「邪魔だ、どけ! くそ、何だっていうんだ!」


 焦りを隠せない彼に、倒れたままのロキが忍び笑いをこぼした。


「ロキ。きみが何かしたのか!?」


「まあな。宝剣で心臓を突き刺したのは失策だったな。おかげでお前のその宝剣、半ばを欺瞞の力で絡め取れた」


「なんだって……? いくらきみの特性であっても、そんなことができるものか!」


「何もなければそうだろうよ。だかなフレイ、ここ最近だけで私とお前は何度顔を合わせた? シグルドを助けに行った時に、さらにその前に潜入した時に、仕込みをしておいたのさ。お前のヴァルキリーを操る力、『豊穣』の一端に細工をした。内容は至極単純なものだよ。『命令の反転』。『欺瞞』らしい嘘つきのやり口だろう?」


 ロキはいかにもおかしそうに笑っている。

 その間にもヴァルキリーたちは、主であり兄でもあるフレイへと覆いかぶさっていく。


「兄様、兄様」


「兄様……」


「くそ、どけ、出来損ないどもが!」


 フレイはヴァルキリーを跳ね除けようとするが、次から次へと絡みつく彼女らから逃れられない。


「あぁ、そういえば。細工はもう一つあった。『主従の逆転』。いかにも虚言にふさわしい、騙し討ちのような手法さ」


 ロキは体中に突き刺さった光槍を一本ずつ引き抜いて、体を起こした。


「お前はフレイヤを……生前の妹を、心から大事にしていたものな。その思いを利用させてもらった。お前はこれ以上、ヴァルキリーどもを攻撃できない。圧死はしないだろうが、しばらくそのまま大人しくしていろ」


「くそ、くそっ! こんな出来損ない、フレイヤであるものか! 早くオーディン様を助けに行かないと!」


 折り重なる乙女たちの下で、フレイが必死にもがいている。


「僕は本物のフレイヤを蘇らせるんだ! 星を収穫さえすれば、絶対に願いがかなう。こんな所で足止めされている場合じゃないんだ!」


「本物、か」


 女たちの肉の下で呻くフレイに、ロキはぽつりと言った。


「本物のフレイヤは死んでしまったよ、フレイ。ずいぶん昔に、あの宇宙船の事故で……。

 フレイヤだけじゃない。大切な人がたくさん死んだ。

 なのにどうしてお前は――いいや、私たちは、それを受け入れられなかったのだろう――」


 戦乙女の肉体に埋もれたフレイからは、もう返事はない。

 ロキはふらついて膝をついた。肉体の損傷と失血がひどい。

 本来であれば修復が追いつく範囲だった。

 けれどバナジスライトを削って与えてしまった彼は、大幅に弱体化した。治癒も修復も不可能になってしまっている。

 

 早くエリンを追って、少しでも手助けをしなければ。

 ロキは部屋を見渡す。エレベーターは上に行ってしまった。ここはメインエレベーターのみで、サブはない。であれば、非常用の階段を使うしかない。

 彼は壊れかけた肉体を引きずって、非常階段へと向かった。


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