第54話 二人の出会い


 どこまでも昇ると思われたエレベーターも、ついに終着までやって来た。

 カプセルを包むガラス筒は途切れている。

 エリンとセティはエレベーターを降りて、正面の大きな扉を見上げた。


 石とも獣の皮ともつかない奇妙な材質で造られた扉は巨大で、全面にに細緻な浮き彫りが施されている。

 その多くが、オーディン教の聖典に乗せられている内容。けれどもよく見れば、そうではないものも多いと気づくだろう。

 中でも、星々の海を渡る船の図が目立った。

 壊れた一つの星を旅立って、長い長い航海を行っている様子。

 永い時間を経て、何度も世代の交代を繰り返してなお続けられる旅。

 そしてその旅の終わりは――


 エリンとセティが扉のすぐ前に立てば、扉はひとりでに開き始めた。重々しい音を立てて、今までの時間の重みを響かせるように。

 その向こうは、とても広い空間。からっぽという形容がぴったりの、がらんどうの広間だった。


 広間の最奥が十段ほどの壇になっており、その上に据えられた玉座に誰かが座っている。

 肘をついていかにも気だるそうに。仮面をかぶってさえ、面倒な客を迎える表情が感じられるほどに。


 エリンとセティが広間を進むと、その人物は立ち上がった。

 男性としては小柄で、女性としては長身といえる体躯。身の丈ほどもある銀の髪が揺れる。

 そして顔を覆うのは、狼を思わせる仮面。


 エリンとセティは段の手前で足を止める。壇上に立つ人物が口を開いた。


「ようこそ、我がアースガルドへ。まさかお前のような存在が、ここまでたどり着くとは。予想を超えていた」


 仮面のためにくぐもった声だった。けれどこの近さで聞けば分かる。この人は女性だと、エリンは思った。


「あなたがオーディン?」


 エリンが正面から聞くと、相手は軽く首をかしげた。長い銀の髪がさらりと落ちかかる。


「いかにも。私がアース神族の王、オーディン」


星の終焉ラグナログを止める手立てを教えて」


「さて?」


 オーディンは感情のこもらない声で言った。


「何故、そのようなことを聞く。星の終焉ラグナログは既に開始された。後戻りはできない。

 この星の莫大なエネルギーでもって我が悲願を叶え、国を再興し、再び故郷たる宇宙へ旅立つ。この道筋は、もう決定された」


「勝手なことを言うな!」


 セティが叫んだ。


「ムスペルヘイムの人をいっぱい殺して、ミッドガルドの人たちまで傷つけて! 何が国の再興だよ。ロキのおっちゃんが言ってたぞ、死者は決して蘇らないって!」


「…………」


 オーディンは仮面越しの視線を少年に向ける。セティは背筋がぞっとするのを感じた。


「この星の人類どもと、我が同胞であるアース神族。この両者は比べられるものではない。人間の少年よ、お前とて仲間の人間と、地中の小虫を同一視はするまい。ゆえに……」


 オーディンはエリンに視線を戻した。


「ロキの落し子である、その娘。お前だけは、私が手ずから殺してやろう。ロキは裏切り者とはいえ、以前はよくアースガルドに尽くしてくれた。せめてもの情けとして、な――」


 オーディンが歩を進める。階段をゆっくりと下りてくる。

 エリンとセティは目に見えない重圧を感じた。オーディンが進む分だけ、じりじりと下がってしまう。

 二人は無意識に手を握り合わせた。互いに感じられる体温が、二人の心に勇気を灯す。


「私は負けない!」


 セティの指の温かさを感じながら、エリンは叫んだ。


「あなたに勝って、星の終焉ラグナログを止めてもらう! そして、この星のみんなで生きていける未来を作ってみせる!」


「そうだよ! 星を壊すなんて、やらせるものか!」


 オーディンの仮面の奥、表情はうかがいしれない。神々の王を名乗る者は、何の感慨もない声で答えた。


「では、お前たちの命を刈り取って、後顧の憂いを断つとしよう」


 オーディンの手に長槍が生まれた。高次のエネルギーを凝縮して、オーディン自身の特性を付与した槍。


 ――神造兵器グングニル!


 セティが透視クレアボヤンスで、さらに進化した構造解析の能力で槍の正体を見抜いた。

 その正体は、ユグドラシルを造った宇宙船の技術の粋を集めたもの。

 巨大塔ユグドラシルの機能と権能をほぼ全て担い、さらにはアースガルドの王であるオーディンの『特性』が組み込まれている。


「この玉座の間までよくぞたどり着いた。褒めてやろう。そして、お前の旅はここまでだ」


 長槍がふわりと宙に浮いた。

 オーディンはいっそ無造作に、右手をエリンに向ける。

 グングニルは何の前触れもなく加速して、彼女の心臓に肉薄した。そう、あたかも『最初から心臓に命中するのが決まっていたように』。


「……っ!」


 本来であれば、エリンといえど回避の時間はなかっただろう。

 割って入ったのはセティだった。

 その手には、不確かな輪郭ながらも偽物レプリカの神槍が握られている。その穂先で真物の一撃を受け止めている。

 偽物レプリカは真なる一撃を受けた後に砕けた。


「ほう?」


 オーディンの声音に、初めて薄いながらも色が乗った。


「お前も、第三段階か。惜しいな、もう少し早く目覚めていれば、使い道は多くあったのに。今となってはただの廃棄物にすぎん」


「使い道も廃棄もごめんだね! 俺はあんたの奴隷じゃないんだ!」


 セティが気丈に言い返すが、顔色は真っ青だ。一度の偽物レプリカの発動が、相当な負担をかけている。


「では、もう一度。どこまで持つか試してみよう」


 再度の投擲がなされた。セティは偽物レプリカを起動させるが、どうやら最初の攻撃はかなり加減されていたものだったらしい。

 真グングニルは偽物レプリカを一瞬で砕いて、そのままの勢いでエリンの心臓を狙う。


走査スキャン! 対象、神造兵器グングニル。材質はユグドラシルと同質が七一・二パーセント。残り二八・八パーセントは不明。

 穂先に全ての周波数チャンネルでの妨害能力波ジャミング搭載を確認。防御、不可能』


 防御術式は無駄だ。エリンはとっさにそう判断する。回避も無駄だと思われた。投擲は直線状に見えたが、魔術的な補正がかかっている。

 さきほどセティが止められたのは、同質の力を持つ偽物レプリカだからこそ。


「エリン!」


 立て続けに偽物レプリカを作り出して消耗したセティが、必死で手を伸ばしている。

 エリンはその手を握って――



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