第52話 アース神族の特性
アース神族はユミル・ウィルスの抗体を生まれながらに持ち、強力な能力を使いこなす種族である。
しかも彼らは、独自の技術によって遺伝子を改変した。
潜在化した才能の確実な開花を。
長い研鑽が必要な技術と知識を、生まれながらに持つように。
遺伝子を宝石のように
これは、科学と魔術の複合技術。
物理法則を観測して我がものとする科学と、ユミル・ウィルスを介した
二つの異なる技術を撚り合わせて、アース神族たちは文明を築いていった。
それらの文明が行き着いた一つの結果として、アース神族たちは各々の『特性』を持つに至った。
特性は彼らを言い表す性質であると同時に、能力の本質。
遺伝子の情報を複雑に織りなした結果として、特性はアース神族たちの最も大事な資質とされた。
人間の第三段階能力者、シグルドの魔剣グラムやセティの偽物の能力は、特性の一歩手前の段階と言えよう。
フレイの特性は『
ロキの特性は『
フレイは特質によって
また不完全ながらも数多くのヴァルキリーを生み出して、死者蘇生の研究の一歩とした。
ロキは自分の特性をアースガルド出奔後の行動に利用した。エリンやムスペルヘイムの人々に隠蔽術を施して、アースガルドの追撃を逃れた。
欺瞞の特性を持つロキを見つけ出すことは、オーディンですら骨の折れる行いだった。
「きみの特性『欺瞞』は、こうやって面と向かってしまえば意味をなさない」
フレイが軽く手を広げると、ヴァルキリーたちが一斉に羽ばたいた。
ここにいる人造戦乙女は、フレイ自らが調整をほどこしたもの。通常の個体よりも一回り能力が高い。
彼女らは生前のフレイヤそっくりの笑みを浮かべ、そっくりの笑声を上げながらロキに襲いかかる。
「不死のアース神族同士で戦うなど、無駄の極みさ。我が妹たちと遊んでいておくれ」
フレイはオーディンの元へ行くべく、くるりときびすを返した。
本来であれば、いかに強化版とはいえヴァルキリーでロキの足止めは困難である。
けれども今のロキはバナジスライトを自ら削って失ってしまった。相当に弱体化している。恐らくもう視力は失っているだろう。
であれば十分とフレイは思ったのだが。
ロキに群がっていた戦乙女たちが、一体、二体と壁に叩きつけられる。ぶすぶすと黒煙が上がった。
「痛イ……」
「兄様、痛イヨ、熱イヨォ」
振り向いたフレイの視界に、炎を束ねた剣を持つロキがいる。赤を通り越してオレンジへ、白へ。やがて青に変わった超高温の炎は、夜空の星の色を思わせる冷たい業火。
「うん? なんだい、その炎は。……あ。砂漠の人間が使っていた能力じゃないか。で、それをルーンで強化したと」
合点がいった、とフレイはうなずいた。確か炎はムスペルヘイムの長が得意とする能力だったはずだと思い出す。
炎の剣を構えたまま、ロキが答える。
「我が特性『欺瞞』は、他人の能力の
「おやおや、こわいこわい! それじゃあ僕の力も奪われないように、念入りに動きを封じてあげないと」
フレイは口ではそのように言ったが、実際は心配していない。能力の窃盗は『欺瞞』の特性の辺縁であって、そう強力なものではないと知っているからだ。フレイのような力あるアース神族、しかも『豊穣』のように複雑な特性はどうあがいても奪われないだろう。
「拘束術式、
ヴァルキリーたちが一斉に鉄鎖を放った。エリンがシグルドを捕縛しようとした拘束術式の劣化版である。
ロキは炎の剣でそれらを切り払い、ヴァルキリーの翼を切り飛ばして、フレイに迫った。
「さあおいで、妹たちよ」
フレイの声に応じて、彼の足元の影から数え切れないほどの腕が突き出される。まるで花弁のように檻のようにフレイを包み込んで、炎剣を受け止める。
生きたままの肉が焼ける嫌な臭いが立ち込める。腕たちはとうとう、炎の剣を受け止めて絡め取ってしまった。
「僕、戦うのは苦手なんだよねぇ」
彼は肩をすくめながら、虚空から細身の剣を取り出した。太陽を思わせる輝きを持つ宝剣は、既に盲目となったロキの視神経すら灼く。
その剣の銘はない。ただ勝利、と呼ばれている。豊穣を司るフレイが作り上げた、勝利をもたらすためだけの武器。
「だから大人しくしていよう。ね?」
「……ガハッ!」
室内を飛び交うヴァルキリーを盾にして、フレイはロキの死角から宝剣を付き刺した。ロキの心臓の場所へ、ヴァルキリーの翼の付け根ごと。
ヴァルキリーがもがくと、ロキに突き刺さった剣がさらなる苦痛をもたらす。
アース神族は不死身。けれど痛みを感じないわけではない。
フレイがロキの腕を踏みつければ、炎剣は手を離れて掻き消えた。
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