第45話 対決
黒い魔剣の斬撃は、振るわれるたびに徐々に威力を増していく。
まだ能力が成長しているんだ、とエリンは思った。
であれば、まだ本当の末期ではないのかもしれない。今すぐに特効薬を与えれば、きっと助かる。
けれども、時間の余裕がないのもまた明らかだった。
『妨害術式、妨害能力波<ジャミング>。三種のチャンネルにて対象の能力を封印』
黒いモヤがシグルドを包みかけて、彼はそれを振り払った。黒い魔剣が一瞬だけ血の紅色に光り、すぐに戻る。
妨害チャンネルを解析されている。エリンは冷や汗が流れるのを感じた。
(いくら第三段階の能力者でも、ここまでできるはずがない。負荷を上げるのをいとわず、能力を酷使している! 早く止めなければ!)
『拘束術式、六つの縛め<グレイプニル>!』
エリンの体から六本の鎖が飛び出して、シグルドに巻き付いた。
「……む」
右足と左手とを能力封じの鎖に巻かれて、さしものシグルドも動きが止まった。
「シグルドさん、あなたは病気なの。でも薬がある! じっとしてて!」
まだ拘束が甘い。エリンは魔剣を握る右手に鎖を巻こうとして。
――ザシュ、と血しぶきが上がった。
エリンの視線の先、固い拘束を自らの左腕ごと切り落としたシグルドが、残りの鎖を強引に切り飛ばしている。
「……っ」
凄惨な光景にエリンの反応が一瞬、遅れた。出血と負傷を全く気にもとめず、シグルドが肉薄する。
フレキとスルトが割って入ろうとするが、間に合わない。
怒りの名を持つ黒い魔剣が、獲物の血を啜る歓喜に暗く輝く。
エリンの両目が見開かれる。瞳孔が窄まる。
だが、刃はエリンに届かなかった。
「シグ兄! 何やってんだよ!!」
ベルタの瞬間移動<テレポーテーション>で飛び込んできたセティが、ムスペルヘイム製の銃身で魔剣の刃を受け止めたのだ。
砂漠の民の武器は、アースガルドの技術によるもの。人間のそれとは比べ物にならない性能を持つ。
しかしそれでも、シグルドの黒刃を受け止めたのは異常だった。
「セティ! 下がって!」
体勢を立て直したエリンが叫ぶ。
けれどもセティは叫び返した。
「嫌だ! こんなシグ兄を放っておけるもんか!」
「それは私だって同じだよ! でも……」
彼らが言葉を交わしている間にも、シグルドは魔剣を振るい続ける。二度、三度と銃身で受け止めるうちに、とうとう真ん中から折れてしまった。
「くっそぉ、まだ甘いや。でもこれからだ!」
セティの手に新しい銃が現れる。ベルタの転送<アスポート>だろう。
「だんだん分かってきたよ、シグ兄。この魔剣は竜の血に染まってる。でも、竜って何だろうね?」
セティの銃は、今後は六度の斬撃を受けて折れた。
「ほんとに竜がいるのかな。それとも、何かの喩えなのかも。その黒い刀身、バナジスライトと違って光を吸い込むよね。結晶の一つ一つが空の星のようでいて、星の光を吸い込んでいる!」
さらに新しく手にした銃は、今度はなかなか折れなかった。それどころか表面に薄い黒をまとって、わずかながら魔剣を押し返そうとしている。
「オーディン教の伝説だと、魔剣グラムが屠った竜は『ファフニール』。黄金を飲み込んで腹に溜め込んだ竜。黄金が星の光であるならば――」
セティが手にしているのは、もはや銃ではなかった。黒い結晶体、その一つ一つに宇宙を、星の光を内包する刃。
魔剣グラムに瓜二つの剣を、彼は握っている。
シグルドは表情を変えず、それでもわずかに動きが鈍った。彼の持つ本物の魔剣が、目の前の偽物<レプリカ>に共鳴している。
剣と化した能力を介して、誰かが彼に呼びかけている。
思い出せ。自分を取りもどせ、と。深く揺さぶるような波長で、心に訴えている。
「ラーシュさん?」
呼びかける声によく知った気配を感じて、エリンは呟いた。
「戻ってきて、シグ兄!!」
シグルドの動きが止まった。その手の魔剣グラムに、セティはもう一つの魔剣を思い切り打ち付けた。
彼に剣術の心得などないはずなのに、魔剣に蓄積された知識と技術に導かれるように、見事な一撃を放った。
よく似た、否、全く同じ性質を持つ黒い刃は、互いに激しく衝突した結果、力の余波を生じる。そして生じる端から、力そのものを吸い込み始めた。
黒き魔剣グラムの本質は、光をも飲み込むブラックホールである。超重量で圧縮された力が刃の形を取ったもの。
セティはブラックホールという概念を知らない。
知らないままに、核心を理解した。
彼の能力は透視<クレアボヤンス>。初期においては障害物の向こう側を視るだけの力。
けれどセティは、大事な人を取り戻したくて能力を進化させた。
ただ視るだけではなく、構造の解析を。そして、創造物の本質の理解を。
彼は今まで、多くのバナジスライトを――生命エネルギーの根源にして純粋な発露を――見てきた。特につい先日の、『深淵領域に達した』それが大きな刺激になった。
光を閉じ込める性質。光すらも逃さない檻。星の光を飲み込むもの。
それらの情報がほとんど無意識下で急速に統合されて、一つの閃きを得たのだ。
その結果が偽物<レプリカ>。本物と一切を違(たが)わない、精巧なニセモノを作り出す力。
同質、同量の力の衝突により、二つの魔剣が消滅する。
シグルドが膝をついた。能力を酷使し、自ら切り落とした左腕からは大量の流血がある。とうに限界を超えていた。
それでも紅い目はエリンを見据えて、右手を伸ばした。
その手をエリンは握った。セティも、転移してきたベルタとラーシュも、皆で手を重ねた。
フレキも大きな顔を近づけて、鼻面を擦り寄せた。
「エリン……? それに、みんな……」
シグルドの目は紅いままだったけれど、確かに意思の光が宿っている。
「おかえりなさい、シグルドさん」
泣き笑いでエリンが言えば。
「……あぁ、ただいま」
かすれた声で、けれど彼自身の声で、シグルドが答えた。
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