第26話 新たな白獣
それから一週間ほどをかけて、次の街に到着した。
街で一応の聞き込みをするが、白獣の目撃情報は特にない。
一行は街で二泊して物資を買い整えた後、再び出発した。
ベルタの能力もそれなりに回復している。一日の行程の五分の一ほどを彼女の
そうしてさらに数日。
南下に従って雪かさがやや少なくなる中、山道へと差し掛かった。
時刻はまだ昼過ぎ。辺りは十分に明るい。
雪は北の土地に比べると減ってはいるが、地面が露出するほどではない。雪質は気温が高めのせいでよく締まっており、スノーシューを履かなくとも足が沈まずに済んだ。
ベルタが言った。
「山は歩きにくいわね。どうする?
シグルドが首を振る。
「いや、慎重に踏破しよう。付近で白獣の情報はなかったが、こういう山は奴らの住処になりやすい。万が一にも討ち漏らさないよう、注意して進んでくれ」
「了解しました」
ラーシュとエリンがうなずいた。
「エリンさん、手分けしましょう。僕が西側を視ますので、あなたは東側をお願いします」
「はい」
ラーシュはもう、エリンの指導はやめてしまった。彼女の心に触れないよう距離を取っている。
エリンは少し寂しく思いながら、
一度、精神波の元となる宝石・バナジスライトを目にして以来、エリンの中に確固とした自信が生まれていた。
たとえ距離があったとしても、あの赤い色は決して見逃さない。
まぶしさと苦しさを訴える声を、聞き逃したりしない。
『白獣探知能力を起動。チャンネルreiðにて探知波を出力』
山の東側、エリンに割り当てられた場所に
エリンから放出された
そして、結果は極めて迅速に出た。
「……見つけました。白獣、恐らく狼です。南東の小さな洞窟に隠れている」
反応は小さい。まだ白獣になって間もないのだろう。けれどもあの赤い結晶の波動を見間違えるはずはなかった。
「向かおう」
白獣が隠れている洞窟を目視できる距離までやって来て、エリンが一歩進み出た。
「まずは、私にやらせて下さい。熊は話ができなかったけど、猪の白獣とは会話が少しだけできたんです。
精神波の反応を見る限り、あの子は恐らくまだ人間を食べていない。今なら、話し合えるかもしれない」
「白獣と話し合うですって!?」
ベルタが叫びかけ、慌てて口を抑えた。白獣に気づかれてはまずい。
「エリンさん。あなたが規格外の力を持っているのは、もう十分に分かりました。それなのにまだ、やるつもりですか?」
ラーシュが言う。普段の彼らしくない、猜疑心に満ちた暗い目だった。
そんな彼を腕で制して、シグルドが言った。
「やめろ、ラーシュ。……エリン、いくらきみの力があっても、危険に変わりはない。簡単に許可は出せない。
それに何を話し合うつもりなんだ?」
エリンはシグルドをまっすぐに見ながら言った。
「街や街道に近づかず、人間を見かけても襲わないよう約束を取り付けます。食べるのであれば、本来の狼と同じように野山の獣だけにするようにと」
「白獣が約束、守るかなぁ? 普通の狼だって、家畜や人を襲うじゃんか」
セティが困ったように指をもじもじさせている。
シグルドがエリンの視線を見返しながら言った。
「白獣が病に苦しんでいるのは、あの熊の時によく感じた。あれほどの苦痛に苛まされている生き物が、人の言葉に耳を貸すとは思えない。ましてや約束など」
「でも私は、あの子と話したいんです。そしてできれるだけ、人間を襲わないよう言い聞かせたい。そうすれば人間も白獣も、不幸が遠ざかる……」
エリンは最初の猪の白獣を思い出す。苦しい、苦しいと訴えて家に帰りたがっていた。
あの姿は、孤児として生きてきたエリンの心に深く響いた。放っておけなかった。
そして熊の時は、話をする余裕すらなかった。
だから今回は、最善を尽くしたい。そう決意を固める。
青い瞳に燃えるような光を灯して、エリンはシグルドを見つめる。
二人はしばし、火花が散りそうなほど強くにらみ合って――
「……分かった。ただし短時間だけだ。ベルタを洞窟の入口に待機させて、少しでも危険があれば退避の上、突入する。この条件が飲めないなら、そもそも対話はなしだ」
「ありがとう、シグルドさん」
ぱあっと笑顔になったエリンに対し、シグルドは渋い顔である。
「シグ。そんな許可を出して、万が一のことがあったらどうするんです」
硬い表情でラーシュが言うが、シグルドは強い瞳で彼を見た。
「エリンに手出しはさせない。俺が後続で控える。
ただ、何と言っていいか分からないんだが。エリンが何を為すのか、見てみたい気持ちがある……」
「…………」
「気をつけて、エリン」
セティがエリンの手を握っている。
その手をひょいとベルタが取った。セティががっかりしているのを見て、ベルタは笑った。
「言いたいことは色々あるけど、私も基本はシグルドに賛成。大丈夫、全力でエリンを守るわ。だからエリンは、白獣とおしゃべりするのに集中するのよ」
「はいっ!」
ベルタの手を握り返して、エリンは頬を高調させた。
こうしてエリンを信じて任せてくれる仲間がいるのが、とても頼もしかった。
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