第24話 行動指針


 エリンたちは拠点のある街まで戻ってきていた。

 道中はほぼ徒歩で進んだが、誰もが無言がち。厄介な白獣の討伐を成功させたと思えない、重苦しい空気が漂っていた。


 村から街まで戻り、常宿に腰を落ち着ける。

 それからシグルドの部屋に集まって、ようやく正面からの話し合いが行われた。


「旅の準備を整え次第、ミッドガルドに向かう」


 シグルドが言った。

 ミッドガルドは大陸の中心にある大都市だ。エインヘリヤルたちの本部が存在し、また、都市の中心にある巨大塔ユグドラシルの高層部には、ヴァルキリーと神々が住まうアースガルドがある。


「エリンの能力は、俺たちの想像を遥かに超えていた。正直、どう扱っていいのか分からない。ミッドガルドの本部で、ヴァルキリー様の指示を仰ぐ以外にないだろう」


「ええ、そうですね。精神感応者テレパシストである僕ですら視えなかった『黒いモヤ』を感じ取り、妨害能力波ジャミングを瞬時に把握してみせた点。それにシグルドが振るった、あの黒い剣のようなもの」


 ラーシュが続ける。ベルタとセティは黙ったままだ。


「全てが埒外と言うしかありません。それでいて、エリン自身にすら能力の全貌が把握できていない」


「…………」


 エリンはうつむいてペンダントの石を握った。

 熊を殺したあの日以来、ペンダントは薄い熱を常に帯びている。色に変化はなく、能力を行使する際の『声』も聞こえない。

 けれどエリンは、ペンダントが何かしらの力を使い続けていると感じていた。

 それが何であるのかさえ、自分では分からない。


 彼女は自らの異質さを思い知った。思い知ってしまった。

 生まれ育った村を飛び出すように、エインヘリヤルたちに付いてきたけれど。彼らもまた、エリンの仲間ではなかったのか。


「エリン……」


 セティが言いかけて、口を閉じた。何と言葉をかければいいのか、分からないのだろう。手を握ったり閉じたりしている。

 そんな彼らの様子を見て、シグルドはふと苦笑した。


「エリン、心配するな。あの熊の白獣を殺せたのは、きみの力があってこそ。

 それに、黒い魔剣で熊の一撃を受けて気づいたよ。白獣の病の苦しみ、その一端を。

 それまで奴らが苦しんでいるなど、考えたこともなかった。ただ任務として奴らを殺し、バナジスライトを回収すればいいのだと思っていた。だが今は――」


 彼は首を振った。


「少し、分からなくなった。任務に対する責任は、変えようがない。しかし白獣とはいえ、あんなにも苦しんでいるものをただ殺すだけでいいのかと、疑問が出た。この街までの道中、ずっと考えていたが答えは出ない。

 だが考えるきっかけをくれたのは、間違いなくエリンだ。

 きみの力があれば、何かが変わるかもしれない。きみの力を正しく使うためにも、ヴァルキリー様への報告は必要だろう。

 ミッドガルド本部へ行くのは、きみが嫌いになったわけでも、追い出すためでもない。ヴァルキリー様と主神オーディンの御力で、エリン自身によりよい道を歩んで欲しいからだ」


「……シグルドさん」


 エリンは目を上げた。視線の先ではシグルドが、ちょっと困ったような顔で笑っている。


「そうだよ! 俺らがエリンを嫌いになるわけないよ!」


 セティが言う。


「あんまり力がすごいから、びっくりしただけ。俺もずっと考えてたんだけどさー、シグ兄の魔剣グラムだっけ? ああいうかっこいい武器、俺も使えないかな!?」


 セティは剣を構えるポーズをしてみせる。横でベルタが苦笑した。


「セティの能力は透視クレアボヤンスだもの、どう頑張っても武器にはならないでしょ。

 ……エリン、私は正直に言えば、あなたをどう見ればいいのか分からないわ。怖いと思った時もあった。

 だから今は、何も言わないでおく。あなたにかける言葉を見つけられたら、また話したいと思ってる。それで許してくれる?」


「許すだなんて、そんな」


 心の声を聞かなくても、ベルタが本音で話しているのが分かる。


「僕は――」


 ラーシュが言った。


「判断を保留にします。どの道、エリンさんの力は僕たちの手に余る。どう活かすかは、ヴァルキリー様と神々が決めれば良い」


 普段の彼らしからぬ、平坦で冷たい口調だった。

 エリンは無言でうなずいた。彼女の心に精神感応テレパシーで直接触れたラーシュが、最も異質性を実感するのは分かっていた。


 話題はそれから、ミッドガルドへ行く具体的な時期や道順などに移っていった。







 ミッドガルドへ旅立つ日は、五日後と決まった。

 旅のための物資を調達したり、消耗しきったベルタの回復を待つのを考えるとこの程度だろうと結論が出たのである。


「移動は全員で行う。道すがら白獣に出くわす可能性も低くない。エリンだけを行かせるわけにはいかない」


 シグルドが言って、全員が賛成した。


「そうなると、この周辺が手薄になってしまうわね」


「二つ先の街は、第八小隊の管轄です。彼らに応援を頼みましょう」


 ベルタとラーシュが話している。

 ラーシュがシグルドに向き直って言った。


「第八小隊の本拠地まで行けば、遠隔通信装置があります。本部へ一報を入れられます」


「遠隔通信装置?」


 エリンが言うと、ラーシュは視線を合わせずに答える。


「端的に言うと、精神感応テレパシー増幅器ですよ。精神感応テレパシーを増幅して一方向へ絞ることで、本来の距離を超えて連絡が取れる」


 彼はそれ以上は触れず、話題は日程に移った。


「ミッドガルドは南南西の方向。基本、南下する形になる」


 と、シグルド。


「二つ先、第八小隊の街までは、雪で進みにくい点を考えて三週間程度か。通信装置のある街まではさらに十日」


「私の能力は少しずつ回復するから、多少は短縮できると思うわ」


 ベルタが言って、皆がうなずいた。


「では、五日後の出発に向けて準備と休養をするように。今日はこれで解散だ」


 彼らは立ち上がって、各々の行動を始めた。


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