第57話 同じでありながら
オリジナルとクローン、同質の力を持つ者同士の戦いはなかなか決着がつかなかった。
本来であればオリジナルであるオーディンの方がよほど地力が高い。
けれどもエリンは偽グングニルでユグドラシルの中枢システムをハッキングして、強力な支援を受けている。
よって、両者はほぼ互角。
そして槍を打ち合わせる度、魔術の技を交わす度にエリンの心にオーディンの心象風景が流れ込んでくる。
その子は、寂しい、寂しいと泣いていた。
ひとりぼっちは嫌だ。ひとりは寂しい。置いていかないでと、繰り返し泣いていた。
既に死んでしまった人たちの背中を追いかけて、届かない手を伸ばして。
あの背中たちにはもう決して追いつけないと、オーディンも本当は理解している。
けれども彼女は諦められなかった。
国を背負って立つ王として、民を守る守護者として、責務を果たせなかった無念さが心を蝕んでいた。
彼女の責任ではない事故で多くの同胞を失った。その理不尽さを恨んで、憎んで、……悲しんで。行き場のない思いを抱えていた。
――なぁ、ロキ。
いつか遠い日に、オーディンが呼びかける。
――お前は墓守をして生きろと言ったよな。けれど私は、彼らに合わせる顔がないんだ。死んでしまった彼らに対して、無為に生きる私がどの面下げていられると思う?
ロキの声が聞こえる。
――生死を分けたのは誰のせいでもない。お前は生き残った幸運に感謝して、残りの命をまっとうすればいい。
――感謝! 感謝だと! 無力な王である私は、生き残るべきではなかったのに!
――オーディン、そんなに苦しまないでくれ。生き延びたのは罪じゃない。幸せになってもいいじゃないか……
ロキの体温が少し感じられて、すぐに突き放された。拒絶だった。
――私は幸せになどならない。
オーディンの冷たい声がする。
――私が安らぎを得るとしたら、それは、民が蘇って宇宙へと旅立つその日以降。私の王としての責務を果たして以降のことだ。
――オーディン。
――だから、ロキよ。その時まで待っていてくれ。この責務さえ果たせば、お前の気持ちに答えられるかもしれないから。
会話はふつりと切れる。
後はずっと、研究の日々。人類や他の生き物たちを実験動物扱いして、むごたらしく死なせた。
オーディンは意に介さない。彼女にとって大事なのは、アース神族の同胞だけだからだ。
心を閉ざすオーディンに、ロキやヘズは胸を痛めていた。何度も説得がされたが、オーディンは頑なに聞こうとしない。
やがてヘズがアースガルドを去った。人間の妻が寿命で死んだ後は、自害して後を追った。
ロキもとうとう決断をした。狂気のままに他人と自分を傷つけ続けている、彼女を止めなければならない。
けれどもアース神族は不死である。寿命はなく、病や外傷でも死なない。
そう、自ら終わりを望む以外には――
真と偽の神槍を打ち合わせながら、エリンは知らず涙を流していた。
エリンはオーディンのクローン。同じ肉体で、同じ性質を持つ者。誰よりも彼女の心がよく分かった。
置いていかれたくなかった。一人でいるのは寂しかった。孤独は恐ろしかった……。
けれど同時に、オーディンの行いには同情の余地がなかった。
同胞の蘇生を大義名分に、あらゆる悪逆に手を染めた。赦される段階はとうに過ぎていた。
そして、オーディンもまたエリンの心を感じ取っていた。
幼少期の孤独から始まって、仲間ができたこと。旅をする中でさまざまに学び、発見があったこと。
力にまつわる責任を教えられて、胸に刻んだこと。
戦う決意をして、ついにアースガルドまでやってきたこと……。
『彼女は私そのものだ』二人は思う。
私であって、わたしとは真逆。同じであるゆえに、決して受け入れられない。
エリンが言う。
「私は、この星を守りたい。この星の人たち、命たちと一緒に未来を生きていきたい!」
オーディンが答える。
「私は、この星を破壊する。この星のエネルギーをもって死者を蘇生し、もう一度宇宙へ旅立たねばならぬ」
両者に一切の妥協策はない。
だから決着をつけなければならない。
オーディンが真なるグングニルをくるりと回し、床を突いた。床が再び盛り上がり、
同時、エリンはフレキに飛び乗った。
馬上試合を思わせる体勢で、二人の女は突進していく。
もう小細工はなしだ。
真と偽の槍に、グングニルに全ての能力と心とを乗せて。
同じ銘の槍、同じ使い手の全力の一撃が交差した。
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