第19話 決意


妨害能力波ジャミング……」


 ラーシュが独白のように言う。


妨害能力波ジャミングは万能ではないんです。あれは、特定のチャンネルに介入して能力を妨害する力。その領域を外して能力を使えば、影響を受けません」


「何故きみが、そんなことを知っている」


 シグルドの視線がエリンを射抜いた。ラーシュとセティも緊張した面持ちでエリンを見つめている。


「それは――」


 エリンは胸のペンダントを握った。今は何の熱も感じない。


「それは、私にも分かりません。ただそう感じただけで……」


「えーっ、そりゃないよ!」


 たまらず、という感じでセティが叫んだ。


「なんでさ? それに、影響を受けないっていうなら、なんでエリンの再接続がすぐ切れちゃったの?」


「あの時は、妨害チャンネルの特定ができなかったの。だから力ずくで黒いモヤを抑え込んだ。無理をしたから長続きしなかった」


「今はできると?」


 シグルドが表情を消して言った。

 エリンは思い詰めた目で、考えながら続けた。


「たぶん……いいえ、必ずやり遂げます。あの熊を放置はできない。もっと苦しむ前に、今ここで止めてあげないと」


「苦しむ前に? 白獣は病気だから?」


 セティの言葉に、エリンはふと我に返る。

 ラーシュが言った。


「以前言っていた、白獣の病を治す件ですか? 無駄ですよ。白獣化を治す手立てはありません。そんなものは、ヴァルキリー様や主神オーディンですらご存知ないでしょう。存在しないのですから。

 そしてたとえ手段があったとしても、あの熊は救えない。あれは、既に何人もの人を喰ってしまった。人肉の味を覚えた白獣は、さらに人を襲います」


「……それは、分かっています。あの熊は、殺すしかない」


 エリンが呟くように答えると、沈黙が落ちた。


「――いいだろう」


 しばしの静寂を破って、シグルドが言った。


「エリンが何故、我々の知らない能力を知っているのかは、この際、横に置く。今は熊を始末するのが最優先事項だ。

 ただし、エリンの不確かな言葉だけを信じて作戦を行うわけにはいかない。

 熊の能力を破れると、証明してみせろ。

 明日、再度追跡を行う。その際に精神感応テレパシーで位置確認をするんだ。それができるのであれば、俺とエリンとで熊を狩る」


「分かりました。必ず」


「ラーシュ、白獣の精神波の特徴を教えてやってくれ。明日は位置確認だけで構わない。熊の能力を破れると、確信が欲しい」


「了解しました」


 ラーシュがエリンに手を差し出したので、彼女は握り返した。

 彼から伝わってくるのは、赤い波動。

 それは波というよりも、まるで空間を埋め尽くす一定構造の結晶体のようだった。光を乱反射して閉じ込める結晶体。


「この赤……覚えがあります」


 故郷の村で猪の白獣と相対した時、それに今回の熊の瞳の中に見えた色。

 エリンは確かに、その赤に触れた。眩しい苦痛のみなもと。病のしるしとなる色に。


「明日はこの精神波を探して下さい。たとえなりかけでも、白獣であれば必ずこの色を持っている」


 ラーシュの言葉にエリンはうなずいた。赤色、赤の結晶を心に刻みつけながら。







 その翌日。

 雪がちらつく天候の中、エインヘリヤルたちは再び冬の山へと向かった。

 今回はエリンの精神感応テレパシーで熊の探知をするので、狩猟ギルドの案内人は同行していない。白獣と判明した以上、一般人を巻き込むわけにはいかないのだ。


 エリンもシグルドに同行して山へ足を踏み入れた。

 物理的な距離が近い方が、熊の能力を解析するのに役立つと考えたからだ。

 その分危険は増えるが、エリンは自分だけが安全圏にいるのを良しとしなかった。

 ベルタはまだ能力があまり回復していなかったけれど、それでもついてきた。セティも一緒だ。

 ラーシュも行くと言ったが、シグルドが止めた。


「万が一のことがある。お前は待機して、俺たちが戻らなかった時は、本部へ戻ってヴァルキリー様に報告してくれ」


 灰色の空からは、後から後から途切れなく雪片が舞い降りてくる。

 宙を舞う雪は音を吸収してしまう。冬山は意外なほどの静寂に包まれていた。


 一行はまず、狩人が死亡した場所へ行った。

 昨日の夜は雪が降っていたが、積雪自体はそんなに多くない。狩人の血の跡、熊の足跡は薄っすらと目視できた。


「遺体がない、か」


 血がこびりついて凍った木を見ながら、シグルドが呟いた。


「熊が食べちゃった?」


 セティが拳を握り締めながら言う。彼はほんの一日前、この場所で一人の人間が死んだのを間近に見たのだ。


「恐らくそうね。この足跡、昨日はなかった。……ここを見て。引きずったような跡がある。熊が遺体をどこかに持って行ったんだわ」


 地面を指差してベルタが言った。


「ここでは食べなかったのね。空腹ではなかったか、もしくは、この場所は私たちに知られたから、警戒しているのか」


 熊は賢い生き物だ。白獣化したとなれば、なおさらだろう。


「この足跡を追うぞ。今のところの唯一の手がかりだ」


 シグルドが言って、皆がうなずいた。

 エリンが続ける。


「私は精神感応テレパシーを使います」


「ああ、頼んだ」


 ちらちらと降る雪の中、彼らはまた進み始めた。


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