第59話 エピローグ


 ユグドラシルとアースガルドの崩壊から数年後。

 少しだけ、世界は落ち着きを取り戻しつつある。


 そんなある冬の日、エリンはセティと一緒に雪の積もる山を歩いていた。


「白獣が出るなんて、久しぶりだよね。星の癒やしの一件以来、人も獣も能力者はあまり出なくなったのに」


「うん」


 エリンが言うと、セティはうなずいた。

 アース神族たちのバナジスライトが大地に溶けたあの日の出来事を、彼らは『星の癒やし』と呼んでいた。

 その効果は絶大で、大地に析出していた結晶は全て消えた。さらに動物の白獣化、人間が能力に目覚める確率も劇的に下がったのである。


「でも、今でも病に苦しむ獣がいるなら、助けてやらないとな」


 彼らはもう少年と少女ではなく、立派な若者だ。

 白獣、もしくは末期未満の人間のユミル・ウィルス感染者対策として、エリンの血から抗体を精製して作った。

 この抗体があれば白獣はエリンの友となり、人間はそれ以上の病の進行が止まる。

 この事実も公表して混乱を呼んだが、今はそれなりに落ち着いてきている。


「さて。セティ様の透視クレアボヤンスの出番だぜ」


 セティの瞳が僅かに赤く光る。これは、第三段階の能力者の特徴だ。第三段階は結局、シグルドとセティ以外に発現しなかったが。


「いたぞ。あれは鹿だな。足が速そうだ」


「じゃあ瞬間移動テレポーテーションで先回りして、ぱぱっと薬を飲ませちゃいましょう」


「オッケー。早く済みそうで助かるよ。さっさと街に帰って、それで~」


「え? 街でやること、何かあったっけ?」


「なななななんでもない!」


 セティはものすごく焦って首を振った。

 実は彼はこの仕事が終わったら、とうとうエリンに告白をするつもりなのである。

 雰囲気のいいお店を予約してプレゼントも買って、万全の体勢で挑む予定だった。

 エリンと二人きりでいる時間を長くしたくて、白獣探査の精神感応者テレパシストの同行を断ったのだ。透視でなんとかなるから、と。


「俺が引き付け役をやるから、エリンは瞬間移動テレポーテーションを頼む」


「うん、分かった」


「よし。……おーい、そこの白獣の鹿! そう、お前だ! 鹿、鹿、馬とセットで馬鹿! ばーかばーか、悔しかったらこっちまで来い!」


 ズドドドドドド!!

 セティの悪口に腹を立てたらしい鹿が、けっこうな勢いで走ってくる。


「え、ちょっと、足速すぎ? エリン! エリン、早くして!」


「ご、ごめん、間に合わないかも……!」


「わああぁぁぁぁあああ……」


 白獣の強力な角の一撃を受けて、セティは吹き飛んだ。とはいえ彼もエリンの血を飲んだ第三段階能力者。常人なら重傷でも、怪我の程度はけっこう軽い。


「あああぁぁ……」


 しかしそれなりに痛い思いをした上、鹿を煽りすぎたセティの自業自得ということになり、せっかくの告白の準備はおじゃんになってしまった。


 それを聞いたベルタは大笑いして、ラーシュは気の毒そうな顔をしながら笑いを噛み殺していた。

 普通に心配したのはシグルドとフレキだけである。


 そんな感じで、彼らはまた日常を取り戻している。

 いつかエリンが、最後のアース神族として寿命を迎えるその日まで、物語は続いていく。




 ――終







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【完結】終わりの大地のエリン 灰猫さんきち @AshNeko

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