面の白さは百難隠す(4)
「……」
「……」
バカな会話を終えてマリリを見ればコクリと頷く。まあまあ楽しめたらしい。
「そういえば、吉野さん元気? 先週死にかけてたけど」
「毎日会うわけじゃ無いけど一時期に比べると余裕ありそうに見えるかな」
「マリリのとこって、人材難なの?」
「あんまり言うことでも無いんだけど、うちのブイチューバーが所属する芸能四課は実験的部門だからある程度自由はあるけど、その代わり会社からのバックアップは薄い感じ。ま、わたしちゃんの為に作られた面もあるから。マリリも吉野もあくせく働くしかないのだ」
わたしちゃんの為、か。
頭の中で幾つかの予想が浮かぶ。一番有力なのはマリリ――霧江茉莉花が元子役だった、というあたりだ。出来の良い見た目はバーチャル世界に反映されないとはいえ、これだけ喋れる逸材を腐らせておくのは勿体ない。という判断があったのかもしれない。
バーチャル関連の流行に乗る形で芸能事務所のタレントの卵、もしくは孵化出来なかった何者かを仮想の皮を被せて再利用したのがペイントパレットのバーチャルアイドル……。
清廉がここに流れ着いたのもなにか――。
「いま他の女のこと考えた?」
「気のせいだよ。僕の真ん中にはいつもマリリがいるからね」
ま、清廉の場合は少し事情が違うか。受け皿と言うよりは繋ぎ止める為の何かだ……などと考えつつ珍しく黙ったマリリを見ればヒクヒク上がりそうになる頬を抑えていた。
「……くぅ、一番上の引き出しから出たご機嫌取りに喜ぶ自分が憎い。このまま甘やかしたらどんどん変な女たらしになってしまうのに、変な女とかメンヘラとか変な女とか無限に吸い寄せる男になっちゃうのにぃ」
変な女筆頭がブツブツと言っている。
「普通の女の子は吸い寄せられないの?」
「は? そんな女に興味無いくせに」
今までマリリに向けられた視線の中で一番冷たい目が僕を襲う。
「わたしのれーきゅんはね、人を面白いかどうかでしか見てないから、一般的感性の女子にモテることは一生ありませんっ!」
「そんなこと――」
「スタバ、ショッピング、公園でのんびり休憩。水族館、映画館、美術館、綺麗な旅館でお泊り――。全部ひとりで行った方が楽しめるって思っていませんかっ!」
「思います」
「モテません!」
モテたいと思うほど情緒が育っていないのが僕だとしても、今の言葉は中々効いた。
いや、映画館なんて特に一人の方が――。
「映画館は内容よりも誰と行くか、同じ時間を過ごして感想を話したりするのがメイン!」
なるほど。
「あと自覚があるようだけれど言っておきますね! 妹ちゃんのお顔が日常過ぎてすっごい面食いに育ってるから、絶対にふつーの子とは相いれません! モテません! どうせ茉莉花ちゃんの顔も可愛いとか可憐だ、とか思ってたとしても女子の言うかわいーレベルで心は一ミリも動いてないんでしょっ!」
「今宵の刀は、よく切れる……」
「もっと言っても良いけど。そろそろキミにとってマリリが一番だって理解出来た?」
マリリが勝ちを確信した表情で僕の顔を伺うが――。
「普通に考えてさ」
「ん、なーに?」
「偽装監視カメラ渡してくるヤツは嫌だろ」
「たはっ、こりゃ一本取られましたな」
・・・
「どうしよっかな。んー良し決めた。ケバブサンドでヨーグルトソース。トッピングはオリーブにしよっと。あやのんは?」
「一緒の、大盛りで」
「おっけー。すみませーん、チキンケバブサンドのトッピングオリーブを二つで、片方はお肉大盛りでお願いしまーす」
自宅までの帰り道から逸れて近くの商店街まで歩き、マリリが最近見つけたというケバブ屋に寄り道。ケバブ屋は普段僕が近寄らない商店街の一番端にあり、たまに仕事帰りのサラリーマンが立ち寄っていた。
夜の二十二時近くなるとコンビニとスーパーにはお弁当は殆ど残されていないし、帰り道にこういうお店があると嬉しいかもしれない。チェーン店の味とはまた違う――。
「あ、ども、ありがとーございまーす。はい、あやのん。開けてあげる。うわっ、めっちゃお肉盛られてるよー」
「おお」
雑にさえ思える大盛りケバブは人の暖かさや適当さを感じさせてくれる。
「じゃ、そこで食べよ?」
ケバブ屋の横。
シャッターが閉じているお店前に置かれた二人掛けベンチに行くよう促される。
マリリめ。せっかく持ち帰り用に紙の包みがテープで封をされていたのに、僕がさっさと帰るのを見越してテープを剥がして中身を見せて来たな。
これじゃあ持ち帰れないじゃないか。
「……食べ終わったらすぐ帰ろうね」
ベンチの右端に座ると、マリリはベンチの真ん中に座った。
「近い」
「そうかな?」
「ただでさえせーれんより……」
「は?」
「……あ、オリーブ入れて正解だ。肉とは違う歯ごたえがあって美味しい。それにソースも」
「食レポで誤魔化されないから。学んで欲しいな。あたしちゃんと居る時は他の女の話して欲しくないの。比べて欲しくないの。はぁー」
「マリリと食事するの息苦しいよ」
「わたしは胸が苦しいんですけど」
「せーれんはそんなこと一度も言わないよ」
「イラッ」
マリリはケバブサンドにかぶりつくと「ほんとだ、オリーブ正解じゃん」とこぼし、一分ほど無言で食べ続けると――。
僕に食べかけのケバブサンドを持たせ立ち上がった。
「飲み物忘れてた。コーラでいい?」
頷くとマリリは近くの自動販売機まで向かい、右手にコーラ左手にダイエットコーラを持って戻って来て。
どや顔で僕を見下ろした。
「ま、わたしちゃんはコーラを自発的に買って持って来てあげることの出来る有能女子ですから。セーレンはこうはいかないでしょ?」
「せーれんもトレイにコーラ置いたら眉間に皺寄せながら持って来てくれたけど」
「恐れ知らずか。二人で遊んでるのはわたしの情報網に引っかかってたけど……怒りを通り越して感心した。あのセーレンと上手くやれるってほんと……吉野が言ってた通りかも」
「吉野さん?」
「んー。吉野のことはどうでもいいや」
マリリは右手に持っていたコーラをベンチに乗せると、両手にケバブサンドを持ち抵抗できない僕の唇にダイエットコーラの飲み口を付け、プシュッとプルタブを開け、一口味わった。
「ぷはっ、やっぱ炭酸はスッキリするね」
「……余計な工程なかった?」
「え? ぺろっ。すっごい甘いねー。これがキッスの味ですかな?」
マリリはそう言いながら缶の飲み口を僕の表情を眺め、ねっとりと舐めた。
しっかりと、気持ちが悪かった。
え、きもい。
「ぐへへっ、かあいい反応するね」
「社会的な罰を受けろ」
マリリのビジュアルでさえ許されない行為だった。
「いやだなーもー、冗談じゃんっ。女の子がやる分には犯罪にならないから」
「犯罪というかもはや怪談の類だよ。……缶舐め女」
これは友人の霊感少女さえ引かせる事の出来る心霊ネタだ。
なんでこの人、今日まで捕まらずに生きてこれたんだろう。
「……あれ、もしかしてわたし、ライン超えちゃった?」
僕の視線に何かを察したのか、マリリはようやく缶に口をつけるのを止めた。
「これでツーアウト」
「ん、ツーアウト?」
今さら謝ってももう遅い。あと一回やらかしたら通報収監――。
「なんだ、あと二十四回はオッケーなんだ。へへっびっくりしたー、全然余裕じゃん」
「九回までやろうとしてる……」
その後、味のしないケバブサンドを食べ、帰路についた。
ああ――本当に、この悪魔はどうしようもない人だ。ツーアウトって、普通は崖っぷちと捉えるだろ。
……ちょっと前まで下がり切っていた好感度が上昇する。
面白いのなら、それが一番だ。
「マリリ、さっきのもっかいやって」
「ぺろ」
「…………ふ、はは、あははっきもっ!」
結局、大笑いしてしまった。
「はぁ、きゃわいい。ゲームセットまでに監禁するね?」
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