細く薄い、透明な輪
忘れがたい夜からしばらくの時間が経ち、キッチンで大鍋いっぱいのシチューを煮込んでいると久しぶりの親の声が玄関から聞こえた。
近頃変な悪魔と知り合ってしまっただけに日常が急激に近寄って来たような感覚は奇妙だ。
紘一とリリー、両親揃っての帰宅。
男性の平均身長とまったく同じ父と、父よりも頭半分身長の高い母。二人が再婚してから十年近く経つものの何度見てもアンバランスだ。というか九頭身ある母と並んで違和感のない人間なんているのだろうか。
「礼。エリーの面倒みてくれた?」
「それなりに。最近顔は見てないけど。栄養は与えてるはず」
「そう。あとでこれ渡しておいて。礼とエリに似合いそうな服買ってきたから」
大量の紙袋を渡される。
僕らの体格や見た目にあった服を用意してくれるのは嬉しいけれど、渡し方がなんとも事務的なので妹は母に対して少し緊張している節がある。
「気にかけてるなら会えばいいのに」
「そういうものなの? じゃあ、見に行こうかしら」
相変わらず人間力が低い。ある意味、娘と似た物同士ではあるけれど。
「それ食べたら出かけるから。メール、したでしょ」
「そうだっけ」
「ちょっと旅行したらまた仕事。エリのことよろしくね」
「よろしくすな。子供の面倒くらい親がみてくれ」
「貴方の妹でもあるでしょ」
ああ言えばこう言う。
ポケットからスマートフォンを取り出し見忘れていたメールを確認すれば、確かに旅行に行く旨が記されていた。
ゴールデンウィーク付近になるとこの二人は旅行に出かける。
何年か前までは僕ら兄妹も一緒に行っていたけれど、気が付けば一緒に行くのも面倒なお年頃になり、なぜか妹も僕に倣った。
もっとも普段からあまり揃う事の無い二人だ。特に僕が高校生になってからは顕著で、こうして揃って食事をとる事は月に数回あるかどうか。どちらかが居れば、どちらかはおらず、気楽と言えば気楽な生活だ。
「教えてあげたレシピ、どれほど上達したのか見てあげる」
母なりのコミュニケーションなのだろうが、教えてくれる料理には偏りがあり僕は大鍋料理しか出来ない。というか母が大鍋料理しか出来ない。我が家の食器棚に置かれた小皿は日の目を見た事が殆ど無い。
シチューを皿によそい父に渡す。
一応写真撮影で生計を立てているとは本人談。僕と妹はその話を半信半疑で聞いている。というか母のヒモだと思っている。
「鳥と廃屋の撮影って。よく飽きないね」
「不思議だよなぁ。けど楽しいから、オッケーっ」
相変わらず明るい父親だ。
この家族で根が明るいのは父と妹。意外な事にあの妹は根は明るい。
僕と母は暗くは無いが平淡でドライ。不思議なもので性格は血縁とは関係ないらしい。
「エリ、寝てた。意外と部屋は綺麗、でも髪が伸びて色も戻ってきてる」
「ロボットみたいな感想ありがとう」
報告なのか感想なのか分かり難い言葉を紡ぐ母。長い付き合いなので意訳すれば。
『エリーぐっすり寝てたわ、久しぶりに話したかったのに。あの子にしては部屋が綺麗だったけど礼がやってくれたみたいね。あと、礼。あの子髪が伸びているからそろそろ切って髪もそめてあげれば?』
だろう。
「起こして自分で言いなよ。人に言わせようとしてさ」
「エリーが一番懐いているの礼じゃない」
「それこそ料理でも教えてあげればいいのに」
「教えても作らないもの、あの子。エリーはそういう才能ないから」
「才能?」
「生み出す才能が無いの。与えられるだけ」
「けっこー酷い事言ってないか」
確かに寸分たがわぬ分析とはいえ。好きでもない妹のこととはいえ。少し腹立たしい。
「そう? 凄い事だと思うのに。顔も良くて与えられる才能もある。もう学ぶ必要すらないでしょう。現に、かなりの額を稼いでるわよエリー。しかも数少ない長所の顔を出すことなく。好きな事だけして生きて行けるのに」
「エルフは人間世界での生き方を学んでいないのか。エリはそんな性格じゃないだろ。エリは、ほんとはもっと沢山の事が出来るんだよ。多分、きっと。……おそらく」
ちなみに今口にしたエルフというのはかつての母の仇名だ。
母はあまりのスタイルの良さとちょっとした事件があり、エルフと揶揄されて子供の頃に虐められていたらしい。五年くらい前、本人に教えて貰った。
「そう言う世間の常識は二十年は前に言って貰わないと。今更そんな考え方できないわ」
開き直るような言い方に更に言い返そうとすると。
「相変わらず仲が良いねえ。リリーも礼も」
僕と母の鋭い視線が父に集まる。
「礼。気持ちはわかるけど二人ほど喧嘩し合える人間ってそうそういないんだよ。というか。昔からなんか仲いいよねえキミら。トムとジェリーみたいな」
どっちがトムだろう。ジェリーって攻撃的で怖いんだよなぁ。
「リリーも。色々とわかるからこそ放って置いてあげているんだろうけど、キミほどエリちゃんは捻くれてないんだから。たまには一緒に買い物でも行きなよ。三回くらい誘えば来てくれるよ」
「そう」
母は叱られた犬のようにシュンとした。母は父に弱い。夫婦というよりは親と子に見える時すらある。
「ところでどっちがトムなの。ジェリーって攻撃的で怖いじゃない」
そして僕とまったく同じ感想を抱いていた。
「礼、仲直りしましょう」
「はいはい」
母に促され仲良く握手。
小学生の頃、偶然二人で見ていたアニメに感化された仲直り方法。学校の先生に無理やり仲直りさせられるような強制力を感じる。
ともあれ。これが僕の家族である。
ロープで繋がっている程度の団結力。誰も彼も、基本的に一人が好きで、たまに思い出したかのように人が恋しくなる。
なんとも、気持ち悪い。それでも不思議と今だけは暖かくて。
この暖かさを、妹は知らない。
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