マリリ・ネゴシエーション
バックスターカフェに立ち寄り、吉野さんに貰ったプリペイドカードをレジで使用。
『今日は時間があったのでお洒落カフェに来てみた。これで陽キャの仲間入り』
とスィッターで呟く。
もちろん勇気を出して頼んだキャラメルスチーマーモカシロップエクストラホイップラテの写真も一緒にアップロードする。写真のポイントはどういう場所で撮影したのか分かるように外の風景をホンノリ映しておく事だ。
店内の窓際の席に座り周囲を見てみれば、若い女の人が多くて肩身が狭い。
「……甘っ」
前々から興味はあった呪文のような組み合わせだけれど、やっぱりブラックか普通のカフェラテで十分かもしれない。
ズズズ、とキャラメルスチーマーモカシロップエクストラホイップラテを啜りつつ数学の公式を憶えること二十分。
なんとなく窓の向こうを見れば、ダボッとしたパーカー姿の長髪の女性が窓の向こうを横切った。横切ってしまった。
「…………来ちゃったよ」
興味本位、イタズラ半分の気持ちで実施した『釣り』だったけれど獲物はしっかりと掛かってしまったらしい。空恐ろしさと間抜けな生き物の生態を見る気分の二つが胸中に渦巻き――。
コンッ、と窓を軽くノックすれば長髪の女性が振り返り、しっかりと目が合う。
固まる長髪の女性。
くいっとジェスチャーでコチラに来るように促すと、長髪の女性はレジへ向かい、たっぷりとホイップクリームの乗った甘そうなカフェラテを手にやって来ると無言で隣に座った。
そうしてしばしの沈黙が流れた後。
「これ渡しといて」
リュックの中から書類を取り出し長髪の女性に渡す。
「あ、はい」
「ああ、あと」
ボディチェックをするように長髪の女性の服に触れる。
「ちょ、こんなとこで大胆だよっ」
パーカーのポケットには無しか。続いて手首に触れると固い感触。
「あ! そこはラメっ」
パーカーの袖口に手を突っ込み、目的のブツを取り出しテーブルの上にコトンと乗っける。
白日の下に晒されたのは女性の手にも収まるほどのコンパクトデジタルカメラ。
先日の不可解な行動の目的はコレとみて間違いない。カメラを買ったと言っていたからもしやと思えば案の定の代物が出て来た。
長髪の女性は冷や汗を浮かべている。
「……あれ、なんだろーこれ。カメラってやつかな。茉莉花ちゃん、あんまり機械に詳しくないんだけど。おっかしーなぁ、なんでこんなものが服の中に入ってたんだろー。あ、もしかしてさっきのセクハラ中に入れたなーこのー、そんなに触りたかったなら言ってくれれば」
「電源入れな」
「……」
長髪の――マリリが無言でデジタルカメラの電源を入れるが、それ以上の操作を拒むご様子。
これで父が自称写真家だ。カメラの操作であれば初めて見る機種でもそれなりに分かる。
「このカメラ新しいヤツだ。カッコいいね。オートフォーカスの速度も速いし。これなら動きながらでも撮影しやすそうだね」
ライブラリの再生ボタンをクリック。最近のカメラはタッチパネルでの操作が多かったりするけれど僕としては物理キーがある方が好みだ。
「あれ。ライブラリに僕が映ってる。なんでかな」
わざとらしくマリリに質問。
「あの。お金を渡すので、消去だけは勘弁してください。さっき、可愛いのが撮れたんです」
そう頼まれては仕方ない。
マリリに液晶画面を見せつつ、一枚づつ消去していく。
「が、ああ、ぐぅ」
周囲の人の怪訝な視線を集めながら二十枚ほどの画像データを消去。残念ながら先日の分は既にパソコンにでも移しているのかライブラリの中には無かった。
「ひどい、こんな横暴が許されるのかよっ」
言ってらぁ。
マリリに構わずライブラリの中を確認していく。
「ふっ。猫なんて撮る趣味あったんだ」
盗撮以外の用途に使うとは可愛い所もあるね、霧江茉莉花被告。
「ちょっ、それはそれで恥ずかしいっ」
「お、良い構図でアイスコーヒー撮ろうとしてる」
「ひぃっ、丸裸になっちゃうっ」
人の撮影した写真っていうのも面白いものだ。
「……」
「……」
マリリと目が合う。ほんともう、通報した方が世の為なのではなかろうか。
「ん、いいよ?」
何を思ったのか目を瞑り唇を突き出すマリリ。
とりあえずデジタルカメラでその間抜け面を撮影しておいて、念のためもう一度マリリのパーカーのポケットに手を突っ込む。
「ちょっともう、焦らさないでよっ、焦らしても良いけどっ」
まだ目を瞑っているバカは無視して。
「……見つけた」
「え?」
伊達にストーキングされている訳でない。
ポケットの中に隠されていたもう一枚のSⅮカードを見せると、マリリの目が見開かれる。
「ああっ、くぅ、どっちだっ」
「どっち?」
何を言ってるんだこの人。
「察しの良い彼氏を恐れるところか、茉莉花ちゃんを理解している彼氏を誇るところか」
「まだ彼氏じゃないよ」
「まだっ!?」
「冗談だよ」
「……くそ」
雑なエサにも入れ食いだ……。
釣りを楽しみつつデジタルカメラからSDカードを取り出し、先ほどマリリのポケットから取り出したSDカードを挿入。中には望遠で撮影された僕の写真があった。
「ああ、向こうの街路樹の後ろから撮ったのか」
「凄いでしょ、ズーム性能。RAW現像すればある程度はざらついた画質もリカバリー出来るからメイン機が無い時はこれで十分かなってああっ、また消した!」
それにしてもこのデジタルカメラ、性能凄いな。軽いし、望遠もこなすし。普通の旅行だったりであればこれ一つで十分だ。慰謝料代わりに押収しようかな。
「これ液晶パネルも動くし、自撮りも出来るんだ」
ぐるりと反対向きに動かせる液晶パネルはなんだかカッコいい。
「あー、チルト式液晶ね。ま、わたしは撮る専だから自撮りに興味は無いけど」
「なに硬派気取ってるんだ犯罪者。盗撮魔!」
「うっ、直球飛んで来た」
片肘をつき横目でマリリを見る。
「そっか、自撮りに興味無いんだ。盗撮家としてのプライドがあるって訳だ」
「だね。今までカメラって興味無かったけど、やってみると奥深いって言うか、そこらの軟弱なメスっ子たちとこの茉莉花ちゃんを一緒にしないで欲しいっていうか」
「気の迷いで自撮りしたら消しちゃう?」
「消す消す、というか消した。自分の映ってる写真に興味ありませんので」
マリリがそう言うので僕はデジタルカメラの液晶パネルを動かし、自撮りモードに変更。マリリの肩を引き寄せ、カシャ、と撮影した。
「え」
今、何が起こったのでしょうかという表情を浮かべるマリリ。
「ほら、消せよ」
デジタルカメラをマリリに返す。
液晶パネルには僕と長髪のウィッグを被ったマリリが映っている。相変わらず見た目だけは麗しの美少女マリリ、長髪だと印象も変わる。
「……」
液晶パネルから、隣に座るマリリに目を移せば指がアルコールの禁断症状を起こしているかのように震えていた。欲望とプライドの間で揺れているらしい。流石のマリリと言えど五秒前の発言を反故にするには多少の時間が必要らしい。
「代わりに消そうか」
「この、アクマ……」
「悪魔はお前だ変態」
「はぁ、はぁ、くぅ……。はっ、出来ない、わたしには二人のデートの思い出を消す事なんて出来ないっ」
バッ、とデジタルカメラを抱きかかえるマリリ。
約十五秒に渡る長い葛藤だった。
「別に写真なんて撮られたっていいけどさ、盗撮は辞めようよ霧江さん」
ここがアメリカならば罪を合算して懲役三百年くらいになるまで泳がせるものの、残念ながら日本だ。身を守るためには自分で交渉し妥協点を探さなくては。
「え。ええ? 普通に撮る分には良いんですか?」
「一枚、一万」
「激安っ!」
この人の金銭感覚壊れてますよ、吉野さん。
「どうする?」
「はい、もうこのカメラでは盗撮しません」
何か引っかかる言い方だけど、まあいいか。たぶん、マリリに更生は無理だし。そのうち僕に飽きる事を期待して今日の所はペイントパレット社に被害届を出すだけで勘弁してやろう。これをネタに強請……交渉すればオールデイジャパンのTシャツをコネで貰えるかもしれないし。
と、打算的な考えで今日の所は手打ちとする。
「よし。んじゃ、スコーン買って来て。この甘い飲み物に合うやつ」
「はい、喜んでっ!」
そんなこんなでマリリのガス抜きをした放課後だった。
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という事で、例の人の回でした。なんだかんだ仲良いね。
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誤字報告も助かるラスカル!
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