アフターサービス
「それでね、わたしちゃんも遂に免許を取ったってわけです! 見たい?」
おかしい。
良い感じにマリリから離脱するつもりが、なぜ僕はまだマリリと一緒に居るんだ。
「あ、そこ違うよ。指数関数なんて何の役にも立たないと思ってたけど。こーしてアヤノンに教えられる日が来たって事は勉強ってのは役に立つんだぁ。手取り足取りねっとり教えてあげるからね」
おかしい。
この頭マリリでお馴染みの霧江茉莉花ちゃんはなぜ数学が出来るんだ。
「わたし、地理と数学が得意なんだなー。じゃあ何の教科が苦手かって言うと、デデン、ここでクイズっす、わたしの苦手な教科ってなーんだ」
「倫理」
「正解っ!」
しかもこの女、ずっと喋っているから教師としては失格。まったく集中できない。
「え、どうして分かったの? 理解力高すぎっ」
テーブルの上にはスコーンの他に軽食が幾つか並んでいる。
店に気を遣い注文を定期的にするのだから霧江茉莉花という女はなんというか、ほんと、どうして僕に関するときに頭がおかしくなってしまうのだろう。
全面的に変態であればすぐに突っぱねるというのに局所的にどうかしてしまうのだから、もしかして僕が悪いのかと錯覚してしまいそうになる。
「地理とかもね、頭の中に地図を作れるからすぐに覚えられるっていうか。車での移動だと早くてマッピングが間に合わないけど、徒歩移動だと一度通った道であればけっこー正確な地図をつくれるんだー」
「じゃあウチの場所わかる?」
「もち」
「教えた事無いだろ」
「んー。その問題、わたしがやってあげようか」
白々しくマリリが参考書を指さす。
「おい悪魔。僕に『わたしちゃんが何処で綾野家の住所知ったのか』クイズを出してみな」
「あ、はい。デデンっ、あたしちゃんがアヤノンの住所を知った方法なーんだっ」
「先月のオールデイジャパンに出た際、ラジオメールに記されている住所を暗記したから」
「正解!」
チョップを振り下ろす。
「いっ、もう、美少女無罪を適用してよっ」
はじめて女の子に鉄槌を下したかもしれない。
しかも、罪悪感が微塵も無い。マリリは女の子ではなく、性別の無いただのマリリなのかもしれない。
バーチャルデーモンではなくて、もしかして本当に悪魔だったりするのではなかろうか。そうであればこの常軌を逸した変態性にも説明がつくかもしれない。
「……にしても免許か。幾らくらいかかるの?」
「ざっと三十万行かないくらい。取りたいならお金出そうか。その代わり……へへ」
「いやまず年齢が。ん?」
「どったの」
「いや、茉莉花ちゃん年上だったんだって思って」
「…………あ」
年上でこの落ち着きの無さか。
年齢といってもマリリのプロフィールに興味無いからどうだって良いんだけど。というか正確な年齢知ったとて祝う事もないだろうし。
「姉さん女房ってイヤ?」
「結婚はしないだろうから気にしないけど」
「えー、事実婚ってこと?」
「将来的には一人静かなとこで暮らそうかなって」
「ネット通じるとこにしてよ? 買い出しを考えると大きな車買っておこうかな。仕方ない、もうちょっと仕事頑張って土地と家も買っておくよ。二人で住みたいとこ見つけておいてね」
言葉が通じていない。
どうしてこう、バカになっちゃうんだろう。
「ちょっともうっ、そんなに見つめても何もでないぞ?」
どうにかしてこの人を百年くらい牢屋に入れられないかな。
「はぁ、主よ、救いたまえ」
ぽつりと言葉が漏れ。
「ん?」
茉莉花センサーに引っかかる。
「アヤノン、どこかで悪い女に引っかかった? そんな信心深い子じゃないでしょ。ねえ」
「顔が近い」
「……キスの距離じゃん。ゴクリ」
「唾を飲み込むな」
頭を押しのけ距離を取る。
「そういうアニメ見ただけだよ」
一話を数えきれないほど見ただけだよ。
「ふーん。あっそ」
納得していない様子。
もし仮にこの悪魔と付き合ったとして浮気した場合は即日バレるんだろうな。
謎の後ろめたさを感じつつ問題集をリュックに仕舞う。
「そろそろ閉店時間だから帰ろ」
「お、もうそんな時間か。二人だと時間があっという間だね」
「そーだね」
ともあれこれでしっかりガス抜きは出来たはず。グッバイマリリ、また来年。
・・・
二人分の足音とクロスバイクの車輪の音が住宅街に響く。
「わたし、この辺りに引っ越して来たんだ。途中まで一緒に帰ろ?」
と、言われてしまい。
すっかり日の落ちた時間という事もあり、マリリも一応女の子かもしれないし、という僅かな心配をしてしまった結果。僕はまだマリリと一緒に居た。
一回会うと長いんだよなぁ。もう送るのも面倒だし自転車乗って帰るか。
「あ、今「もう送るのも面倒だし自転車乗って帰るか」って思ったでしょ」
「はいはい思いました」
さすがにマリリ。召喚するのは楽だが、僕の都合通りに去ってくれる訳ではないらしい。マリリとのお喋りは嫌いではないけれど、ものすごく疲れるんだ。
「一ヵ月近く放置したんだからこれくらいはやって貰わないとね」
「だる。はー、ふぁあ」
スコーンに加えて夕飯のサンドウィッチとクラブハウスサンドをご馳走になったので眠くなってきた。
「わたしと会話しながら欠伸するとかほんと好き、違った、失礼な奴め。もうちょいドキドキしたらどうなのかな。ほら見て、ロングヘア茉莉花ちゃん、ショップの人がめっちゃ褒めてくれたんだよ?」
こういう時、このクロスバイクは不便だ。ポリスに内緒で二人乗りしようにも荷台が無い。BMXの自転車みたいにステップでも取り付けてみようかな。
「おーい、構ってくれないとチューしちゃうぞ」
「手なら繋ごうか?」
「っ、繋ぐぅ!」
マリリの手を取り、クロスバイクのハンドルに案内。
「あの、あれ? おかしいな、一瞬手を繋いだ気がするのに。今やゴムの感触」
「押してって。もうマリリの家まで送るからさ、ふぁあ」
「すぐそうやってイジワルするんだからっ、このマリリ心をくすぐる天才めっ」
そうしてマリリを送り届――。
「家、近っ」
我が家から見えるタワーマンションに悪魔が住み着いている事を知ったのだった。
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