契約直前

 エリリやマリリについて知る、という事がありながら。


『グレゴリーのオールデイジャパン』


 一週間が過ぎた。

 ベッドの上で天井を眺める。

 んー。なにかしようと思っていたのに、不思議なもので気がついたら一日って終わってるんだよなぁ。


『どうもグレゴリーの吉木です』

『土曜の夜、イタノン』

『ということで今週のワンワンニュース!』


 この一週間の間に色々、主に妹に関しては新発見があったものの結局自分では何もしていない一週間だった。考えてみると言ったマリリの企画も何も考えていない。

 やった事と言えばせいぜい棚に並べたレトロゲームハードを掃除したくらいだ。幾つか見当たらないモノもあったが恐らく父さんが自室に持って行ったのを忘れているか、妹が持って行ったのだろう。


「んー」


 スマホを弄りながらワンワンニュースを聞き流す。基本的にワンワンニュースに関して言えば特にじっくり聞く必要もないので問題ない。

 毎週ほぼ同じような事ではしゃいでいるので、その雰囲気だけで十分面白いし。


「あと一日か」


 マリリの企画応募締め切りまであと僅か。

 あれからマリリの動画を色々と見てみたが、真野先輩が勧めてくれた理由が分かった。一人であれほどバラエティー豊かな企画をこなしているのであればアイドルというカテゴリには当てはまらない。きっとスターになる逸材なのだ。

 なにより怒涛のトークが凄い。人間ってああも喋れるものなんだなと感心するほど。

 それに引き換え。


「あ、やった! レアドロップ! レアドロップしたっ! ってあああああああ!」


 それに引き換え我が妹ときたら。語彙の少なさが涙をさそう。

 加えて、流石にうるさくてムカついたので壁を殴る。


「うわ、ちょっとレー! ドンしないで!」

「はぁ」


 一つ気が付いた事がある。どうやら配信中の妹は普段よりも饒舌だ。何か配信者としてのスイッチでもあるのかもしれない。

 まあそれはいいとして。


「なに普通に兄の名前呼んでいるんだ」


 これもエゴサ、というのだろうか。

 試しにSNSでエリリ、スペース、レー、と打ち込むと相当数のコメントが見受けられた。イマジナリーお兄ちゃんというコメントには思わず笑ってしまったが残念ながら実在している。


「どうするかなぁ」


 ラジオではプロゲーマー田中のコーナーが始まる。


『続きまして恋する小悪魔』

「でた。恋する小悪魔」


 二週連続で読まれるとは調子良いなぁ。


『先日田中のゲーム配信を見ていたらチート使用疑惑をかけられ詰められていました』

『視聴者に詰められるかね』

『追い込まれた田中はついに白状。実は田中には病気に苦しむ祖母がおり、田中の活躍に喜ぶ姿が見たくて仕方なくチートツールを使用して――』

『いや姑息! これ以上文句言い難いタイプの言い訳! しかもきっと嘘!』

「ふふ」


 笑ってしまった。やるな小悪魔さん。


「……そうだ」


 脳裏にポンと浮上した思い付きをSNSに撃ち込み【#マリリ祭り】をつけて投稿。

 ま、こんなもんか。

 手元にあるとつい弄ってしまうスマホを机の上に置きベッドに寝転び、言葉と認識できないレベルで聞こえてくる妹の声をヘッドホンで遮断する。そうして目を閉じると、いつの間にか眠りに落ちて――。

 ピコンとなった『イイね』の音に気が付いたのは、しばらく後の事だった。



・・・



 憂鬱な月曜日も昼を過ぎればただの平日。真野先輩曰く貴重だという高校生活が過ぎていく。昼飯時、混雑している食堂の窓の向こうには暗雲が広がっていた。


「伸びるぞ」

「綾野ってコロッケ浸してから食べるタイプ?」


 ずるずるとコロッケ蕎麦を啜っているのは小林。僕のコロッケを物欲しそうに見ているのは大場。

 長身イケメンの小林は愛想が悪く、熊のように大きい大場は人の三倍よく食べる。

 学校にいる時はよくこの二人とつるんでいるものの、どうして仲良くしているのかは自分でも分からないという不思議なメンツ。


「浸す。天ぷらとかもそうだけど、これってどう食べるのが正解なんだろ」


 素朴な疑問が浮かぶ。


「コクがでるんだよ。とりあえず半分は先に食べてその後に蕎麦と揚げ物を交互に食べる」


 小林がソレっぽい事を言う。


「オレは全部一気に食っちゃうけど」

「もっと味わえファットマン。慌てて食べるからぶくぶく体積が増していくんだ」


 小林と大場は普段通りにじゃれ合っている。小学生からの腐れ縁だというが、その腐れ縁の中にどうして僕まで交ざっているのだか。


「ん、騒がしいのが来たな」


 小林は食堂の入り口を一瞥する。

 そこには新一年生だというのに容姿レベルだけでいえば校内ヒエラルキートップに迫る女子とそのお友達が現れていた。

 どの学年にも目立つ存在はいるらしい。妹はああいう中途半端に可愛いタイプによく疎まれていた。個人的な見立てで言えば当然の結果というか同情の余地は僅かにしかない。どれほど見てくれが良くても協調性とコミュニケーション能力が無くては集団生活はおぼつかないのだ。


「おーい、パイセーンっ」


 そんな集団の奥から声をかけられる。

 ギャル後輩だ。


 我が校は基本的に部活動への参加が推奨されており、ギャル後輩は何故か僕が所属している園芸部に入って来た唯一の後輩なのだが。


「ギャルが来たな」


 小林が感慨深げにつぶやくが、その気持ちはよくわかる。

 この高校では見ないタイプの女子だ。ありあまるコミニュケーション能力で不思議と溶け込んでいるものの、単体で見るとすごく浮いている。


「園芸部的には良かったじゃん。ああいう子がいると華やかで」


 大場はそう言いながら前もって用意していた替え玉をどんぶりに投入。


「おっすおっすパイセン。今日もイケメンと熊さん侍らせてるねー」

「一緒に食べてるだけだから」


 ギャル後輩、入江めぐ。


 高い身長、染めた髪と着崩した制服、日サロで焼いたという小麦色の肌。校則が緩いうちの高校でもここまでお洒落を楽しんでいる生徒は少ない。

 さすがに入学当初、盛りに盛っていた爪は生徒指導部で注意されたようだが……。

 なんというか、この未知の生物が自分の後輩だという現実を未だ受け止めきれていない。


「さっき会った部長から伝言っ! 今月も来月も自由参加とするだって!」

「いつも通りってことね」

「でもパイセン、こんど一緒に雑草むしろうぜ? あたし、ああいうの見るとムショーに引き抜きたくなるっていうか。ほら見てコレ」

「いやスマホで雑草を撮影しなくていいから」


 結構細かいところが気になる性格らしい。


「ってそう言えばパイセンっ、めっちゃ可愛い彼女いるらしいじゃん!」

「彼女?」


 急に話が変わった……もしかして、妹のアレか?


「聞いたよっ、国民的美少女コンテスト一位とタクシー乗ったって!」

「話が大きくなってる」

「それは俺も聞いたな。確かハリウッド映画の主演女優だったか」

「オレも聞いた。どこかの国の王女様だっけ。やるなー」

「盛りすぎだろ」


 また面倒な事に……。


「いや、あれは妹だから」

「は?」


 ギャル後輩が固まる。


「妹」

「ええーつまんな。恋バナ提供してくださいよー先輩じゃ無理かもですけど! あはっ」

 コイツ、言いよるわ。


「確か、前に妹がいると言っていたか。ちなみに俺は女は面倒だと思うが恋バナは好きなんだ。少しは話題を提供してくれると助かるんだが」

「お、イケメン先輩わかってるー」

「義理の妹だっけ。幻じゃ無かったんだ」


 大場まで加わる。失礼な奴らめ。


「それより後輩、食べる時間無くなるぞ」

「やばっ、んじゃねーパイセン」


 ギャル後輩は嵐のように去っていき、友人らしき集団へと走って行った。


「変な後輩が出来たな」

「唯一の新入部員が入江めぐ。だから消去法で僕が教育係なんだよ」

「二年は綾野ともう一人の幽霊部員だけだっけ。よく廃部にならないなぁ」

「ま、なんとかね」

「園芸部は部活動というよりは委員会に近い。なので廃部になる事は無い」


 生徒会に所属している小林はその辺りの事に詳しい。

 実際、校内の雑草を取って中庭などで花を育てるという作業は学校側としてもプラスの面がデカいとの事。花の無い花壇って凄くモノ寂しい雰囲気を演出するもんな。

 そんなわけで人数が少ないという理由で廃部になる事は無いし、先生側からしても園芸部は楽だから顧問に付きたい人も多いらしい。


「ご馳走様。それじゃあ俺は生徒会に顔を出してくる」


 そう言って小林は去っていく。


「と、そうだ。綾野はゲーム好きだったよな」

「まあ。ゲームというか、ゲームハードが好きと言うか」


 アルバイトを始めたのも本を正せばゲームハードを集める為だった。もっとも最近では僕が買ったゲームを妹が勝手に使っている事の方が多いけれど。


「ツインファミは持っているか? よければ貸してほしいんだが」


 意外な名前が出てきた。僕らが生まれる前に発売されたゲームハードで今は中古でも見つけるのが難しいけれど。持ってるんだなぁこれが。


「いいよ、明日にでも持ってくる。ソフトはどうする?」

「ソフトはあるんだが肝心のゲームハードが無くてな。助かるよ」

「別にいいって」


 収集癖で集めたゲームハードの使い道が出来るのは有難い。なんだかんだゲームは新しい方が面白いのだ。見た目は可愛いものの、フィギュア的な楽しみしかしていないのが現状。使ってくれるというのなら大いに役立ててくれたまえ。


「ではよろしく頼む」

「いってらー」


 改めて去っていく小林をしり目に大場は四杯目の蕎麦をどんぶりに投入。


「食べすぎ」

「まだまだこっからこっから」


 結局大場は更にサバ定食を頼み完食し――。

 そんな日常の風景も空模様のせいだろうか、何故だか少しだけ不穏な空気を纏っていた。


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