トール・アイスカフェモカ・プレミアミルク・ミルクアイス・ウィズバーンキャラメル

 家を出てペダルを回す事しばらく。

 駐輪場にクロスバイクを停めてスマートフォンを見れば。


『制服での寄り道は校則で禁じられておりますので、着替えてから向かいますね』


 というメッセージが届いていた。そして。


『礼さんが先に着くようでしたらお店の中で座ってお待ちください。私もそろそろ到着します』


 ポコン、と新たにメッセージが表示される。

 てっきりアンジェの方が先に到着すると思っていれば、わざわざ一度家に戻ってからここまで来るらしい。


 バックスターカフェのレジ前は少し混んでいるものの、店内はちょうど人が引いたタイミングだったらしく席に余裕がある。

 列最後尾でテラス席にするか店内席にするか悩んでいると――。


「礼さんっ」


 息を切らせたアンジェが現れる。結局、同じ様なタイミングで到着したらしい。


「お待たせしました、ふう」


 パタパタと手で顔を扇ぎながらアンジェが隣に並ぶ。制服から襟の白い小奇麗な紺色のワンピースに着替えてきたらしく、なんだかまるでデートみたいだ。


「アンジェ、走って来たんだ。お疲れ」

「……そこは、違うのでは? 今来たところ、みたいな」


 ぶつぶつと何か言っている。

 このシスター、シチュエーションを大事にしたいらしい。実際は一分ほど前についたから本当に今来たところとはいえ、定番のセリフくらい言っても良かったかもしれない。


「……まだ時間はありますね」


 アンジェはレジで注文している人の様子をチラチラと眺め観察している。

 なんだかデジャヴュを感じる仕草だ。こういうの、どこかで……あ。葬式でお焼香のやり方をどうにか覚えようとしている人みたいな感じだ。

 どうやら呪文の唱え方を勉強しているらしい。


「どういうの飲むとか決めてるの?」

「は、はい。少し調べてきましたけど……」


 前に並んでいた二人組を見送ると、アンジェはプリペイドカードを取り出し緊張した面持ちでレジへと向かった。


「いらっしゃいませー」


 接客スマイルに出迎えられると、アンジェはメニュー表に目を落とす。


「礼さん、呪文が書かれていません」

「あれってオプションみたいなものだから」


 女子大学生らしき店員さんと目が合う。心なしか『お前がリードするんだよ』と思われている気がするような……。


「あ、あの、おススメのやつってあります?」


 プレッシャーに負けて口を開くと。


「呪文みたいなのが宜しいですか?」


 そう店員さんから提案され、アンジェを見ればコクコクと頷いている。


「では、トール・アイスカフェモカ・プレミアミルク・ミルクアイス・ウィズバーンキャラメルなどはいかがでしょうか」


 アンジェを見ればコクコクと頷いている。まるで赤べこだ。


「それじゃあそれと、アイスコーヒーMサイズでお願いします」

「トールサイズですね。かしこまりました」

「あ、あの、それとスコーンを頂けますか?」


 シスターはスコーンがお好きだ。


「はい、ソースは如何しますか?」

「ええと。ではブルーベリーとクロテッドクリームをお願いします」


 プリペイドカードをきっちり使い切り注文を終え、アイスコーヒーとスコーンそしてカフェラテなのか生クリームの塊なのか分からない物体をトレイに載せて窓際の席へ向かう。


「ふわぁ、礼さん、やたらとクリームが盛られています」


 アンジェは驚いたようにトール・アイスカフェモカ・プレミアミルク・ミルクアイス・ウィズバーンキャラメルを見つめている。


「お、メッセージ書かれてる」


 僕は書いてもらった事が無い。


「メッセージ、ですか?」

「店員さんがカップに書いてくれるらしい」


 アンジェのカップには『トール・抹茶クリーム・フラペチーノ・バニラシロップ・プレミアパウダー・ホイップホイップ・ウィズココアソースもおススメです♡』と書かれている。

 二人揃って店員さんを見れば手を振ってくれた。

 よほど先ほどのアンジェが微笑ましかったのだろう。


「まずは、いただく前に写真です」


 写真を撮るアンジェを見つつアイスコーヒーを口にする。

 見ているだけで甘ったるいアイスカフェモカ以下略を前にしているからか、いつにも増してアイスコーヒーが爽やかだ。


 一通り写真を撮り終えたアンジェはアイスカフェモカを見つめ、ゴクリと唾を飲み込む。


「主よ、この背徳的な飲み物を口にする事をお許しください」


 背徳的で冒涜的なカロリーを含んでいるのは間違いない。

 アンジェはアイスカフェモカを前に十字を切る。


「では、いただきます」


 両手でアイスカフェモカを持ち、大きめのストローに口を付けると。


「わ、美味しいです。甘いです。焦がしたキャラメルの香りが鼻を抜けて、甘いです」


 コクコクと頷き、満足気にため息を漏らした。


「これはいけません。堕落の味がします。礼さんはブラックのコーヒーで良いのですか? 共にこの堕落を口にしませんか?」

「見てるだけで充分口が甘いから遠慮するよ」


 一日分のカロリーを摂取できそうなボリュームだ。


「ふふっ、ではこちらをお食べ下さい。先日頂いたソースとは別の、クロテッドクリーム。これぞ本場イギリスの味です」


・・・


 しばらく他愛のない話が続いた。


「そうですか。礼さんのアルバイト先は楽しいところなのですね。いずれ、その作品を見せていただけますか」


 とか。


「なるほど、ご学友と川釣りですか。ライフジャケットは着ていますか?」


 とか。


「ふふ、妹さんともいつか会ってみたいものです。……今の貴方をようやく理解できたように思います。とても充実しているのですね」


 とか。


「もう、お腹いっぱいです。ああいえ、スコーンの話ではなく。どうやら私もそろそろ観念して、現実の礼さんを受け入れ……。いえ、なんでもありません。ふふ、隙アリです。最後のスコーンは私が食べちゃいます」


 だとか。

 もう少しアンジェの話を引き出せば良いだろうに、自分の事ばかり話してしまったかもしれない。


「目的も無くカフェでお喋りというのも楽しいものですね。今日は誘っていただけて嬉しかったです」

「大げさだな。また来ようよ」

「ふふ。ここは私には眩しい場所でした。家でゆっくり紅茶でも飲んでいる方が性にあっているかもしれません」


 アンジェは苦笑しながらホイップクリームとアイスクリームが溶けたカフェラテを飲み込んだ。


「あ、そうです。先ほど撮った写真、ブイスタに乗せてもいいでしょうか」

「ブイスタってシスターのアカウント?」

「ええ。ラスティの方です」


 他に客のいる店内で堂々とゴッズシスター☆の名を口にするアンジェ。


「あー。どうだろ。ちょっと写真見せて」


 アンジェのスマートフォンを覗き込む。

 どれもアイスカフェモカが目いっぱい画面を埋めており、写真としてのクオリティはともかく居場所がバレるような情報は乗っていない。


「まずいのでしょうか」

「いや、一応、身バレみたいな。そういう研修とかしてない?」

「した事はないですね。気にしすぎなのではありませんか?」


 このあたり気を付けなければ大変な事になるというのに、やはりこっち方面の警戒心は薄い模様。どうすればアンジェにネット社会の恐ろしさが伝えられるだろうか。

 ……あ、そうだ。悪い事思いついた。


「この写真なら問題ないと思うけど。例えば」


 スマートフォンを取り出し……。


「アンジェ、テーブルに手乗っけて」

「はい」


 アンジェの白い手がテーブルの上に乗せられる。


「で。アンジェの小指の指先がギリギリ入るくらいに写真を撮って」


 スィッターを起動。


『友達とバクスタ』と呟く。


「これが何か?」

「あとニ十分くらいで僕のストーカーがやって来る」


 目をパチパチとさせるアンジェ。


「もう、からかわないで下さい。わかりました、写真は時間を置いてお家に帰ったら投稿しますね」


 うん、まあ、僕としても冗談で済めばいいな、みたいな風には思う。まあ流石に同じ様な釣り方に引っかかる獲物でも無いか……。


 ――そうして十分ほど過ぎた頃。


 すっかりスィッターで呟いた事など忘れ、そろそろ帰ろうかと話していると。


「はぁ、はぁっ、あ、あれー。アヤノン……はぁ、奇遇だね。ところで、そちらの女、誰かな」


 息を切らせ、額に汗をかいた悪魔が現れた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



ということでカフェ回でした。


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