和気あいあい
僕らの前に現れたマリリを見つつ、クロテッドクリームが挟まったスコーンを口に運ぶ。
生クリームとクリームチーズが混ざった様な味わいで、アンジェ曰く紅茶の方が合うとのことだった。
「あの、礼さん。こちらの方は」
アンジェの問いになんと答えたものだろう。特殊な精神性を持つストーカーもしくは僕に憑りついた呪霊みたいな。
「特――」
と、口を開こうとすると。
「急にゴメンねー」
横からマリリが割り込む。会話の主導権を握りたいらしい。
「彼女み――」
マリリの口から虚言が漏れそうになる。そうはさせるか。マリリは彼女ではなく。
「呪」
「女の子」
「霊」
「ですっ」
結果、僕とマリリのセリフがぶつかり合い。
「……特級過呪怨霊?」
アンジェが小さくそう口にする。聞き間違えにしては物騒かつ的確な文字な気がする。
アンジェの聞き間違いにすぐにツッコむかに思えたマリリはと言えば口元をピクピクと引きつらせながら微笑んでいた。
なんだか面白そうだ。
「そうそう僕に憑りついた呪霊のマリ、茉莉花ちゃん。ちょっとした呟きでも現れちゃうんだ。こういう事になるからアンジェも個人情報の発信は慎重にした方が良いよ」
「はぁ、なるほど。そうなのですか」
ストローに口をつけるアンジェ。どうやら理解が追い付いていないらしい。それもそうだろう、目の前には世にも奇妙な生き物がいるのだから。
「もう帰っていいよ。ネットリテラシーの大事さを伝えたかっただけだから」
マリリを見れば不満そうに僕を見下ろしている。
「……」
「……」
マリリはバッと僕のアイスコーヒーを奪い、ズズッと飲み干し。
「ちょっと待ってて、わたしも何か買ってくる」
レジへ向かいアイスコーヒーを二つ持って戻って来た。
「わたし、甘いやつよりブラック好きなんだよねー。はい、アヤノンどーぞ。お揃いだね」
ショートサイズのアイスコーヒーがテーブルに置かれる。
トールサイズだと多いかな、との気遣いが泣ける。どうしてもうちょっと別のことに気を遣ってくれないのだろう。
「……う、苦」
僕の隣に座ったマリリからはそんな声が聞こえる。
「無理せずクリームたっぷり乗せてテイクアウトすれば?」
「自然な流れで外に出さないでくれるかな。というか、こっち座りな。わたしはこの可愛い女の子と仲良く、なりたいからさ」
マリリに席を立たされ、位置を交換させられる。
しかしまあ、本当に来るとは。前回よりも来るまでのタイムを短縮しているし、世界狙えるんじゃないか。
「……ズズ。あ、飲み終わってしまいました」
アンジェは紙ナプキンで口元を拭くと、名残惜しそうに空のカップを見つめた。
「あの、呪霊さんは礼さんのお友達でしょうか」
「まず、呪霊ではないよ? 霧江茉莉花という画数の多い名前があるからね」
「キリエ……」
アンジェはまじまじとマリリを見つめ、僕に視線を移すと――。
「ふっ、ふふふ」
開いた瞳孔を伏すと喜びとも哀しみとも区別のつかない笑みを浮かべ、口を抑えた。
「あれ。茉莉花ちゃん名乗っただけで、笑笑されてるのかな。ね、礼くん」
マリリがワナワナとしている。
「ああ、いえ、違うのです。キリエ、素晴らしいお名前です。キリエ……レイ……さん」
「え、婿入り?」
不吉な事を言うマリリの右手をアンジェが両手で握る。
「私はアンジェリカ・スコラスティカ・コーネル。キリエさんとお呼びしても宜しいですか?」
頼みこむアンジェの目は、どこか不思議な色を帯びていた。
「え。まあ、うん、いいけど? わたしちゃんも、じゃあ、アンジェって呼んじゃおっかな?」
「キリエさんに会えるとは、今日は味わい深い日になりそうです」
アンジェに笑みを向けられたマリリはペースを乱されたように手を握り返す。やはり悪魔、教会の人とは相性が悪いらしい。
・・・
時計を確認すれば十七時半過ぎ。
初対面の二人とはいえ女子同士という強い繋がりに入る隙間は無いらしく、僕はすっかり英単語帳を捲りながら二人の会話に相槌を打つマシーンとなっていた。
マリリの恐ろしいほどのコミュ力とアンジェのマイペースさの相性が良いのかもしれない。
「あーわかるー。デートの時に他の女の名前出す男とかイヤだよね~」
「まあ他の女性を呼ぶよりはましだと思いますけど」
「あはっ、きっと気まずかったのかもね、その子と」
「それはどうでしょう。よく分かりませんけれど。でも、女の子の方は少し腹が立っているのは確かかもしれまんせんね。人目がなければ怒っていたかも。ふふ」
「あはは、こわーい。でもさーアンジェ、少し話変わるけど内面の怖さって見る人が見ればわかるからさ、気を付けた方が良いよ?」
「……ふふ、キリエさんは慧眼ですね」
「……あは、ここ最近の疑問が解けた気分だよー」
「ふふ」
「あはは」
この通り笑い合い、恋バナに華を咲かせている。僕はこれから用事もあるし、楽しく過ごしているのなら何よりだ。
「それじゃあ僕はそろそろ出るから。茉莉花ちゃん、アンジェを送ってあげて」
外が暗くなってきた。
急がなくても余裕の時間ではあるものの兄が遅刻する訳にもいくまい。
「いーけど」
「ネットリテラシーも教えてあげて。あと、このカップかたしておいて」
「んー? いーけ……あ。ここか、ここですねシスター」
マリリはスマートフォンを確認するとメモらしきものを見つめた。
「アヤノン。お願い聞いてあげる代わりに、交換条件で、上下関係だからね」
「人に交渉出来る立場か。被害届出すぞ」
「……行ってらっしゃい、坊っちゃん」
あっさりとお願いを済ますも。
「礼さん。私を気遣ってくれるのは嬉しいですが、もう日が落ちて暗いではありませんか。キリエさんを顎で使ってはなりませんよ」
アンジェに止められる。
「そーだそーだ」
「けど、アンジェこっから歩きでしょ。ちょっと遠いよ?」
「ご心配なさらずとも子供ではありませんから」
仕方ない。
「茉莉花ちゃんは自発的に行ってくれるもんね?」
両手でマリリの手を握り、目をジッと見つめ首をかしげる。マリリの人肌の温度が嫌な感じだけれどここは我慢だ。
カメラ目線の子犬みたいなイメージで可愛い子ぶってお願いすると、マリリが頷きかけ――。
「わーん、アンジェ、茉莉花ちゃんモラハラされてるー。惚れた弱みに付け込まれて言う事きかされちゃうー」
ちっ、成功目前でチャームが弾かれてしまった。
「礼さん、いくらキリエさんが軽犯罪の常習犯だとしてもそこに付け込んでは貴方まで品格を落としてしまいますよ」
「そーだそーだ……アンジェさん?」
女子二人揃うと勝ち目が無いな。
「……ブロック解除」
マリリの耳元でささやきつつ、クロスバイクの鍵をポケットから取り出すと。
「アヤノンその鍵ちょーだい。送ったら自転車使って帰って良いってことでしょ。明日にはアヤノンの家まで使った自転車届けるからね。アンジェ、もうちょい女子会してから帰ろうね」
さすがに頭の回転が速い。
快諾するマリリに鍵を渡し、立ち上がる。
「それじゃ、アンジェ。また今度」
「あ、ええ。ごきげんよう、礼さん」
気が重いけれど、妹の元へ向かわなければ。
その場を去ろうとすると、グ、っと服の裾を掴まれる。
「わたしちゃんにも別れの挨拶して?」
「……タワマンから僕の部屋は良く見えるか?」
小声で聞く。
「――お気づきなので?」
想定外の一撃だったのか、マリリの視線が泳ぐ。
なんだか最近、朝起きてカーテン開くとチラっとタワマンの一室が光る瞬間がある気がしたんだよなぁ。まさかとは思ったけれど、残念ながら疑惑は正解だったらしい。
うん。ほんと、ふと思っただけだったというのに正解だとは。さすがだマリリ、順調に負の信頼を築いている。
吉野さんもマリリがカメラを二つ買ったと言っていたし。メイン機がどうこう言っていたから気がつけたものの、本当に仕方のない奴だな。
「せめて役に立てよ、駄目悪魔」
「はい、ご主人様」
そんな冗談を言いつつ、アンジェを見る。
この騒がしいのと一緒に居れば、少しは元気が出るだろうか。
――そんな事を思いながら店先まで出て、駅へと向かうと。
「途中まで送ってあげる」
何故か後ろについて来ていたマリリが耳元でボソリと呟く。
「あの子はやめた方が良いと思うなー。アヤノン、なんか地雷でも踏んだんじゃない?」
「え、アンジェ怒ってるの?」
怒らせるような事をした憶えはないのだけど。
「ポンコツめ。ちなみにわたしも若干の苛立ちはあった。ともかくさ。今というよりは昔になんかしたんじゃない? そんな気配を感じました」
「昔って……。あ」
脳裏に過ぎる人生最大の失敗。
「なんか思い出した?」
「深夜ラジオに送ったメールが切っ掛けで僕に強い執着を示すようになったとか」
「それわたしちゃんな」
うーん。まるで見当がつかない。
そもそも昔なんて誰とも関わってすらいないぞ。なにしろ凍てついた少年時代だ。母……リリーとしか喋っていない時期もあったし。
「……はぁ、しかしアヤノンの趣味がああいうのとは。腹黒癒し系がいいのか?」
ブツブツ呟くマリリ。
ま、雑談の為にわざわざついて来たという事も無いだろうし、悪魔の誘惑ならぬ悪魔の忠告をわざわざ届けてくれたと見て良いだろう。人を見透かすのが得意なマリリの言葉と思うとなんとも気が重いけれど……『僕に関する事』でアンジェが何か思う事なんてあるか?
マリリみたいに一方的に拗らせる人が他にいるとも思えないし……。
「悪い事は言わないからマリリにしときなよ」
ポンと肩を叩かれる。
「最たる危険人物だろ変態」
「あはっ。ま、しばらくは様子見しとこっかなー。エリちゃんとの勝負、がんばってねー」
マリリはニンマリと微笑み、妹との勝負に向かう僕を送り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ということでゆったり楽しい女子会でした。
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