第一回ドキドキ ~炎の兄妹三番勝負~

「第一回、ドキドキ、炎の兄妹三番勝負~、いえーいっ」


 トネリコさんの宣言が響く。

 都内某所のスタジオにて、衆人環視の中ついに始まってしまった……。

 スタジオに幾つか置かれたサブモニターの一つにコメント欄と視聴者数が表示されており、見る見るうちに視聴者が増えている。普通こういうのって収録じゃないのか。


「本日は私、トネリコ・ルリカが司会進行をさせていただきますっ」


 電車を乗り継ぎ辿り着いたオフィスビル。ラインオーバー社はその一室を借りているようで、今回の企画はこのスタジオで行われる。

 学校の教室ほどの大きさだが天井付近にモーションキャプチャカメラがあったり、足元にバミリと呼ばれる立ち位置を確認するテープが貼ってあったりと本格的な雰囲気だ。

 リハーサルにも参加したものの、やはり緊張する。マッチポンプではあるものの、同じ場所に知り合い二人が居てくれて助かる。

 トネリコさんや僕らはモーションキャプチャー用の装備を手足につけており、スタジオのサブモニターには3Ⅾの『トネリコ・ルリカ』が映っている。


「ということで、さっそく本日の主役のお二方をお呼びしましょうっ。エリさん、レーさんっ」


 つかつかと兄妹揃ってトネリコさんの横に移動するとサブモニターに赤いドレス姿のエリオットと、身体は学ラン、頭が『レ』の字の不審者が映る……僕だ。

 いつの間にこんな3Ⅾモデルを用意したんだ。


「さっそくだけど、レーに言いたいことがある」


 伸びた髪を三つ編みに纏めた妹が僕にビシッと指をさす。


「ちょっとキビシイしいことを言うけれど、エリの本音を聴いて行け」

「関白宣言……?」


 エリより先に寝てはいけないとか言うなよ。


「レー、もし今日エリが勝ったら、週に一回は遊んでもらう」

「確かに厳しい」

「ち、ちがう。まだキビシイこと言ってない。これは一つ目の勝負のお願い」


 コメント欄に目を移すと、すごい勢いで文字が流れている。


〈こんるりー〉

〈姫の3D配信久しぶりだっ〉

〈第一声が「関白宣言か」の兄〉

〈エリより先に寝てはいけない〉

〈この前の大仏ヘッド事件から、姫のフットワークが軽くなって最高や〉

〈兄が乗り気でないのが立ち姿で分かる〉

〈¥2000 賞金振り込んでおきますね〉


「そうです。今、エリさんが仰った通り、今回の三本勝負は一回勝つごとにご褒美として小さなお願いを叶えて貰えるのです」


 トネリコさんが仕切る。


「いやいや、週に一回って。大きいよ、大きいお願いだよエリオットちゃん」

「べつに毎日でも良いんですけど。これは最大限のじょーとですけど」

「譲歩な」


 週二~三回アルバイト、週二~三回英語レッスン、たまに園芸部に行ったりという予定の中で『妹と遊ぶ』まで入ってしまっては大変だ。これに加えて家事洗濯に他の教科の勉強、そしてガレージキット磨きの作業。第一戦から負けられない。


「で、次のお願いが」

「お待ちくださいエリさん」

「なに?」

「一回の勝負ごとに、お願いを発表していきませんか?」

「んー? べつに良いけど。じゃあ、レーも言っていいよ」


 お願いか。


「僕は。それなら、自分で使った食器は自分で洗うで」

「レーが洗ってくれればいいじゃん。エリ、見守るよ?」

「さあっ、両者一つ目のお願いが発表されました!」


 サブモニターに僕らの『お願い』が表示される。


 エリオットが『週に一回遊んでもらう』で僕が『食器洗い』って、なんだこの不平等感は。


「果たして、どちらが願いを叶える事が出来るのか。では第一戦目の勝負の発表です、ドンっ」


 サブモニターに勝負内容が表示される。


「一番苦手なものを当てろっ! ホントにコレ駄目決定戦っ! わーっ」


 トネリコさんがパチパチと手を叩き盛り上げるが。


「……」

「……」


 綾野家兄妹は白けた顔でトネリコさんを見ていた。


「あ、あのーお二人。もう少し驚いたり盛り上がったりして頂けると」


 妹と目が合う。


「エリ、マネージャーから聞き出したし。ふふ、勝負は勝負の前から始まってるんだよ」

「僕もマネージャーさんから聞き出してたから。知ってるよ」

「あー、ズルだ」

「どの口が言うんだ。トマト苦手なエリオットちゃん」

「レーだってショートケーキじゃん」


 妹が僕に軽く体当たりをする。


「ちょっとお二人、ゲーム始まる前に終わっちゃいますからっ。開始目前に答え言い合わないでください何でもしますから」


 トネリコさんが慌てている。


「さ、さあ! ご存知のお方もいるでしょうが、弊社のマネージャーがエリさんの魅了攻撃にまんまとひっかかり情報漏洩をしたのですが」

「エリちゃんさあ、そういう魅了攻撃ってよくないと思うよ?」

「レーだってやればいいじゃん」

「はい、兄妹で揉めないで下さーい。ここで二人にサプライズです、ドンっ」


 あれ。知らない展開になった。


「どういうこと? エリ、聞いてないけど」

「本来は全部秘密なんですっ。なんなら私も先ほど新しい台本があると知らされまして今、タブレットに届きまして初めて内容を目に、する……のですが。あ、あれ?」


 タブレットに表示された台本をスクロールトネリコさんは、サブモニターの中でも同じように動いている。今の3Ⅾキャプチャーって凄いんだなぁ。


「あ、見てレー。モニターに新しい勝負のタイトルが表示されてる」


 二人揃ってサブモニターに近づくと。


「えっとね。兄妹、かん、さつ?」

「兄妹観察眼勝負、トネリコ・ルリカの好きな食べ物を当てろ、だってさ」


「……あれ。私、今日は司会だけだと伺っていたのですけど、わっ、スタッフさん、私をどこに連れて行くんですかっ」


 スタッフの方々にトネリコさんが引っ張られて行き、椅子に座らせられ目の前に机を用意される。


「えー、私聞いて無いよー」


 身体をぐらぐらと揺らすわりにトネリコさんは立ち上がる様子がない。まるでリアクション芸人のようだ。

 そんなトネリコさんを眺めているとトントン、と黒子衣装のスタッフさんに肩を叩かれる。ご丁寧な事にモニターの中にも3Ⅾ黒子スタッフさんが映っているけれど……。


「あ、え。僕が台本読むんですか?」


 スタッフさんはコクリと頷き、サムズアップ。いやいやこんなことした経験ないよ……。

 とはいえ、ここでごねても白けそうだし。

 やるしかないのか。


「……ええっと、ルールのカンペを頂いたので、トネリコさんの代わりに皆さんにお伝えします」

「レーに司会奪われてるじゃん」

「うわーん」


 サブモニターを見れば、このドタバタ展開に盛り上がっているらしい。


〈ラインオーバー君さあ……〉

〈最初っから不正発覚で草〉

〈姫の魅了攻撃、いいなぁ〉

〈速報、兄妹揃って苦手なものを言い合いゲームを破綻させる〉

〈二人でモニター見てるの可愛い〉

〈十分たたずに司会変更〉

〈ゲストが司会〉

〈姫に台本持たせてもね……〉


 

 確かに妹が司会進行というのも想像できない。仕方あるまい、普段よりもハキハキと喋れるように心がけよう。


「えー、皆さんよく聞いてください。これからトネリコさんの前に五つの食べ物が運ばれてきます。トネリコさん、一応食べ物なので安心してください。……食べ物なのか、これ」

「え。その怖い前振りなんですか」

「スタッフさん、目隠しお願いします」

「えー、怖い怖いっ」

「ふっ、ふふ」


 トネリコさんの大げさなリアクションに妹が素で笑っている。


「エリちゃん、これ見てみ。これからトネリコさんが食べさせられるもの」

「エリも見ていーの?」

「いいよ。皆さんにもメニュー表が徐々に公開されて行きますのでお楽しみください」


 興味本位でトネリコさんのリハーサル風景を見学しておいてよかった。なんとなく進行のやり方がわかるぞ。字幕担当のスタッフさんのオーケーサインを確認して、さらに進める。


「おー。見たことないね、こういうの。……食べ物なの?」

「多分ね。そしてですね、この五品を食べたトネリコさんにはそれぞれ採点をして頂きまして、トネリコさんが一番美味しいと思ってそうな一品を当てるというゲームになります」

「おー。なるほどね。トネリコ?」


 ルールを理解したらしい妹がトネリコさんを見つめる。


「なんでしょうかエリさん」

「一番美味しいなって思ったら、右肩を少し上げて」

「いや、いやいや。まずいですよエリさん。本日二度目の不正ですよ」


 妹が目隠し状態のトネリコに近づき耳を撫でる。


「エリのお願い、聞いてくれないの?」

「ふぁっ、生ASMR、わ、わかりま」


 さっそく陥落しそうになるトネリコさん。


「駄目ですよ、トネリコさん。エリちゃん、自分を好きな相手にそういうチャーム攻撃するのは良くないと思うな」

「ちっ、反省してまーす」


 戻って来た妹が自然な動作で僕の腰に頭を当てる。


「あ、エリ、皆さんにケンタウロス形態を見せるんじゃない」

「お、ついやっちゃった」


 妹が腰から離れるのを確認し、恐る恐るコメント欄を見ると。


〈ルリルリファンとして悲しいです。もっとやって下さい〉

〈平気で不正をするアイドル〉

〈おっ〉

〈おっ〉

〈おっ、耳が幸せ〉

〈駄目ですよ〉

〈草〉

〈草〉

〈草〉

〈¥10000 もうずっと滅茶苦茶だよ〉


 バーチャルとはいえ遂に兄妹ケンタウロス形態が露見してしまった……。

 いかんいかん軌道修正しないと。


「今見た事は忘れてください。はい、で、ちなみにトネリコさんには事前にスタッフさんが『食レポの仕事が来たら受けますか』と聞いたところ『もちろん、好き嫌いありませんし、どんな仕事でもやります!』との快諾を頂けたみたいなので、ファンの方はご安心ください。トネリコさんは何でも食べます」


 カンペの注意書きを読み上げる。ファンの方への配慮らしい。


「わー、詐欺だー」

「では、一品目、お願いしますっ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ということで始まりました。長かったので三分割か四分割にしてお送り致します、お付き合い頂けると嬉しいです


いいね、コメントありがとうございます!有難く読ませて頂いています!

評価もいただけると喜びます!ワンワン!


誤字報告も助かるラスカル!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る