忙しない放課後へ

 

 昼休み。

 気に入りつつある園芸部部室のプレハブ小屋で昼食のスープパスタを食べつつ、今日の予定を確認する。

 まずは十六時三十分にアンジェと待ち合わせをしてバックスターコーヒーへ。本当はここでゆっくりとしたいところだけれどそうも言っていられない。とりあえずアンジェが呪文を唱えて無事ホイップたっぷりのカフェラテを頼めるのかが見物だ。


 そうしてアンジェとしばらくお茶した後は電車でラインオーバー社のビルまで移動。

 以前妹とトネリコさんと遊んだ雑居ビルとは違い、しっかりとした配信設備がある場所らしい。三番勝負と言いつつも、てっきり家で遊ぶだけと思っていたらまさかの遠出だ。


 配信が十九時からという事で、十八時半には到着しておいて欲しいとマネージャーさんからメールが来ていたけれど、リハーサルでもするのだろうか。両者公平を期すため、僕も妹も勝負の内容は知らされていないのだけれど、正直不安だ。数千、数万人の前で滑ったら当分立ち直れないだろうし今から胃が痛い。

 勝負なんてたまに妹に勝負を挑まれる『遊戯大戦』だったり『逸見カート8デラックス』で良いじゃないか。


 あ、でもゲームのやり込みとなると僕が不利か。そもそも主導権が向こうにある以上、アウェーでの試合となるわけで。さっさと話を切り上げたくて向こうに任せたのは早計だったかも……。


「はぁ」


 それに考えておいてと言われていた三番勝負の『お願い』もまだ浮かんでいない。

 たしか、一つ勝つ毎に小さなお願いを叶えて貰えて、最終的に二勝以上した方が大きなお願い事を叶えて貰える、だったっけ。

 小さいお願いは掃除洗濯あたりでいいとして、大きいお願いってのは……。

 塾は正直なところ、こうして妹と遊んでやるのだから母に改めて頼めばどうにかなると思いたい。あんまり視聴者の人に僕の事情を見せるのも気が引けるというかイヤだし。


「……それにしても美味くできた」


 保温機能がしっかりとした水筒にトマトスープを入れ、三時間目の終わりにペンネを入れたのだが丁度良い感じに食べ頃となっている。カラカラと乾燥したペンネを水筒に入れる僕を見る横浜さんの目はともかくとして、実に上手くいった。


 自分の昼食に自画自賛しつつスマートフォンでスィッターを眺めていると、おすすめ欄にブイチューバ―、バーチャルアイドル情報が流れ込んでくる。デビュー準備中だったり引退だったり、失言で炎上していたり急に注目されていたりと相変わらず目まぐるしい業界だ。


「……引退ね。はぁ」


 画面を更新するとリスィートが多い投稿が表示される。ライブ配信のリンクらしい。平日の昼間から配信とはいったいどういう暇な人が……。


【きゅーぼ、レーに勝つ方法】


 妹でした。

 思わずリンクを踏んでしまえば、丁度配信が始まる。


『こんエリ。ちょっとゲリラ配信してみるね。なんかねー、今日のレーとの勝負。こーへーをきすためにエリにも勝負の内容は教えないって言われたんだけど。マネージャーをちょっと抱きしめてあげたら教えてくれたから。対策考えようかなって』


 かつてこれほど大胆な不正があっただろうか。


『まず、一回戦が――あ、マネージャーから電話かかってきた。配信に乗せるね』

『エリさんっ、マズイですよ! 私、クビか減俸になっちゃいますよっ。わざわざスタジオも人も用意しているんですから、ネタバレみたいなのは』

『それはマネージャーの責任でしょ? 言っちゃいけないこと、言っちゃったんだもんね』


 我が妹ながら意地が悪い。


『ひどいっ、あの時、内緒にしてくれます? って聞いたら頷いてくれたじゃないですか。あんな綺麗なお顔でお願いされたら断れないじゃないですかっ』

『あれはね、内緒にしないよ、って頷いたの。大人なのにヤっちゃダメな事しちゃったね?』


 エリオットの顔がニンマリとした笑みに変わる。


『ああっ、弄ばれてるっ、この小悪魔っ』

『悪魔はやめて』

『とにかく、配信はすぐ止めてくださいね。お願いしますっ、きっとレーさんもこういうのは良くないって思ってますよ』

『レーが? ……はぁ。仕方ないな。ということで、みんな作戦会議は無しになっちゃいました。今日の夜七時からレーとあそ、勝負するから見に来てね』


 プツン、と配信が終了する。


「……」


 今の配信について、妹にネタバレした事についてマネージャーさんに抗議のメールを送ってみると。

 勝負内容が記された、公平を期した内容のメールが返って来た。これで兄妹揃って内緒にされていたはずの配信内容を知ったという訳だ。

 メールを確認しているとマネージャーさんから着信が入る。


『あのですね。配信が始まった後に勝負の内容が発表されるのですけど、その時に驚いたリアクションをして頂けると嬉し――』


 通話を切る。

 もうこの人、クビにした方が良いんじゃないかな。


・・・


 家に帰り、綺麗めな服に着替え時間を確認しつつリビングに降りる。


「エリちゃん、エリーゼ、この服どうかな」

「……?」


 リビングのソファに伸びていた妹は僕を一瞥すると不思議そうな顔をする。


「服なんて映らないよ?」

「まあほら、一応妹がお世話になっている場所に行くんだから服装くらい気にするよ」


 ついでとはいえ、その辺りはちゃんとしなければ。


「ふーん? あー。まあ、良いんじゃない。ふぁ」


 妹は僕の高校のジャージを着ており、これから出かける姿とは思えない。


「まだ四時だよ?」


 なんで出かける準備をしているのか、という事だろう。


「用事あるから」

「トネリコが迎えに来るって言ってたけど」

「なんでトネリコさん?」

「エリが遅刻しないように頼まれたって」


 そういうのってマネージャーの仕事じゃないのか。


「マネージャーは始末者、とかなんとか」

「始末書な」


 案の定怒られたらしい。


「ふっ、せいぜい最後のショバの空気を楽しんでくるといいよ」

「シャバな」

「ふふふ。エリは三番勝負の情報を得ているのだ」


 僕もだよバカ野郎。


「エリが勝ったら何してもらっちゃおっかな?」


 不敵に笑う妹と別れ、クロスバイクに乗りアンジェの元へ向かう。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――


ということで繋ぎの回でした。


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