短編 茉莉花ショッピング3
都内某所、大型家電量販店ヨドレンズ本店。
「いらっしゃいませー」
私の名前は吉岡洋二。勤続二五年のベテラン店員。
担当のカメラ売り場で今日も元気よく声を出し、お客様の関心を惹く。
昨今、スマートフォンの普及で売り上げが激減してしまったカメラ市場ではあるものの動画配信、Vlogといった需要も増えてきている。アクションカムやドローンによる空撮など店員として新たに学ばねばならない事は多くあるが、七月も終わりに近づきいよいよ夏本番。様々なニーズに応えられるよう日々勉強だ。
「いらっしゃいませー」
ゲリラ豪雨で足下の悪い中、売り場にお客様がいらっしゃった。
年齢は十代後半といったところ。ショートカットのヘアスタイル、大きめの服を見事に着こなした見目麗しいお嬢……。見覚えがある。あの方は確か、数ヶ月前に望遠カメラを買われた方だ。
はしたないことに、私はまた商品が売れるのではないかと期待してしまった。いかん、いかん、私はあくまで買い物のお手伝いをするまで。出しゃばるような真似をしては三流販売員だ。
……よし、ここは「見」に回ろう。
腰に取り付けたカメラ用のホコリ取り棒を装備し、ギリギリ声をかけやすい範囲に移動。様子見だ。
あのお客様が私を覚えているとは思わないものの、再び当店をご利用していただけるのは嬉しい限り。できうる限りの接客をしなければ。
背筋を伸ばし、朗らかで声をかけやすい表情を作ること五秒ほど。すると。
「あ、吉岡さん。聞きたいことがあるんですけど」
お客様が、私の名前を呼んだ。まさか、覚えて、いるのか。たった一度の接客で名前を覚えられたのは初めてだ。背中に冷たい汗が流れる。
「はい、ありがとうございます」
内心の動揺を悟られぬようにいそいそとお客様に近づく。
「以前買われたレンズに物足りない部分でもありましたか?」
「いやいや、あれは良いレンズでしたよー。もう、朝も夜もばっちり覗、風景を撮影できて大満足です」
で、あれば。買い換えるという訳でもなさそうだ。販売員としてはレンズに不満があったり飽きてしまった方が新しいレンズを売りやすいが、私個人としては勧めた商品を長く使っていただける方が好ましい。
「では、本日お探しなのは」
「ペットカメラってあります?」
お客様のにこやかな表情の中に僅かな苛立ちが込められているような気がした。これは勤続25年で培った洞察力ではなく、普段はにこやかな妻を怒らせてしまった時を彷彿とさせる危機察知によるものだ。
「なんか最近、ちょっと目を離している間にうろちょろ……いや、まあ元気があるのは良いことなんですけどしっかり見張……見守って行かないとなと思うことがあったので」
「……」
なにか、不穏な気配が。
「あ、もちろんペットの話ですよ?」
「も、もちろんでございます。売り場は離れておりますが当店でも数種類のご用意があります」
「よかったー。ネットの情報だけだと分からないこと多かったんで教えてもらえたりします?」
「かしこまりました、ではご案内いたします」
いかんいかん。見た目で判断するわけではないが、それでも、この綺麗なお嬢さんがペットカメラを何か良からぬことに使うのではと邪推してしまうとは私もまだまだだ。真心接客を心がけねば。
――ペットカメラ。これもここ数年で売り上げを伸ばしているものだ。外出時に飼い猫や飼い犬の様子を見たいという需要に応えた商品で、スマートフォンでカメラのアングルを変えたり音声を飛ばせたりする高機能なものから固定カメラといった安価なものまである。
「こちらになります」
「おー。ふーん、やっぱりカメラのアングルが動かせて、小型のものが良いかなーって思うんですけど」
「であれば、こちらの海外メーカーのものがよろしいかと」
「こっちの国産よりもですか?」
「最近はアクションカムやジンバルが搭載されたカメラが増えているのですが。価格と性能どちらをとっても海外メーカーのものが優れていることが多いですね」
「サイズが大きいような……。これ、USBでモバイルバッテリー接続できます?」
「可能ですが、稼働時間の方に不安が残るかと思いますので固定電源での使用がよろしいかと」
なぜ、ペットカメラをモバイルバッテリーで運用しようと言うのだろう。
「大きさは……ちょっと確かめて良いです?」
お客様はそう言うと背負っていたリュックから二等身ほどにデフォルメされた女の子のぬいぐるみを取り出した。それはまるでペットカメラが収まるような――。
「……中には、まあ収まりそう。首は細工して動かせるようにするとして。あ、もちろんペットが怖がらないようにの配慮ですから」
「あ、はい」
私が何かを思うより先に、お客様が釘を刺すように笑みを浮かべた。
「これに時計持たせて、電源接続してっていえばワンチャン……。あの」
「は、はい。なんでしょうか」
「ハンダとか、電子工作に使える道具は別の階ですよね?」
「ホビーコーナーにござ」
「あっ!」
お客様が良いことを思いついたかのように表情をほころばせる。
「ラジオの工作キットみたいなのってありますかね。夏休みの工作的な意味で。手作りできるやつ」
いったい、私は何の片棒を担ごうとしているのだ。……わからない、私の貧相な想像力ではお客様の思考回路が何も理解できない。なぜ、ペットカメラとラジオが紐付くんだ。
「ええと、なぜラジオを」
「電源の問題を解決しようかと思って。ラジオが聴けるなら多分、ふふ」
「……」
何も理解出来ないというのに、私はなぜ『良心の呵責』を感じるのだ。
「い、今の時期でしたら自由研究用にホビーコーナーで自作ラジオキットも取り扱っております」
私は考えるのをやめた。私はお客様が求める商品をご案内するマシーンだ。
「……ほんと、わたしもこんなことしたくないのに、……が悪いんだよ、ふ、ふふ。あ、吉岡さん、どうもありがとうございましたっ! とりあえずこのペットカメラ買います!」
花咲くような素敵で、どこか恐ろしいその笑顔に私は物語に現れる魔性の女を思い浮かべてしまった。
っ、バカバカ、洋二のバカ! お客様に対してなんて失礼なことを考えているんだ。
「では、レジの方までお持ち致します。ほかに必要なものはございませんか?」
「うーん、対象に追従するドローンとかあれば欲しいなーと思うけど……、そんなのありませんよね?」
お客様が神様だという時代は終わったというが。
お客様が神様でも……仮に悪魔だとしても、私の役割は変わらない。求められたものをご案内するのみ。
「ご要望に添えるかは微妙なところですが、一応、追従の機能があるドローンでしたら最近ーー」
吉岡洋二、今日も仕事に励みます。
・・・
後日。ホビーコーナーの同僚が。
「最近の子供って、あんまり手を動かす遊びしなくなったと思ってたんだけどさ。バーチャルアイドルの、なんだっけな。とにかくその子が電子工作の動画出したみたいで、自作ラジオのキットがめっちゃ売れるんだよ。やっぱり、売り出し方次第でまだまだ売れるんだよなー」
と、言っていた。
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