マリリとお喋り

「おお。これがツインファミ。思ったより大きいな」

「ハードがある程度小さくなり始めたのはもう少し後だからなー。落とすなよ?」

「うむ」


 平日、昼休みの生徒会室。

 興味深そうにツインファミを眺める小林は普段よりも柔らかい雰囲気だ。


「それにしても、なんだその弁当は。ウサギのエサか?」


 小林は呆れたような、訝しむような視線を僕の弁当に向ける。


「サラダ。妹の分まで切ったのに食べないから。悪くなる前に詰めた」

「お前はまとめて作りすぎなんだ。せめて調味料を使え、ほら、備品の塩だ」


 普段であれば更にもう一言二言小言を貰うところだが、ツインファミのお陰で苦言を呈されるだけで済んでいる気がする。食塩がふりかけられたサラダを口に含み、なるほどやはりドレッシングは必要だったなと納得する。どうも自分一人が食べるものだと思うと手を抜いちゃうんだよな。


「そうだ。忘れる前に。礼を。……お前に礼をするって言いにくいんだが。今からでも名前を変えてくれないか」

「無茶言うな」


 綾野礼という名前。ふと小学生の頃に『気を付け、礼』でからかわれた事を一瞬思い出す。


「ともあれ受け取ってくれ。俺が作った新作も入っていてな。一応ご家族の分も用意したがまだ出張中だったか?」

「いや、ありがとう。有難くいただくよ」


 高そうな紙袋を受け取る。

 老舗和菓子店『小林』の子息である小林は、たまにこうしてオヤツをくれる。打算的だとは思うものの小林の頼みには今後も積極的に応えていきたいと思う次第。美味しんだ、小林のとこの和菓子。


「じゃあさっそく」

「待て。どうせなら熱い緑茶を用意してから食べてくれ」

「えー」

「ちなみに生徒会室の茶葉は切れている」

「ええー」


 漫画なら笑顔のステキな女子役員がお茶をコトリと用意してくれるというのに、現実は非情だ。生徒会室には微妙な性格のイケメンしかいない。


「ところでこのツインファミはPCに出力する場合はどうすれば良いんだ」

「わざわざPCに?」


 小林は意外な事を言う。こいつの家であれば古いテレビくらいはあるだろうに。


「んー。AV端子だから、昔のキャプチャーボードでも買わないと無理かなぁ。最近のはHDMIしか無いから」

「噂に聞く三色ケーブルか」

「そうそう」


 僕らが生まれる前に使われていたケーブルについて話しながら、昼休みは過ぎて行く。


「でも、今更レトロゲームってどうして?」

「それはこの間言っただろう」

「にしてもさ」


 そう言うと小林は顎に手を当て、頬をポリポリと掻いた。


「弟が、配信したいんだと」

「配信。え、配信?」


 小林には小学生の弟がいる。どこの家庭も似たような問題を抱えているらしい。最近の子供の将来の夢は案外現実的な、夢の無い夢になって来たと聞いた事があるけれど。


「バーチャルアイドル的な?」

「まさか。ただのごっこ遊びだよ、好きな配信者がやってたんだと。年の離れた弟に頼まれるとどうもな」


 何度か見かけた事のある弟君。確かにあの可愛さは反則かも知れない、最初は女の子かと思ったくらいだし、表情には出さないが小林からすれば可愛くて仕方ないのだろう。


「ま、バーチャルアイドルにはなって欲しくは無いな。あちらも大変な業界みたいだし」

「詳しいな」

「ゴシップは好きなんだ。例えばコレ」


 小林はスマートフォンを取り出しまとめサイトを表示した。


「バーチャルアイドル殺害事件?」

「実際の殺人と言う訳じゃない。目を惹くタイトルにしてるだけだ。ま、他人の、特に自業自得の炎上を見るのって愉快だからな。俺は燃えたバーチャルアイドルならそれなりに詳しいぞ」

「趣味悪いなぁ」


 だからこそ話が合うとも言える。


「ちょっと詳しく教えてくれよ」


 などとそんな会話をした数時間後。



・・・



 僕は高くそびえるビルの前に居た。

 バーチャルアイドルの本拠地だ。


「でか」


 ペイントパレットの事務所はこのビルの十二階にあるらしい。

 てっきりオンライン会議のような形で企画について話すのかと思っていればまさかの呼び出し。バーチャルアイドルである以上直接会う必要も無いだろうに。

 意外とアナログな業界なのかもしれない。

 ひとまずDMで到着を知らせると既に話が通してあると言う事で、あっさり受付で入館証を貰う事が出来た。

 コーン、と音が鳴りエレベーターが一階に到着。他に乗り込む人はおらず、十二階のパネルを押す。

 思えばこんなしっかりとした場所に呼ばれた事なんて人生で二度目だなと思い、ゴクリと唾を飲みこむ。

 一度目は五年ほど前、母の忘れ物を届けた時。

 もっともその『忘れ物』というのは妹で、子供用衣服のモデルだったらしい。もともと人前に出るのが好きではない妹を生活圏外から出す事は中々に困難で。今思えば妹を自分で連れ出すのが面倒で僕に持ってこさせたのだろう。

 コーン、と音が鳴りエレベーターが十二階に到着。

 人工物の匂い。改装したての匂いだ。

 とりあえずで置いたであろう観葉植物と指紋一つ無い透明ガラスの自動ドア。普段の生活では見る事のない、いかにも仕事場という印象のあれこれ。


「もしかして、ふぐりさん?」


 三十歳過ぎくらいの如何にも仕事が出来そうな男の人が現れた。きらりと光る結婚指輪は私生活の充実感を示している気がする。芸能事務所って裏方の人までキラキラしているのか……。


「は、い。初めまして」


 緊張しながら挨拶をする。


「お待たせしました。ごめんね、いきなり呼び出して。マリリは一度言い出すと聞かなくて」

「いえ、社会見学と思って来たので」


 そう、社会見学。せっかくだから経験してみようと足を運んだのだ。

 経緯はどうあれこんな機会はそうそうあるまい。


「そっか。なら少し事務所も見学していく?」


 なんとも気さくな人だなという印象が浮かぶ。


「いいんですか?」

「もちろん。っと、その前にコレどうぞ。弊社でマネージャーをしている吉野です」


 吉野正樹。吉野さんか。ぱっと両手で名刺を受け取る。


「それでふぐりさんは」


 思考の外から声がかけられる。


「本名で大丈夫です。綾野礼といいます」


 はっとしながらも吉野さんの言葉を訂正する。ラジオネームで呼ばれるのは恥ずかしいじゃないか。というか、金玉と堂々と口にさせるのは申し訳ない。


「あ、そうだよね。ハンドルネームで呼ばれるのって恥ずかしいよね」


 ハンドルネーム。僕はラジオを良く聞くから『ラジオネーム』なんて言葉が直ぐに浮かぶけど、こういう言葉一つでその人が育った環境が分かったりする気がする。吉野さんはきっと某掲示板を利用していた世代の人なのだろう。


「それじゃあ綾野君、行こうか」


 爽やかな、アイドルのようなキラリと白い歯が輝く。

 吉野さんの僕を退屈させない業界トークや流れる様な事務所内の紹介は見事なもので、頭の回転が速いのだろうなと感心する。

 事務所の中にはドラマや映画のポスターの数々が張られていたり、雑談していたモデルさんらしき人たちと目が合ったり、なんというか別世界だった。それこそもう帰ってもいいくらいの気分だ。


「――え、それじゃあ最近までマリリの事知らなかったんだ。それでさっそくマリリ祭りに担がれるなんて眷属、あ、これマリリのファンの事なんだけど、眷属さん達が羨ましがるぞお?」

「確かにSNSのコメントで裏山、とか、ようこそとか。あと黙祷とかRIPとかよくわからないものまで沢山その、その眷属さん? 達から言われました」

「ははは。知らないと驚くよねー。色々知る前に来てくれて良かったよ」


 思っていたより大事なのかもしれない。マリリにイイねされた後に通知が凄かったもんな。すぐに通知を切ってしまったけれど、今後の人生であれを越えるイイねを貰う事は無さそうだ。

 吉野さんは立ち止まり、会議室らしい場所の扉を開けた。



・・・



『やっほー、待ってたよーって思ったより若―いかあいい! マリリは千五百歳だから何歳下なんだろっ』


 会議室に置かれたモニターの中。

 コウモリの羽根を生やした麗しの青いお姫様、マリリが現れた。


「おお。マリリだ」


 そして一つ安心。マリリの中身が待っていたらどうしようかと思っていた。

『そしてキミがふぐりくんっ!』


 ビシッと指をさされる。


「綾野君は本名で呼んで欲しいみたいだよ」

『そうなの? じゃあアヤノン! とりあえず座って座って!』


 この圧倒的『陽』のコミュニケーション、面食らって酔ってしまいそう。


 言われるがままにオフィスチェアに腰を掛け、チラリとあたり観察し、モニターの上部に設置された小型のカメラを見つける。あれでこちらの様子を観察しているのだろう。


『――目が合ったね。キャッ』


 怖っ。


『あー、怖いって顔したー』

「マリリ、綾野君が困ってるじゃないか。悪いね、底意地が悪いんだ彼女」

『ちょっとー大悪魔マリリちゃんの底意地が悪いってそれ。ん、悪魔だから底意地が悪いほうがいいのかな?』

「はいはい。それじゃあボクは仕事があるから。綾野君、机の上にあるお茶自由に飲んで良いからね。あとマリリの相手が面倒になったら上手くタイミングを見計らって帰っちゃっていいから」


 そっと耳打ちされるが……。


「え。あの。二人?」

「企画会議という名のファン交流会みたいなものでね。マリリ、コミュ力モンスターだからお喋り大好きなんだ。というか、お喋りモンスターなんだ。食べられちゃうぞーなんてははは……」


 そう乾いた笑いを残し吉野さんは去って行った。去り際に「頑張って」と言っていたのは気のせいだろうか。

 と、吉野さんを見送った後。改めてモニターを見れば。


『ふっふー。ようやくだねぇー』


 満面の笑みを浮かべた悪魔が居た。



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