ご当地フェアリー
教会から帰宅し、玄関前でスマートフォンで時刻を確認すると二十時。すっかり日が暮れているというのに空気はジメジメとしていて息苦しい。ポケットから鍵を取り出し玄関を開けると。
「……」
「……」
きらめく髪、不満気な瞳。
半袖シャツと短パン姿のご当地フェアリー、エリちゃんが待ち構えていた。
さて。どうしたものか。今日はもう妹の相手はしたくない。すっごく疲れている。
「エリ、洗濯物入れたけど」
「畳んだ?」
「……」
靴を脱ぎ、洗面台に向かい手を洗うと鏡に妹が見切れている。
「畳むとかって必要じゃないと思うけど」
「じゃあ今度からエリちゃんのはそうするね」
「……」
部屋に移動して半袖シャツと短パンに着替えていると、部屋の外から何か言いたげな視線。
「……」
「……」
リビングに移動し、夕飯を考える。
もちろん手の込んだものは面倒だから作るとしたらパパッとできるもの……。よし、最近まとめ買いしたパスタにしよう。
さっと振り向くと不満気な顔を浮かべている妹。もしかして洗濯物を取り込んだ程度の事を褒めて欲しいのだろうか。雨が降りそうな一日だったから取り込んでくれた事自体は助かるとはいえ……。それとも、何か頼みたい事でもあるのか。
「……」
やはり何か言いたい様子。面倒だから放っておこう。
「パスタソースは何にしよっかなー」
と言うと、タタッと背後から足音が響き、棚から取り出されたクリームパスタソースが目の前に提示される。お子様舌め。
大きな鍋に水を入れ、沸騰させている間に冷蔵庫の野菜室をチェック。
背中にくっ付いてきた妹が邪魔で仕方ないものの無視してサラダ用の野菜をピックアップ。
「……」
「トマトを隠すんじゃない」
後ろから白い腕がヌッと伸びてきてトマトを野菜室の奥に転がした。
「レー」
「一口くらい食べなよ。ぐじゅぐじゅした所取ってあげるから」
レタスとトマトとアスパラガスを適当に切って皿に盛りつけると。
「エリのにトマト二つ入ってるけど」
「フォーク用意して皿持ってけば一つ食べてあげる」
トトトと妹が分離し皿とフォークを運び始める。このくらい自主的にやってくれないか。
良い感じに沸騰したお湯の中にパッと塩を入れてパスタを二人分――。
「ファサッと入れる」
「おお」
再び背中にくっ付いてきた妹が感嘆する。
さて、スープはどうしよう。
買いためておいた粉末コーンクリームスープはあるものの、クリームパスタと合わせるとなると味がくどい気がする。
けれど、豚汁とか味噌汁も合わないし。コンソメ粉を使うとなるとベーコン切ってにんじんセロリも入れたいし……。
「おっと忘れてた、クリームソースをレンジで少し温めないと」
面倒だからスープはいいか。お茶か牛乳でも飲むとしよう。
「レー、スープが無いみたいだけど。エリ、食事にスープは必要だと思うな」
「……」
仕方ないのでゆで汁をそのまま突っ込んだコーンクリームスープを出してやった。
・・・
「ごちそーさま」
「食器、シンクに持って行ってよ」
「レーが食べ終わった時に一緒に持っていけばいいじゃん。こーりつ、考えよ?」
並んでソファに座っていた妹はそのまま寝転びスマートフォンを弄りだす。
一度ブッ飛ばしておいた方が良いのかもしれない。野蛮な事を考えつつ立ち上がり食パンを持ってくる。やはりパスタ一人前だと男子高校生の腹は満たされなかった。出来合いの一人前ソースだとこういう時不便だ。自分でソースも作った方が安上がりだろうし、幾つかレシピを調べておこうかな。
皿に残ったクリームソースを食パンで拭き取り、モソモソと食べていると。
「んー」
と言いながら妹が僕の背中とソファの間に挟まり込む。なんだかいつにも増してベタベタとしてくるな……。
「エリねー、そろそろ誕生日なんだって」
背中の方から籠った声が聞こえてくる。暑苦しいからどいてくれませんか。
「誕生日って九月じゃ無かったっけ」
「エリは十二月なんですけど。エリオットが七月」
「ああ、そっち」
そう言えば前にグッズを見せてもらった事があったっけ。
ん、あれは何周年かのやつだっけ。記憶が曖昧だ。
「レーも出る?」
もしかして、それを言いたくてウロウロしていたのだろうか。答えは勿論。
「出ない」
「レー」
グラグラと身体を揺すられる。
「出たってしょうがないだろ。エリーゼの兄ではあるけど、エリオットちゃんの兄では無いんだよ」
先日の『ドッキリ』以来『ふぐり』のSNSのフォロワー数が凄いんだ。エリオットとマリリのファンの一部にフォローされて迂闊な呟きも出来やしない。
「一緒だよ、エリもエリオットも。レーはエリのお兄ちゃんでしょ?」
「誕生日祝うのも一回でいい? ついでにクリスマスも」
「まとめすぎっ」
妹がダダをこねる。
「エリちゃんが欲しがってたプラモ、予約してあげたじゃん」
「お金はエリが出すやつじゃん」
妹の趣味は意外と少年的というか、ロボットだったりオモチャが好きで部屋が散らかっているのだけれど、完成品ではないプラモデルをご所望というのは珍しい。
今月後半に発売予定のカイゼル・ファントムというロボット。人気過ぎてネットショップでは予約できなかったらしく、妹にしては珍しくすぐ僕に頼みに来た。
「カイゼル予約のせいで昼にバイト入れられたんだからなー」
予約締切後に頼まれたので、店長と交渉した結果。忙しいのが確約されたカイゼル発売日にシフトを入れられてしまった。
妹がいる事も構わずそのままソファにもたれ掛かると。
「おもーい」
何故か嬉しそうな声を上げる妹。
「はあ。神よ、この哀れな兄を救いたまえ」
眩しく輝くLED電灯の威光に願うと。
「バカだなー。レーを助けてくれる神様なんていなかったじゃん」
「凄い事言ったな……」
確かに幼少期に事故で死にかけ、エリちゃん係に就任し、マリリちゃん係を押し付けられようとしているとはいえ……救う神様ー、留守ですかー。
「でもね。大丈夫」
妹の腕が腰に回される。
「エリがいるからレーはプラスプラスのプラスなんだよ?」
ソファに埋もれて見えないとはいえ、この優しい言葉を恐らくは誰もを魅了する笑顔で言っているのだろう――が。
「……はは。せめて皿洗いくらいやってから言え」
失笑する他ないのだった。
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