アルバイト、時々、妹
アルバイト先のガレージイイダ。
週末という事もありそれなりに混んではいたものの、閉店時間間際となるとすっかりと静まり、ただただ時計の秒針を眺める時間となる。これでよく経営出来ているなと思うが、完成品の販売や通販でどうにかなっているらしい。
「はぁ。来年は教育実習かあ。やだなぁ」
プラモデルのパーツをヤスリで磨きながら真野先輩がボンヤリと呟く。
「真野先輩って先生になるんですか?」
真野先輩の事は敬愛しつつも、それは不向きなのではと提言しそうになる。技術や美術の先生になるのかな。
「んー、まあほら、公務員って手堅いじゃん。けどなぁ。今から生徒に虐めらないか不安だ」
「中三の時に教育実習の大学生が来た時は、受験生の学年に素人がよくも来たものだなって思ったかもしれないです」
「やめてっ! 胃痛がしてくるから」
「冗談ですよ」
「いやいや実感籠ってたから。確かにそう思うかもなって納得しちゃったからね。絶対、高校生の時に来る教育実習生には優しくしてやってよ」
「善処します」
正直なところ、教育実習の大学生に関して思う事も何もないのだけど。
「あー。でもそうなると、真野先輩ってここも辞めるんですね」
しんみりとする。公務員が副業って、たしか駄目だったよな。家業の手伝いなら良いんだっけ。あとで調べてみよう。
「そりゃあ。先生になるかはともかく、いつまでもココで遊んでるわけにもいかないよ。綾野っちもさ、進学先が遠くになったり、高校生の時でも他に大事なコトを見つけたりしたら辞める時が来ると思うよ?」
「ここより大事って。あんまり想像できないですけど」
それこそ受験シーズンになってもバイトは続けたいし。……まあその為には今からしっかり勉強しておかないといけない訳だけども。その為には塾に通う事も考えないといけない訳で。その為には……。
うん、やっぱりお使いクエストは悪だ。腹黒疑惑のあるシスターと勉強の約束を取り付けたとはいえ他にも色々と考えなくてはならない。
「俺はさ……」
と、口を開いた真野先輩が言いよどむ。
「なんです?」
「いや、なんか今言うことでもないかもだけど。綾野っちはさ、いつか巣立っていくんだなぁと最近考えるんだよなぁ」
「先に巣立とうとしているのは先輩でしょ」
お望みとあらばいつまでもバイトしますけど。
「いやいやいや、ホントにさ。キミが中学生の頃から知ってるけど、なんだか日々成長してるなと思う訳よ。最近なんて特に大人っぽくなってるなと思うし。子供の成長は早いって言うけど。そういうのを見届ける仕事っていうのも悪くはないのかなって」
真野先輩……。
「急に死亡フラグみたいなの立てないで下さいよ」
「ははっ、たまには年長者として言ってみたい時もあるんだよ。ほら、閉店準備でもしましょーや」
真野先輩はフッとプラモデルのパーツについたヤスリカスを吹き飛ばすと、レジの金を数え始めた。
やだなぁ、大人になりたく無いなぁ。
そんな考えを浮かべながら、僕も閉店準備に取り掛かる。
「まあでも綾野っち、そんな将来の事の前に俺達にはやるべき事、行くべき未来が待っているのはお忘れなく」
「――ワンダフル、カーニバル」
「イエス」
二人してニヤリと笑う。
夏の祭典まであと二か月だ。
「買うぜー、バーチャルアイドル系もいいけど今年はレッドメモリーのガレキも熱いんだ」
真野先輩が最近ハマっているスマホゲー、レッドメモリー。僕もやってみたが可愛いイラストに反してコメディ色の強い作風がかなり楽しいゲームだ。
「お金足りるかなぁ」
「おススメはやっぱりハウンド・ビーグル先生の奴かなぁ。この間のイベントで実装されたキャラの新作と過去作再販があるから手分けして買おうぜ」
「テンション上がって来ますね!」
「他にもおススメあるんだけどこれは高校生にはちょっと早いかなぁ――」
二人で夏に期待を膨らませると共に。……やっぱりこの先輩と別れる日が来る事を心の隅で寂しく思う。
・・・
『グレゴリーのオールデイジャパン』
タイトルコールと共にテーマ曲のボサノバスウィートスウィートが流れ始める。
アルバイトから帰宅すると週末の夜の楽しみ、深夜ラジオの時間がやってきた。部屋を暗くしワイヤレスヘッドフォンのノイズキャンセリングをオンにして隣室からの騒音を対策する。
『という事で今週のワンワンニュース! ワン、ワワワワワワワン』
『いや正月みたいな鳴き声ですけど、今もっとも正月からかけ離れた時期ですからね』
『今週のニュース、デカい棒を咥えた犬、犬用ドアに引っかかる』
『ああ、よくペット番組で見かけるヤツ。……今更紹介する事かね?』
いつも通りどうでも良いニュースが流れるので、その間はスマートフォンをポチポチ。
〈最近、良くないモノに憑かれている気がする。お祓い、行こうかな〉
そんなどうでも良い事を呟く。
ピコン、ピコンと良いねが付くが、全て妹やマリリのファンからだ。ちょっとした感想だったり愚痴だったりをかき込めるのがSNSの良い所だと思っているのだけど、ここまで見られているとなると別のアカウントを作ろうか迷ってしまう。
いっそSNSは辞めてもいいかもしれない。
――ガチャ。
「レー」
何か言いたげな妹が部屋の扉を開けた。暗闇の中に変な髪色と色白な顔が浮かんで見えるのでかなり怖い。
だが、何者もこのラジオタイムを邪魔する事は許されないのだ。
シッシッと追い払うと、妹は恨めしそうな顔を浮かべながら――ガチャ、と扉を閉じた。
「調伏完了……」
妹を祓った後に天井を眺め引き続きラジオを楽しんでいると。
楽しみにしているコーナー企画が始まった。
『という訳で、二週目のこのコーナー。こんな葬式はイヤだ。葬式と言えば笑ってはいけない真面目な場所ですが、そういう場所だからこそ堪えられない笑いがある事も事実。ここでは皆さんが経験したアレコレをこっそり教えて頂いております』
『そして、今月からはサマーシーズン先取りという事で、キャップに代わり番組限定半袖Tシャツをえっと、なんでしたっけ』
『しっかりしてください。番組ステッカー十枚集めた方に、Tシャツをプレゼントとなっております』
『あのこれ、最速で集めたとしても八月に着れるかどうかなのでは?』
『そこはほら皆さんの頑張り次第という事で。えー、ラジオネーム、電卓フロス――』
え。
Tシャツ?
欲しい!
どうしよう、今からでもメール送りまくれば間に合うかな。
『これは、私が祖父の葬式で実際に体験した事なのですが。ポクポクと叩かれる木魚のメロディーでウトウトとしていると、いつの間にか子供が住職の傍に現れたんですね』
『木魚の音をメロディーって言うんじゃないよ』
……子供が出てくる怖い話かな。怖い話ってあまり得意じゃないんだよなぁ。
そろそろ夏、こういう話題のシーズンか。
『え、あれ、まさか。私はドキドキしながら周りを見たんですが、周囲は気にする様子も無くて。もしかして気がついていないのかな。ああ、どうしよう、まさか。私が息を飲むと――子供は突然大声をあげました!』
『なにっ』
『このひとハゲてるっ!』
『……』
『住職は苦笑い。その子供。私の、息子だったんですよぉ! あの時は肝が冷えました』
『はぁ。しょーもない』
『子持ちの方にはあるあるですかね。んん、続いてラジオネーム、穴空きゴム』
コーナーメールは十割作り話とはいえ、こういう話は実体験から少し外した所を責めるのが定石。あるあるという共感を得られれば、ステッカーを貰えるかもしれない。最近行った葬式といえば海外の作法だったけど。何かあるかなぁ。仏教だとお焼香あるあるみたいなので一つ作れそうだけど。
ラジオを聞きつつ妄想を広げるという実に有意義な時間が過ぎて行き――。
『――という事で、今週はここまで』
『ばーい』
おお。寝落ちせずに最後まで聴けた。
欠伸をしながら、スマホをポチポチ。
「……レスがついてる」
幾つか目を通した結果。大体この二つだ。
〈そろそろ姫がお誕生日ですけど、お兄さんは出たりしますか?〉
〈あの申し訳ないんですけど。そろそろマリリのブロック、解除してあげる事はできないでしょうか?〉
「どっちも無理な相談だなぁ」
大きな欠伸をして目を閉じると、深い眠気がやってきて――。
次に目を開けたのはすっかり日が昇ってからだった。
「ふぁあ」
ぼんやりとした頭でカーテンを開けると、最近完成したらしいタワーマンションの一室がキラリと光を反射した。
「……眩し」
さて。今日は夕方から教会で一回目のお勉強会。せいぜい頑張るとしよう。
・・・
昼ごはんは何にしようか考えた結果。
スマートフォンでレシピを見つつ、トマト缶を丸ごと使ったパスタソースを作り始める――すると。
「レー、エリは成長期なんですけど。麺ばっかりじゃ栄養かたよる」
いつの間にか妹が現れた。
「別にエリちゃんの分を作るとは言ってないけど」
「作るの。……トマトソースにトマト入ってるみたいだけど」
「そりゃ入ってるよ」
「ファミレス行こ? 今ね、ゲームのコラボアイテム貰えるよ」
つい最近、多少は見直した部分があったものの。やはりこの妹、面倒くさいし邪魔だし面倒くさい。部屋でゴロゴロしておいてくれないかなぁ。
「で、食べるの? もう茹でるけど」
「出されたものは何でも食べますよー、はぁ」
妹はそう言うとリビングのソファに寝転びスマートフォンを弄り始めた。
……なんで今、ため息つかれたんだ。
「あ、そうだエリちゃん。今日夕飯は自分で用意して」
「んー?」
「夕方出かけるから。帰って来てから作るの面倒だし。たまには外食したいの」
駅前のラーメンでも食べてこようかな。
「待ち合わせる?」
「エリちゃんとは食べないから」
すると妹はジッと僕を見た後に「女か」とボソリと呟いた……鋭い。
「いや、勉強教わるだけだから」
「ふぅん。今日はレーが起きるの遅いからエリが洗濯機まわしたのに」
「洗剤入って無かったけど」
「……」
「干したのも僕だけど」
「……」
妹は会話を遮断すると仰向けになり天井を眺める、ポチポチとスマートフォンをスワイプし始める。
あの指の動きはパズルゲームだな、なんてことを思いながら鍋にパスタを投入。ついでにブロッコリーも投入。茹でた後にトマトソースに絡めればサラダを用意する手間も省ける。
タンパク質を取らせるために豆乳と牛乳とハチミツを混ぜたものを用意。夜ご飯はどうしようか。米だけ炊いておけばレトルトカレーくらいなら自分で用意できるかな。
「エリちゃん、夕飯はレトルトカレーとカットサラダあるから」
「り」
手をヒラヒラとさせる妹。
なんだこいつ……了解を最低限の文字で表したのか。
腹が立ったので妹の顔を両手でグニグニと揉むと。
「やめー」
と、何だかんだで嬉しそうだった。
・・・
リビングでたらたらとトマトソーススパゲティを啜っていると、ひと足先に食べ終えた妹がゲーム機を持ってやってきた。ボンテンドーSHIFT。携帯機にも据え置き機にもシフトする人気ゲームハード。僕も欲しいな思ってたものの、結局買ってなかったやつだ。
「これダンスできるんだよ」
「へえ」
必修科目だからダンス学校で習うけどね。とは言わないでおく。機嫌よく遊んでいるならそれはそれで良い。
妹はゲーム画面をテレビに映すとコントローラ―を左右の手で持ち、画面に映るお姉さんと同じように動き、パーフェクトを連発する。
この妹、相変わらず運動神経が良いな……。
「そういえば。なんだっけ。3Dモデルで歌って踊るやつ、あれって本人がやってるの?」
「人に、よるっ。ダンサーに頼めば、いいのに、トネリコは、練習してるって」
ブンっ、と鎌のような回し蹴りが迫って来たので慌ててのけぞる。
「近いっ」
「おっ」
けんけんと、片足で距離をとりダンスを続ける妹。
「エリちゃんはやらないの?」
「メンドーだし、やったこと、ないっ」
業界にはそれほど詳しくないとはいえ一応妹が所属している企業。多少はバーチャルアイドルについて調べたのだが、どの人もとりあえず歌ったりしているイメージなんだけど。
ほんと、エリオットはゲームしかしてないのな。
「レーは。どう思う?」
画面の中では一度のミスもないままパーフェクトが続いている。
「好きにすれば?」
ああ、なるほど。
今度の誕生日配信で歌って踊るか迷ってたのかな。まんまと話を振ってしまった。
「レーが、見に来るなら、考えなくも、ない」
「見るくらいなら良いけど」
一緒に踊ろうぜと言われたなら断るけれども。ガレージキット作りながらパソコンでアーカイブを流すだけで良いなら、いくらでも協力しましょう。
「ふーん?」
妹は最後にソファを飛び越え、バク宙して終了。
「エリ、かんぺき」
ゲームの結果はオールパーフェクト。ほんと宝の持ち腐れだよ、キミ。
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