キミを待つ世界
マリス・リリス・リードのユアチューブチャンネルの配信画面には、満面の笑顔を咲かせたマリリが映っている。
短い付き合いとはいえ彼女をここまで上機嫌にさせてしまって良かったのかという一抹の不安が過ぎるが……。
一大事だ、背に腹は代えられない。
幸いなことに、
・・・
『という事で、マリリ、結婚しまーっ』
『ちょっと待ったぁぁぁー!』
許可されたアカウントしか入れない3D仮想空間に突如としてエリオット・リオネットが侵入。
中の人が透けてみえるほどエリオットはわなわなと震えている。
宿命のライバル(笑)扱いされている両者が揃った事でコメントは大いに盛り上がり、同時視聴者数は1万人を突破。
『結婚ってなにっ! レーのデビューが、なんかあるって聞きましたけどっ!』
吠えるエリオット。
『キッズさぁ、お兄ちゃん離れしなよー。レーくんはもうマリリに夢中なんですけど?』
煽るマリリ。
この一会話だけで二人の相性の悪さがうかがえる。
『うう! マリリみたいなストーカー気質の変態にレーは渡さないんだからっ!』
『だだっ誰がストーカーじゃいっ、ほんのちょっと執着心が強い程度でしょうが。だいたいキッズは活動休止中じゃなかったっけぇ?』
マリリの表情がニヤリとゆがむ。
『それは。その、だって。ともかく、うちの子は渡さないの! レーはまだ子供なの!』
まるで自らが保護者かのような物言いをするエリオット。
『ふーん。そっか、そっか。かっこ笑い。そういえば噂ではキッズの家の通信環境が悪くて、今日は配信できないと聞いたけど何処から配信しているのかなぁ?』
エリオットで遊びつつもマリリが本筋へと舵を取る。
『それは、トネリコの家……って、うわトネリコ』
すると。
仮想空間に新たな人影が現れ、コメントが再度盛り上がる。他社とはいえ話題の人物の登場は好意的に捉えられているらしく一安心だ。
『みなさんこんるりー。お久しぶりですー。自分のチャンネルじゃないんですけど、本日から復帰しますのでよろしくお願いします。よろしければ後で遊びに来てください~』
トネリコさんは柔和な笑顔を浮かべながらちゃっかりと宣伝している。これくらいの役得はあってもいいだろう。
『トネリコっ、もう大丈夫なの?』
『エリさん、ありがとう。うん、もう大丈夫ですよー。色々解決済みですので。こんな楽しい機会、そうそうありませんからねっ』
『……楽しい?』
『ところでさ、キッズ。聞いて欲しいのがあるんだけど』
『なに。変なの聞かせないでよ。というかレーはどこっ!』
『さっきまで皆で楽しんでたヤツを聞かせてあげますよっ……と』
すると、配信画面に『エリオットがトネリコの家で配信準備している間に流れていた』録音音声が流れ始める。
『もしもし』
『あ、エリちゃん? 僕、学校辞めてアイドルになるわ』
『どゆことっ!?』
『昔から憧れてたんだけど、やっぱ時代は芸能人かなって。ま、僕ならよゆーっしょ』
『む、むりだよ。レー、顔は普通でも華がないもん』
『うっ。いや、じゃあ、あれだ、バーチャルアイドル? になろっかな。らくしょーでしょ。とりあえず事務所みたいなのに入ったし』
『入ったの!?』
『まーね。ほら、身近に憧れのアイドルがいたから。そう、マリリちゃんね』
『ぐぁっ』
『ペイントパレットから、兄、デビューしますっ!』
『いやああああ! 駄目! そこだけは駄目、何されるか分からないよ。マリリ、頭おかしいもん! レー、レーっ?』
『いや、なんでもない。ともかく、実はデビューする日も決まっててさ』
『はやすぎぃ! いつ、いつなの?』
『今日だけど』
『ダメダメ! マリリの所なんてぜったい、認めません! そんなお兄ちゃんに育てた覚えないんだよ!』
『ごめんな、兄ちゃん、ミュージシャンになるんだ』
『アイドルはっ!?』
『そうだった。ともかく、お披露目放送があるから、遊びに来てくれよな。んじゃ』
『ちょっ』
と、いうところで。頭が痛くなるほど頭の悪い兄妹の通話音声が切れた。
画面の中ではニヤニヤしているマリリと苦笑しているトネリコ。そして、フラフラとしているエリオット。
『な、なにが起こっているの。これは』
――僕はそこまでを『通信環境良好』な自宅で配信を見ていたのだが。
「そろそろか」
タイミングが来たのでスマートフォンを手に取り、電話をかける。相手はもちろん、画面の中のキミに。
ちなみに我が家のネット環境の不調の理由は単純。
ルーターの電源を抜いておいただけ。妹が家に居る間は押し入れに隠れていたのだけど。バレる気配もなく事は運んだ。
妹は部屋に籠城していてはどうにもならないと思ったようで。予定通り分かりやすく伸ばされた救いの手にあっさりと縋り、自分の殻から飛び出していった。
我が妹ながら一番楽な方法に飛びついて行ったのは驚き……というか、すぐにマリリに頼った自分と重なるものを感じて複雑な気分だ。
他にも幾つか妹を釣りだすプランはあったとはいえ……。
ま、なにはともあれ、これで用意していた釣り餌の一つ『僕がぐるぐる巻きにされてマリリに踏まれている画像』が世に出る事も無くなったのは喜ばしい。
――さて。仕上げの時間だ。
「もしもし。妹さん?」
『レー? どこにいるの?』
画面に映るエリオットと目が合った気がする。
思えば、最近よく喋るようになったとはいえ、ここまではっきり視線が重なったのは久しぶりなのではなかろうか。
――きっと、そこがエリーゼの居場所なんだ。
そんな思いを浮かべつつ、大多数に向けてのセリフを口にする。
「それじゃあベタな言葉ですけど。みなさん、コメントの準備は宜しいでしょうか? せーのっ」
〈どっきり、大成功―っ!〉
チープな3Dモデルの看板が、画面に表示され――。
「え。あ、ええええええええっ!」
ヘナヘナとへたりこんだエリオット・リオネットは半ば強引に、
――
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