語られぬ夢/帰って来た妖精


 夢の中で、誰と交わしたかも思い出せなかった『約束』を思い出す。


 ざっくりいえば、妹の面倒をみましょう。みたいな内容。母親とした約束かなと思っていたけれど、どうやら、違ったらしい。


 まるで御伽話。現実離れした夢現の思い出だから、覚えていても忘れていても誰かに言えるものじゃないからどうだって良いのだけど。

 まあ。

 今思い出すって事は、上手く出来た・・・・・・って事なのだろう。


『あの子とは別に。特別だ、キミを助けよう。気に入ったからね。悪魔じゃないから対価なんていらないけど、でも約束してくれると嬉しいな。

 何って。

 だから、いずれキミと出会う翅のない妖精をよろしくってことさ。

 きっと、仲良くなれるよ』


 古い記憶。妖精・・との記録。

 王子様みたいな恰好をした誰かとの会話。


 ――翅のない妖精。


 現実には馴染まない、手のかかる妖精の事だろうか。


「……べつに。約束なんかなくても。エリちゃんの面倒くらいみるよ」


 きっと、子供の時特有の空想と現実が混ざった夢物語。

 母共々巻き込まれた事故で死にかけていたはずの自分に、生き残った理由として添えられた空想。


 ――僕は、妖精を名乗る何者かに助けられた。

 そんな有りもしない話を、何故か思い出す。


「我ながら、想像力が豊かだ」


 さあ。そろそろ起きよう。

 目が覚めたら忘れてしまうかもしれないけど。そろそろ、エリーゼが帰って来る頃だ。


・・・


「っ」


 エリオットの復活を見届けた後、リビングのソファに座っていたはずがいつの間にか寝てしまっていたらしい。

 辛気臭い夢を見ていたような気がするものの、不思議と気分は悪くない。


 壁掛け時計を見れば十九時過ぎ。

 空腹を感じるものの今から夕飯を用意するのも面倒だ。弁当でも買ってこようかな。


 一瞬、妹が脳裏に過ぎるが。さすがの妹でも今日はトネリコさんとでも一緒に夕飯を食べているだろう。積もる話というのもあるかもしれないし。

 ポケットに財布を入れて出かける準備。

 玄関に辿り着くと、ふと靴箱の上に飾られた写真に目が留まる。そこには出会った当初の兄妹の姿があった。


 宇宙を閉じ込めたかのような、きらめく星のような瞳。

 氷のエルフを伴い、外界の光を背に現れた可憐な――翅のない妖精。


 そんな小さな妖精を背負った小さな自分が映る写真は色褪せることもなく、当時の記憶を思い出させる。


 ――ガチャ。


 タイミングが良いのか悪いのか、妹が帰って来た。

 僕が待ち構えるように立っていたのが意外だったのか口をパクパクすると、恨めしそうな目を向けて来て。その表情はもっともだなと苦笑してしまう。


「クソあに……、おにい、レー」


 根が良い子ちゃんなのか、クソ兄貴、という兄離れを象徴する言葉は発せず、結局いつまでたっても変わらない呼び方を口にした。言いたい事が纏まらないのか握りしめた拳を腰の辺りでパタパタとさせると。


「はあ。めんどくさ」


 妹はヒュウと身体から力を抜くと僕のへその辺りに顔を埋め。


「う、ぐず」


 気が緩んだのか、鼻をすすりだした。

 確かめるようにその背中を撫でるも当然フニフニとした感触以外――例えば翅のようなもの――は何もない。


「お疲れのところ悪いけど、弁当買ってくるからちょっとどいて」


 妹の頭を鷲掴み、グッと離し、外出。


 季節の変わり目の空気は湿度を帯びており、そろそろ梅雨かなと感じさせた。

 響く足音は二人分。

 分離したつもりが、いつの間にか再ドッキングした妹は相も変わらずケンタウロス下半身担当だ。


「エリの分も買って」


 沈黙が気まずかったのか、そんな声が聞こえてくる。


「トネリコさんと食べてくれば良かったのに」

「いや、もうトネリコに用はないから」


 コイツ。ほんと良い性格してるな。


「……今度、ビュッフェ行こうって言われた」

「行くの?」

「レー」

「いや、僕は関係ないから」


 そんな馬鹿みたいな話をしながら、夜道を歩いた。

 なんだか少しだけ、仲良くなったのかもしれない。



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