エピローグ/残光


「ふう、……日本の夏は暑いですね」


 梅雨が終わり、夏がやってきた。

 もう七月の終わりだというのに、私は未だに六月の終わりを思い出す。

 惜しい事をしたとは思うけれど、私には大事な儀式だった――。


『色々とお世話になって言うのもなんですが、やっぱり私、アナタのことがキライです』

『え? あ、はい。あの、もう言わなくて大丈夫です』

『いいえ。何度でも言います。復唱してください。アンジェリカは』

『……アンジェリカは』

『レイのことが、大キライ』

『れ、礼の事が大嫌い……』

『悪魔と手を切るまで許しませんからねっ。では、次のレッスンで会いましょう。風邪をひいてはなりませんよ?』

『次?』

『キライとは言え生徒を途中で見捨てるのも気が引けますし、この大恩は長い時間をかけてお返しせねばなりませんから。なんでしたっけ、捨てる神? いえいえ、主は唯一ですし教えも正しいので。ですので私はどんな礼さんであろうと愛してさし上げます』

『……はぁ。はい、どうもです』


 ――あの雨の日を思い出す。

 私が八つ当たりをした日。どうして私なんかに惹かれてしまったのか。

 そんな思いにふけっていると――ガチャ、と教会の扉が開く。


「やぁやぁ、シスター。お、ま、た、せ」


 望んでいる声では無かったけれど、彼は、ちょっとしたお出かけの最中だから仕方がない。


「キリエ先輩。お待ちしていました。わざわざご足労いただ――。なんです、その赤い目。カラコンですか?」

「ほら、マリリって本物悪魔だからさ。敵地に乗り込むには多少の本領発揮と言いますか。それっぽく気合入れて来ましたっ」


 キリエは赤い瞳を爛々と輝かせ、教会を見渡している。


「信仰心の欠片も無いですね……。ともあれ、暑い中ようこそ」


「いーのいーの。はい、これどーぞ。わたしのおさがりで悪いけど、すぐに使えるノートパソコン。メイン買うまでの繋ぎにはなるでしょ。あの赤毛の天使ちゃん、さっさと設定済ませて動かしちゃお。デビューまで時間ないぞー」

「ご親切にありがとうございます」


 薄くて軽い、そしてお洒落なノートパソコンを貸してもらう。


「いやいや、面と向かってまだお礼をしていなかったなと思ってさ」

「お礼、ですか。それは私の方が」

「そっちじゃなくてさ。お陰様で特に苦労するわけでもなく、わ・た・し・の礼キュンが『なんでもしてくれるチケット』をくれた上にアンジェはみすみす手放してくれたみたいだから、そのお礼。サンキューですっ。指くわえながら見守っていた甲斐があったわ」


 ああ。なるほど。

 私の天使に入れ知恵したのはやっぱりこの人か。


 さすがはマリス・リリス・リード先輩。バーチャルデーモンの名に違わず、ニヤリと意地の悪い表情を浮かべており――つい失笑してしまう。


「な、なにを笑ってる」

「いえ。可愛らしいなと思ったまでです。それに、手放したつもりはありませんよ。これはハンデを差し上げただけです」

「ハンデ、だぁ?」

「私が高校を卒業するまでの間は、今回の大きな恩がありますのでキリエ先輩が付け入る隙を与えてあげたのです。ふふ、どうせモノには出来ないでしょうからね。時が来たら一秒でかっさらいますので、今のうちに心の準備をしておくとよろしいかと。貴女がどう騙そうと、真実の愛とは浮かび上がるものですから」

「ぐ、もう今日にでも食い散らかしてやろうかな」

「汚れを祓うのも、また悪くはありません」

「誰が汚れじゃい」

「それに私から手を出さないだけで、礼さんが我慢できるかどうかは知りませんから。どうやら礼さん、キリエ先輩の美貌には靡かなかったとか。はあ、哀れですね。私は、どうやら好かれていたみたいですが……ふふ。ハンデの期間を伸ばして差し上げましょうか」

「は、ははは、キレちまいそう。くっそ、やっぱりカラダなんて用意しなければ良かったけど、ぐぐぐ、あんなに真っすぐ頼られたら茉莉花ちゃんは耐えられねー。だってもう、すっごい可愛かったんだから。あたしに『なんでもする』なんて言ったら何されるかわからないのに、それでも縋ってきてさー。もう、子供デキちゃうよ」


 キモい。


「でさ、ほんとに良いの? 今なら高二の夏をアヤノンと楽しめるよ」


 この人、どこまでが本気なのかどれが本心なのか分かりません。礼さん、こんな人とよくお友達でいられますね……。


「私は十分に恵まれていますから。これ以上は贅沢というものです。今の私はそれほど多くの幸せを受け止められません。キリエ先輩、汝隣人を愛せよという言葉をご存知ですか?」

「恋愛推奨の格言でしょ」

「違います。自分を愛するように他人を愛せという意味です。解釈は別れるでしょうが、私はこれを、自分を愛せない者は他人も愛せない。そう思う事にしました」


 礼さん。私はまだ、アナタから頂いた愛を返せる人間ではありません。

 沢山傷つけてしまったから、アナタを癒し、その罪を償わなければなりません。


「ふーん、ずいぶん余裕じゃん」

「これで縁切り大明神と呼ばれたこともありますので。万が一、礼さんが悪魔の誘惑に引っかかったら即、その仲を切り裂くつもりです。私から手を出すつもりはありませんが、誰かとくっつけるつもりもありませんので」

「性格悪ーい」

「ゴッズシスター☆ラスティ改め、補欠天使見習いアンとして。同類は放っておけませんから」

「同類?」

「なんでもありません。あ、キリエ、そろそろ時間ですよ」

「さっそく先輩が取れてるけど、いっけない、アヤノンのバンジージャンプ、これは見逃せない。ほら、さっさとWiFi繋げてよ」


 急いでノートパソコンをオンラインにつなげると――。

 そこには、私の『光』が映っていた。


「……ふふっ、かわいそーな礼さん」


 どうか、遠くに輝いていてください。


                                          

                             翼のない天使編 完

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ということで長い間お付き合い頂いた『翼のない天使』完結です。

たくさんのいいね、フォローありがとうございました!とても嬉しかったです!

ぜひレビュー等頂けると助かるラスカル。


本編はぶつかって相互理解を深めるのがTrueENDかなといった感じです。

レー君は悪魔とつるんでラックが下がってますね。

楽しんでいただけた方、スィッターなどで宣伝していただけると大いに励みになります! それでは早いですが、良いお年を!

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