ひとりごと

 

 約三十分ほどで終了した配信は好評だったらしく、マネージャーさん含め初めて見るスタッフの方々は明るい顔をしていた。

 僕はと言えば夢心地というのか、配信中の出来事はフワフワと現実感が無く夢でしたと言われれば信じてしまいそうだ。

 マネージャーさんの運転する車に揺られている今でさえも、それは変わらず――。


「レー、眠いの?」


 後部座席で左隣に座る妹に顔を覗き込まれる。


「眠いよ。もう朝からずっと動きっぱなしだから。明日が休みで良かった」


 とりあえず、当分スィッターを起動するのはやめておこう。どんな反応されていても気分が落ち着かなくなりそうだ。


「ホントにお疲れ様でした。同時視聴者数も良い感じで、スィッタートレンドにも載ったみたいで話題性もバッチリですよ~」


 ハンドルを握るマネージャーさんとバックミラー越しに目が合う。


「小細工して視聴者を増やした甲斐がありましたか?」


 ふと、意地の悪いことを言ってみたくなった。眠くて自制が効いていないのかもしれない。


「え、と。なんのことでしょう」


 バックミラーに映るマネージャーさんの視線が泳ぐ。


「わざと情報もらしてエリーゼに暴露させてネットの関心を集めて、配信したのかなって」

「あ、あはは、まさかぁ」

「いくらなんでも妹の魅了攻撃で口を滑らすかなーって思ったのでつい。勘違いならすみません」


 無名より悪名みたいな感じで注目を集めた方が良い世界ではあるんだろうけれど、あまり良い方法とも思えない。


「ま、兄妹揃ってマネージャーさんの尻拭いできて良かったです。ライブの告知、大事ですもんね」

「は……はい」


 エリオット初のライブ告知。これはマネージャーさんからすれば目標とするインプレッションもあったのだろう。

 ごくりと唾を飲み込むマネージャーさんから視線を外す。

 ある意味妹の為に身を切っての献身ではあるけれど、あまり倫理観の無い行動は妹の教育に悪い。刺せる釘は今のうちに刺しておこう。

 スタジオに居たスタッフさん達も若い人が多かったし、このバーチャル業界自体がまだ未熟なのかもしれない。やはり会社としてはマリリのトコの方がしっかりしているっぽいな。あっちは元から芸能事務所だし、何かあった時はペイントパレットの方が頼り甲斐がありそうだ。


 沈黙の車内で、クスクスと妹の笑い声が漏れる。


「ばれちゃったねー、マネージャー。レーはたまーに鋭いから気を付けないと」


 車内に伸びる街の光が妹の不可思議な色の髪を照らし、その姿はまさしく人を惑わす妖精のようだ。

 実際、妹は平気で人を惑わすし十秒以上視線を合わせてきたら気を付けた方がよいけれど。

 だからこそ――。


「エリーゼ」

「エリはどっちでも良いけど。レーがそう言うなら、そういう方向はダメってことだ。ね?」

「家に帰ったらコブラツイストな」

「え」


 ――だからこそ、しっかりした倫理観を身につけてもらわなくては。

 とりあえず家に帰ったらマリリ対策にユアチューブで覚えた技を披露してやろう。


「ト、トネリコも、今日はありがとね」

 話はこれで終わり、とでも言うように妹がトネリコさんに話を振った。


「エリさんがお礼を……。いえ、私も楽しかったですし、スタジオでの配信も久しぶりだったので良い経験させて貰いました」


 助手席のトネリコさん、今日は散々な目に遭ったというのに健気だ。胃の中のカンガルーやタランチュラは元気だろうか。


「マネージャーさん、今日はお二人を先に送ってあげてください。打ち上げはまた今度という事で」

「了解しました、お二人とも、今日はその、ありがとうございました」

「あ、そういえば、マネさんあのショップ行きましたか――――」


 トネリコさんとマネージャーさんが喋りはじめる。

 寝ても良いと言われても、この落ち着かないメンツの前だと眠る気にもならない。


「レー、起こしてね」


 妹は僕の左腕を自分のお腹に当てるように引っ張り眠り始める。人肌の体温は苦手なものの、母親譲りのヒンヤリボディであるエリーゼならばそれほど不快感はない。

 とはいえ腕を引っ張られるとシートベルトも相まってなんとも息苦しい。


 ポケットからスマートフォンを取り出すと、SMSにマリリからの通知が目立つ。ブロック解除後はマリリにしては控えめで三十通ほどしかメッセージが溜まっていない。

 スマートフォンにポチポチと触れる。


『読むの面倒だから、電話で一方的に喋って。車に乗ってるから返事はしない』


 メッセージを送ると十秒後に着信。

 ワイヤレスイヤホンを取り出し右耳だけに装着すると。


『おつかれー、じゃあお望み通り一方的に喋るね、キミだけのマリリトークをプレゼントだぞ。ってわけで、見てたよ配信。義理の妹とはいえエリちゃんがちょーっとベタベタしてて気に障ったけど及第点を上げちゃいますっ。もうわたしの及第点って凄いんだからね。なんたってトップバーチャルアイドルと言っても過言じゃないんだから。それとトネリコちゃんも、けっこう良かったよね、一、二回ちょろっと喋っただけだったけど面白枠の人だったんだぁ。ラインオーバーのタレントにはそんな興味無かったけどこれは思わぬバラドルの登場にちょっと警戒かもしれんのだわ。んふ、でも今日のアヤノンは食べちゃいたくなるくらい可愛かったなーほんと…………もうどこぞのシスターに掻っ攫われる前に行くかなぁ、なーんちゃって笑笑……ふふ。ま、とりあえず永久保存版配信感謝です。この茉莉花、しっかりアーカイブをダウンロードしたのでこれから自分用切り抜き動画と音声を作成しようと思ってまーす、はーと。それでね、本題なんだけど、わたしたち結婚する? ふと思ったんだけどもうその方がお互いの為かなって思うんだよね。アヤノンも良く考えてみて? さすがにまだ一生分は稼いでいないけどさ、見た目良し、性格良し、経済力良しの良し良し尽くめの優良物件を若いうちからモノにするチャンスなんてそうそう無いんだぜ? それにこう言うのもなんだけど茉莉花ちゃんがキミに夢中なうちに手を出しておいた方が良いんじゃないかなぁ。ほら女心と秋の空、みたいな言葉があるでしょ。もちろんわたしはそんな尻軽なウーメンではないけどね。どう、ちょっと焦った? もし少しでも、ああどうしよう、僕のマリリが誰かに取られちゃうかもって思ったのならそれはもうアレよ。綾野礼は霧江茉莉花を愛しているってわーけ。お分かり? 結局今日だって色々と理由をつけていたけれど茉莉花ちゃんに会いたかったわけでしょ? わかるから。そーいうの。しかも女の子なんて連れて茉莉花ちゃんの嫉妬を煽ろうだなんて笑止千万、片腹どころか胃が痛かったんだぞ☆ ねー、もう今日ほど日頃の運動不足を悔やんだ事は無かったよ。もっと早く駆け付けたかったのにもう心臓が爆裂寸前。免許を取った話はしたけどさ、ここは移動しやすい小回りの利くバイクの免許も取ろうかな。あー、今、ちょっと心配したでしょ。安心してください、アヤノンが心配するというのであればバイクの免許は諦めるからさ。けどやっぱり移動手段っていうと、わたし自転車持ってなかったからそれくらいは買ってみようかなって思うんだけどどうかな。今日、わたしの身を案じて貸してくれた自転車、ああいうのってクロスバイクって言うんだっけ。ロードバイクとかさ存在は知ってたけど、乗ったこと無かったんだぁ。でビックリ。めっちゃスーって進むね、あれ。そりゃあ流行るわけだよ。都内とかだったらアレ一つでどこでも行けちゃうよね。やっぱり配信ばっかり収録ばっかりだと家にこもりがちだったり車移動ばっかりだからさ、良ければおススメ教えてよ。で、一緒に買いに行って、一緒にサイクリング行こ? 大丈夫、ちょっと遠くまで行って帰りが遅くなったとしたらそこはほら、お姉さんがホテル代、出してあげるからさ。……あ、いまアヤノンいやらしいコト思い浮かべたでしょー。もーこれだからリビドー持て余した高校生は困るんだゾ。……はぁ、はぁ、ほんと、ホテルいく? いや、べつに一緒に泊まったからって何もしないから。ホント信じて? わたしちゃんは全く発情したこともない清廉な乙女であるわけだから。ゴクリ……。あ、ごめーん、ちょっと怖かったよね、ゴメンね、もう二度と襲ったりしないと誓うかもしれないからね。約束は出来ないけど努力目標として一応気には留めてるから安心してね。あー、そうそう。忘れてた。アンジェは無事に送り届けました。思ったより良い子かもとは思った。アヤノンが篭絡されるのも僅かに理解。いやほんと……あはは、まあいいや。独占欲は良くないもんね。わたしは二人暮らしだろうと三人暮らしだろうと気にしないから。アヤノンが誰を愛そうがどんなに汚れようが最後にわたしの傍に居れば良いから。その辺りは一応報告しておきますと。しかしまあ、キミも素直というか、優しい感じの女の子に引っかかるねー。あはは、はぁ、どうしようこの身に宿った嫉妬の炎が欲情を煽るんですけど。え、あれ、わたしそう言う趣味なんて無かったはずなのに、もしかして、アヤノンが取られそうになって喜んでいるとでもいうのか、このヘンタイめ! ねー、聞いてる? もしかして茉莉花ちゃんの癒しトークでぐっすりだったりしますかー? どうせなら寝息を漏らしてくださーい……。うーん、反応がないあたり、しょうがない。今日はこの辺りにはせず、もうちょっと喋るね。そうそう、最近あった事なんだけどさ。聞いてよ、転生っていうのかな。今まで別の会社でバーチャルタレントやってた人が移籍することが増えてるんだって。なんかもう、業界の当事者ではあるけどさ、いよいよ普通の芸能界みたいになって来たって思って感慨深かったよ。吉野に聞いたらこれからもっとバーチャルタレントの数は増えるから、マリリだったり先駆者はラッキーだったねって言われちゃって……あ! 思い出した! アヤノン、吉野とこっそり焼肉行こうとしてたでしょ! あっぶなーい! もう最近吉野がアヤノンとコソコソ連絡とってて妙だなって、ポケットに盗聴器仕込んでみたらもう、これだよ、誘ってよね! あんまり雑に扱ってると、んー、いや雑に扱われる分には良いんだけど、とにかく寂しいんだから定期的に連絡はするよーに。約束だよ? それで焼肉の場所なんだけど。うーん迷うね、一応さ、マリリの声って目立つから個室のあるお店にしようかなって思うんだけど。アヤノンは近所の方が良い? 吉野に車出させるからちょっと良いお店行ったって良いんだけど。男子高校生は質より量だもんね。とりあえずマリリにお任せ☆ 良さげな場所探しておくから。カルビ、ホルモン、うーん迷うなぁ。ちなみにわたしは何が好きでしょーか。シンキングタイムです。チクタクチクタク、テテン! 正解は牛タンでした! わーパチパチ、もうね。恥ずかしながらそこらの女子と同じ様に牛タン好きなんですわ。牛さんのでっけー舌が美味いんですわ。深く考えるとかなり猟奇的な気もするけど、いやはや人間とは業の深い生き物よなぁ。ネギとか乗せちゃってジューって焼く、うわあもう楽しみっ、めっちゃお腹空いてきちゃった! バクスタで軽ーく食べては来たものの、わたしもまだまだ成長期ってことかな。でも、今日のところは我慢、夜に食べたら太るし空腹は最高のスパイスと言いますから。焼肉の時まで敢えてこの空腹を楽しもうかな。ちなみに、豆知識なんだけど大食いの人って食べる前にはお腹を空かせておくって思うじゃん? でもこれがちょっと違うみたいでさ、ワカメを食べておいて胃を膨らませるんだって。それでワカメって消化が良いから、もう大食い前にベストコンディションになるらしいの。……待てよ、一つ思い出した。お腹空かせておくのは良いけど、ちょっとは食べないといけないんだった。これさー、女の子が陥りがちなミスなんだけど。口臭ってあるでしょ。アレ、歯磨きとか舌磨きだけじゃなくてさ、しっかりご飯を食べておかないと胃の臭いが口から出てくる可能性あるらしいよ。はぁ、しゃーない。お肉は楽しみだけどアヤノンに、うわ、この美少女の口臭キツって思われたら流石の茉莉花ちゃんでも死にかねないからちょっとはお腹に食べ物入れて行くことにするよ。朝は豆乳きな粉とロールパンくらいは食べよっかな。わたしってあんまり朝強くないんだけど、さっき言った口臭の話を知って以来、絶対食べるようにしてるんだ。って、そうだ。お昼に行く? それとも夜に行く? 吉野のスケジュールなんて無視していいから、というか、わたしと二人で行けばいいから好きな時間言ってね。あと苦手な食材とかあったら言っておくように。あーでも苦手な食べ物を前に無言になるアヤノン見たいなぁ。前言撤回、いや、更新。嫌いな食べ物いっぱい用意して、茉莉花お姉ちゃんに食べて、っておねだりしてくれると嬉しいなぁ。あ、ふふ、ゴメンゴメン、さすがにちょっとキモかったね。失敬。こーいうところがちょっとメンドーだと思われちゃうのかな? 気を付けてはいるつもりなんだけど、アヤノンってわたしの全てを受け入れがちじゃん。つまりさ……アヤノンが悪いよね。霧江茉莉花っていういたいけな美少女を狂わせてしまった責任があるよね。つまり――結婚だ。ふう、長いお喋りの末に本題に戻りまし――』


 誰かに肩を揺すられる。


「レー、起きて。ついたよ?」


『お、家の前に車が停まった。それじゃあおやすみ、良い夢をみてね』


「レー?」


 意識が浮上する。


「ん、ああ、エリー」


 いつの間にか寝てたらしい。なんだか右耳が痛い。

 マネージャーさんとトネリコさんに挨拶をして車から降りる。

 なんだか、妹と配信したっていうのも夢みたいだ。


「エリお腹すいた」

「じゃあ、今日はコンビニにしよっか」

「やった」


 ひとまず、大仕事を終えた気分だった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


一人で四千文字喋る女の回でした。

そして、12月ということでカクヨムコン9が始まるみたいです、レビューやコメントを頂けると励みになります!

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