魂を癒す言葉
――前言撤回をしたいんですけど!
安易に一番強そうなカードを切るべきではなかった。
「んで、その炎上騒ぎ起こしていたのがウチと警察調べで約三人、昔馴染みなんだってさ。PCを配給した時に細工してたみたい。ウチの社員とラインオーバーとV用のPC用意してくれてたとこ! 最近の新人には希望者にはPCをレンタルしてたんだけど、そこをやられたってこと!」
「ウィルスとかではなく?」
「もっと原始的な遠隔操作なんだって。わたしも詳しくはないけどさー。つまんないことしてくれちゃってニュースデビュー、印象最悪だよ。
ウチでもお世話になってたベテラン寄りの社員みたいでさ、会社の方でもどうしようかって判断に悩んでたみたいなんだけど。とりあえず回収警察騒ぎで大騒ぎ。それもようやく終わったと安心してたら」
すでに何度か訪れた事のあるペイントパレット本社の一室にて、僕は悪魔のトークを2時間ほど聞かされていた。これほど喋っても枯れる気配の無い可憐な声色はすでにこの世のものでは無いのかもしれない。
会社判断で僕からやや離れた位置に座るよう厳重に命じられたマリリは今日も絶好調だ。
「コレ!エリリが巻き込まれ事故! あのキッズどれだけメンタル弱いのよ。これがマリリちゃんのライバル気取りなんて片腹痛し。
あーあ、アヤノン、こんな傷ついたマリリのメンタル癒して? もしくはあの程度で病欠中のエリリを煽り散らかせるアイディアだして? と、いうか何でエリリまで休んでるんだか。わたしには解せんぜよ、さっさと出て来い!」
エリーゼが一方的に敵視しているのかと思っていたがどうやらマリリはマリリで『エリリ』に思う所があるらしい。
お互い自分がカースト上位の生命体という自負があるからか、自分の敵足り得る生き物に対して本能的に敵対でもしているのだろうか?
あまりにも下らなそうだから二人の歴史を調べる気は全く起きないけれど……。うん、絶対しょうもない理由で敵対したはず。
「なら。そろそろバーチャルアイドルの
ようやく回ってきた口出しのチャンスに声を発する。
「それってエリリにって事? 流石にそれはなー」
マリリはキョトンとした後に悩む。
「向こうの家族構成とか知らないといけないし、他社だし、わたし的にはリアクション芸に定評のある後輩をターゲットにしようかと思っていたんだけど」
マリリはタブレットを取り出すと目を付けていたらしい後輩を表示した。腐ってもエンターテイナー、どうやらマリリなりに企画の事はしっかりと考えていたらしい。
「とりあえず、実母じゃなくて実兄ならどうにかなるんじゃないかなと思うんだけど」
「んー?」
「兄だからエリリの、エリーゼの家族構成ならわかるって事」
「へえ」
マリリはそう言いながらタブレットを操作し、数秒後。
「へえ?」
コテンとマリリの頭が傾く。
「多分驚くよ、エリーゼ。それこそ部屋から飛び出るくらいに。お望み通り
天岩戸ではないけれど、あの妹の事だ。外が騒がしければ勝手に出てくるだろう。
「んー。この灰色の頭脳を誇る茉莉花ちゃんの思考が纏まらない。ちょっと待ってね。それってつまりさ、エリリの義理の姉になるのがわたしちゃんって事?」
「違う違う。そうじゃない」
「じゃあどういう事なんだってばよ。あ、もう、そう言う事か。アヤノン、からかわないでよー。まさかそんな世間が狭い訳ないじゃんって、まさか!」
すっげー騒がしい女……。
マリリはタブレットを素早く操作し、とある動画の再生ボタンをタップした。先日のエリリ+僕とトネリコのコラボ動画が流れ始める。
「わたしの駄目絶対音感が告げている、この、レーって、アヤノンだ! レーって、礼じゃん。この茉莉花の中の茉莉花がこんな初歩的な事に気が付かないなんて一生の不覚ッッ!!!」
なんでもいいけど、ほんと良く喋るな、この悪魔。
「くっそー。しっかりチェックしておくべきだったぁ。アヤノンの初配信マリリが奪う予定だったのにぃ。ぐやじい」
マリリは血涙を流す勢いでエリリ、トネリココラボ動画の低評価ボタンを怒涛の勢いで連打し始める。
「それで、どうかな。僕としてはマリリが力を貸してくれると嬉しんだけど」
釣竿と釣り餌、色々と考えた結果、僕とマリリが適任のはずだけど。
「わたしが力を貸す? ……妙だな」
「うわ、急に落ち着くな」
先ほどまでの騒がしさは鳴りを潜め、まるで推理ドラマのように芝居がかった視線をマリリに向けられる。
「んー。アヤノンがわたしに力を貸す、というのがこれまで。しかしながらぁ。マリリちゃんが力を貸してくれると、ってことは立場が逆転している」
鋭い。
「なるほど。つまりわたしが上って事だ。さーてアヤノンにはどうして貰おっかなー。千件くらい無視されたメッセージ全てに返事して貰おっかなー」
「まっちゃん、今日までありがとう」
すっと立ち上がる。
先日襲われた事を指摘して交渉してもいいけど……これはあくまでお願いだ。
やっぱり別の人に相談するべきだったかな。マリリに頼むとか頭がどうかしていたよホント。
案外、小林やトネリコさん、ラインオーバー社に相談した方が穏便にいくかもしれない。
「ステイステイ、冗談じゃん。分かってる。分かってるよ」
マリリは立ち上がった僕の後ろに回ると、ググッと体格以上の力で僕の両肩を押し下げて椅子に戻すと首元の匂いを嗅いで行き、元の席へと戻りパチンと手を叩いた。
――なんで匂い嗅いだんだコイツ。
「理解しました、これも惚れた弱みだ、キミの妹のメンタルケアにこの茉莉花、もといマリス・リリス・リードも力を貸します」
マリリの頭の回転の速さは驚くほど正確で、驚くほど優しい表情を浮かべていた。
「……いいの?」
頼んでおいてなんだけど、こうもすんなりいくとは思わなかった。
それこそギリギリ可能な難題を押し付けられるかと……。
「いいも何も最初からやるつもりの企画ではあったし、面白そうな方に賭けるのが配信者の務めなんだから。それに。
先ほどまでと打って変わって茉莉花の雰囲気は真面目だ。マリリの持つタブレットからポンと音がなる。
「今のはただの通知音だから気にしないで、それで?」
「……それは」
改めて聞かれると、言葉に詰まる。
今まで他人にこういった話を真面目にするなんて経験が無かったから。
けれど、不思議なもので一呼吸の間に考えは纏まり、口が開く。
「つまらないことで、躓いて欲しくない。誰かを楽しませる事が出来るエリーゼは凄いって思うから。それにせっかくあのエリーゼが積み上げて、自分で作った居場所なんだ。自分の意思で戻って、続けて欲しい。あの日、
普段はどうであれ、これまでがどうであれ。怠惰でネット弁慶で部屋で騒ぎ安眠妨害する妹の事よりも……。
一人ふさぎ込んでいる妹の方が嫌いらしい。
そんな風に、冗談も誤魔化しもなく真剣に答えると再びタブレットからポンと音が鳴り――。
マリリは何事も有りませんでしたよという表情を浮かべるが、ソレが余計に腹立たしい。配信し過ぎて心の声すら喋ってしまうのか。
「今、録音したよな」
流しきれず苛立ちを込めて問うと、マリリは優しく微笑みを浮かべ。
「――そっか。楽しませる、か。アヤノンは妹ちゃんを応援してあげたいんだね」
邪念とは無縁、清廉さを醸し出す声で誤魔化し始め――。
「なんで録音したかと、聞いてるんだよ
間髪入れず追及すると。
マリリは僕を手で制し、少し天井を眺めた後。
その澄んだ目で、改めて僕のことを、じっと見つめた。
「少しだけ昔話をします」
「――もう、好きにしてくれ」
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