翅はなくとも、光るキミへ

 小さな頃。


 母親が交通事故でいなくなり、父は昼も夜も無く働いてしばらくの間僕は一人だった。ラジオを聞き始めたのもこの頃だったかな。


 思えば子供の頃の記憶はおぼろげで、目の前で跳ねられた母さんと潰れたショートケーキの映像だけが頭にこびりついているくらい。

 まあ幸いなことに、その事を今も引きずっているという事はない。

 なんというか、そう、その辺りは既に乗り越えて、終わった事だ。

 

 それでもたまに、楽しい記憶ってあったかなと思い起こせば、母さんと父さんと遊んだレトロゲームが蘇るくらい。あとは一人遊びばかりの幼少期。

 生まれ故郷も今とは違う場所だった気もする。


 僕はそんな生まれ育ちの影響か、大事な友人とか、自分を好きな人とか恋人とか、そういうのは作りたくないなと思って過ごしていた。

 失くすのは、あまり精神衛生上よろしくないから。


 そんな暗黒期の中、突然現れたのがキミだ。


 まるで曇天が急に晴れたかのような光を背にエリーゼは僕の手を引いて外へと連れ出した。


 そう。エリーゼの全盛期である。


 妖しい魅力の精霊ではなく、文字通り天使と呼ばれてもなんら不思議ではない容姿と明るさは周囲を照らすほどで。


 ほどで。


 ほどなくして周囲からやっかまれたり構われ過ぎたりで、僕と入れ替わるようにエリーゼは家に籠りがちになった。もっとも僕が知らなかっただけでバーチャルアイドルとして電子の海に羽ばたいていたり、外には普通に出歩いていたりで、思ったよりも健全な不登校児だったのだけど。


 僕はそんなエリーゼが好きでは無かった。


 やっかみなどはあるにしても、それ以上に多くの恩恵を受けているというのに、何でもできる才能があったと言うのに何もしないアイツがどうにも嫌だったのだ。

 聡明だったはずの頭もすっかり錆びついてあの語彙力だし。


 それにエリーゼにベタベタと好かれるのも嫌だった。我ながら酷い兄だとは思う。自分は助けられておいて、あの子からは距離を置いていたんだから。


 ふさぎ込む彼女に、かつての自分を重ねた自己嫌悪だったのかもしれない。

 懐くエリーゼをよそに、僕は一人の趣味に没頭した。

 高校受験の頃には真野先輩の作品に出会ってしまったりもしたし、正直エリーゼの事などほぼ忘れていた。


 一つ言い訳をするならば、思い出をなぞるようにレトロゲームを集めている最中、偶然見かけた真野先輩の作品は僕にとってエリーゼを忘れるほど衝撃だったのだ。

 エリーゼが僕を外に連れ出したのだとすれば、真野先輩は世界に彩りを与えてくれた。感動。それ以外の言葉では言い表せない。


 今でこそバーチャルアイドルに頭をやられてしまった真野先輩だが、当時彼が作っていたのはロボットや怪獣で、これがプロでもない、そう年の離れていない只の学生が作ったのだと店主に教えられた時は足が震えたほどだった。

 そんな事が出来るだなんて、まるで自分も何かを成す事が出来るのではと思わせてくれた。

 理屈ではない、純粋な憧れ。

 震えるほど尊いものに出会い、不思議とそれからは生きているのが何故だか楽しくなった。


 そんな、通称『真野ショック』以来、今でこそバーチャルアイドルに頭をやられてしまっているとはいえ、真野先輩は特別な恩人で……。

 それにまあ、二人とはいえ友達も出来たし。

 ほんと僕は、誰かに助けられて支えられてばかりだ。


 ――そこまで考えて。ああ、気がついた。気がついてしまった。 

 エリーゼ、キミも。


 もしかしたら。

 あの妹も。あの、怠惰な妖精も。

 僕にとっての真野先輩のように。

 誰かにとってそういう特別な存在なのかもしれない。


 エリオットとしての活動がもしかしたら『あの頃の僕』に光を伸ばしているのかもしれない。

 

 ……別に妹の事など今でもそれほど気にかけているつもりも無いけれど。

 でも、

 もしそうであるのならば。


 トネリコさんの一件を一際目立つ自分のせいだと勝手に思っているであろう僕の妹は、放ってはおけない。もし、一人で立ち上がれないのなら、手を引いてやらないといけない。


 それは、僕でないと。たった一人の兄がやらなくてはならない大事なコトだ。

 エリーゼの世界には僕以外も居ると、伝えなくてはならない。


・・・


 ――そんな理由を、自分の中で見つけた。

 これが理由ならきっと頑張れる。

 この理由の為であれば、あの日現れたキミの為ならば。

 いくらでも時間を使って。出来る事も出来ない事も何でもやって。



 最終的に悪魔に魂を売り渡し助力を乞う事も厭わな――――ごめんやっぱり悪魔は駄目だ、前言撤回をしたいんですけど!


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