日常/相談

 期末試験を終えた一学期の授業は全体的に消化試合のようで、特にロングホームルームとなると誰も彼もが雑談に興じている。副担任の阿部先生は教室の隅っこで寝ているし、時計の針が進むのが遅い。


「じゃあそろそろ時間だから、文化祭でやりたいことある人は挙手してください」


 文化祭実行委員の綿貫君が壇上に立つと、ちらほらと意見が上がっていく。お化け屋敷、メイド喫茶、執事喫茶、ジェットコースター、演劇、ミュージカル等々、定番のモノが多い。

 お堅い見た目に反して綿貫君の司会が良いからか発言しやすい空気だ。


「お、綾野」

「大喜利大会をお願いします!」


 元気よく挙手し立ち上がる。


「なるほど、大喜利大会ね」


 カカッと黒板に大喜利大会と書かれていく。


「お、良いんじゃね。モニターに画像映して写真で一言みたいな」

「用意するのがお題とフリップだから準備は楽そうだよな」


 男子がちらほらと賛同する。

 よしよし、ここらでこの学校のお笑い戦闘力を見ておくのも悪くないのではなかろうか。

 そう思っていると。


「そういうのアリならカラオケ大会とか面白そー」


 提案するな阿部さん。


「はいはいっ、じゃあテレビでやってるさ、歌ってる間に変な音程でハモられてもつられないようにするやつ面白そうっ」


 やめろ北野。ツインテ引き抜くぞ。


「あ、それアリ」

「でしょっ」

「というかめっちゃ良いじゃん、盛り上がりそー」

「私それに賛成っ」

「これなら皆でやってる感あるよね」


 やばーい。今、北野が言った企画、マネしやすい上に面白そうだ。大喜利大会にちょっと興味を持ってそうな人たちの関心が根こそぎ奪われた。


「でも大ぎ」

「北野のヤツ楽しそうだね。最近流行った曲をみんなで練習してさ、上手く歌えた人にはお菓子プレゼントみたいな。クラスでシフト組めば他のクラスのやつも見て回れそうだし。ね、綾野。段取りしてみて」


 クラスの母みたいな大路さんが、座るタイミングを失った僕に微笑むと皆の視線が集まってきた。もはやこれまでか。ここで大喜利推しても賛同者が増える見込みが無い。


「……歌はジャンル別で十曲くらいみんなで選んで、合唱部の日比野さんあたりを中心にハモリパートを作るとして。音源はそういうのダウンロード出来るサイトあるからパソコン先生の小木くんに頼んで、あとは皆で歌唱練習。いやでもこれ大喜利と比べてやること多――」

「よし、そこまで。それだけ分かってるなら綾野も賛成ね」


 大路さんが頷く。


「……くそぉ」


 生暖かい視線に見守られ着席。


「はい、綾野の負けー」


 後ろの席で横浜さんがボソリと呟く。


「みんなー静粛にー。今の盛り上がりから見てほぼ決定っぽいけど。えっと北野、企画の名前言って貰っていいか?」

「みんなでハモリ我慢大会っ」


 カカっと黒板にハモリ我慢大会の文字が書かれていく。


「じゃあハモリ我慢大会が良いと思う人、拍手」


 満場一致で文化祭の催し物が決定し、昼休みとなった。


・・・


 廊下に出た僕の肩がポンと叩かれる。


「綾野、さっきの段取りそのまま使っていいか?」


 文化祭実行委員の綿貫君は僕が先ほど言った段取りをメモしていたらしい。


「いいけど。あれ、適当だよ?」

「これから実行委員会で集まるから、その資料としてさ。具体性が無いと許可下りなかったりするんだよ。というか小林がうるさい」

「あいつは融通が効かないボンクラだから。そう言う事ならどうぞ使って」

「サンキュ、あと、俺は大喜利面白そうだと思ったぞ」


 綿貫君は僕にフォローを入れた後、駆け足気味に去っていった。


 僕は急ぐ予定も無いけれど、ひとまず昼食を確保しなくては。

 昨日、妹がやたらと作った錦糸卵を弁当箱に入れて来たものの流石に卵だけの昼食というのは味気ない。購買でパンでも買ってそこに挟むとしようか。

 階段を降りた先、普段はあまり来る機会の無い購買は生徒達でごった返しており余り物で良いかと一歩引いた位置で混雑が引くのを待っていると。


「お、負け犬ー。購買戦争にも負けたのかー?」


 生意気そうな声が視界の斜め下から聞こえてくる。この声の主、心当たりがある。


「北野。余計な提案をしてくれたな。そのツインテ引き抜いてやろうか」

「ちょっ、やめっ」

「綾野、なんで北野にだけはそういう対応なの」


 僕の大喜利大会を阻んだ北野、それと横浜さんが現れた。


「北野は、なんというか軽んじても良いかなって」

「駄目だよっ」

 女子の平均以下の身長と子供っぽい見た目と言動。僕は北野をしっかりと軽んじていた。雑に扱って良い雰囲気がつむじの上から出ているような――。


「うげっ、押すなバカ!」


 つむじを押しただけで文句を言う北野のキックを避けてデコピンを放つ。


「うー綾野がイジメるー」

「綾野」


 横浜さんにジッと睨まれたので、仕方なく北野のおでこをペシペシと撫でる。


「ごめんね北野。生意気でムカついたからつい」

「それ謝ってる?」

「じゃあ、お詫びにこれあげる」


 ポケットから植物の種が入ったチャック付の小袋を取り出し、北野の小さな手に持たせる。


「朝、部長に貰った文化祭で売る予定の種。十円くらいだけど北野のトーク次第で五百円くらいで売れるからな。頑張ってみ」

「え、すごいじゃん!」

「綾野、変なこと教えないで」


 横浜さんは北野をグッと引き寄せると守るように抱きしめた。


「はいはい」


 と返事をしながら二人の手元のビニール袋を見る。どうやら二人は既にパンを買うことに成功したらしい。


「夏生のこと面倒なら断っちゃっていいから」


 横浜さんが普段のトーンでそんな事を言う。


「いいの?」

「姉として紹介はしたけど、どうするかは綾野次第でしょ。でも」


 ポンとコロッケパンを渡される。


「よくしてくれるなら、それあげる」


 横浜さんは北野のツインテを撫でまわすと器用に三つ編みにしていく。

 元から仲直り大作戦はやるつもりだったとはいえ、コロッケパンを渡されては……ジャガイモと小麦粉の分は追加で働くか。


「あとこれが大事なんだけど。北野をイジメないように。こんなちっちゃくて可愛いんだから大事にしないと。ね、北野」

「そ、そーだそーだっバカ綾野」


 横浜さんは昔から女子にしては身長が大きいし、妹ちゃんも大きいから小柄な女の子に対しては拘りがあるのかもしれない。


「わかった。妹さんの件は僕なりに頑張るけど」

「けど?」

「仲直り、させた方がいいのかな」


 そう聞くと。


「綾野は真面目過ぎ。そこは夏生次第でしょ」

「わかった」


 気負い過ぎるほどでもないのか。

 とはいえ他でもない横浜さん……の妹の頼みだ。

僕がこの学校で居心地よくやらせてもらっているのも半分くらいは中学から顔なじみの横浜さんのお陰だ。横浜さんがそれとなく僕がどういう人間かクラスの母の大路さんに伝えてくれている、と大路さんに教えられた事もある。


ひとまず、妹達が顔を合わせて話し合う所までは見守るとしよう。

そこから先。仲直り出来るのかは僕の出る幕ではない、か。


「じゃ、行こ北野」

「うんっ。…………ねぇ、綾野ってぜったい女子にモテないよねっ」

「根っこがアホだからね」


・・・


 小林、生徒会。大場、お料理研究会。横浜さん、吹奏楽部。

 及川君、野球部。綿貫君、スピーチ部。北野、ダンス部。小木君、ゲーム開発部。大路さん、テニス部――。


 園芸部のザクロ部長、カツオ副部長、ジョイナス先輩、幽霊部員の片桐君、入江後輩。


「んー」


 放課後。自室のオフィスチェアに背中を預け、スマートフォンをスクロールする。

 友達はともかく、連絡先を知っている知り合いというのもこの程度か。妹を小馬鹿にするには十分な人数かと思うものの、友達作りが得意とはとても言えない人数なのは間違いなさそうだ。こんな僕がはたして仲直り大作戦の段取りを組めるのだろうか。


「まずはゲーム選びか」


 話すきっかけになるやつがあればいいけど。


 一応、横浜さんの妹が梵天堂shiftを持っている事は確認済みだし、協力か対戦か……どうするか。


「あ」


 どのゲームソフトを持ってるか確認してなかった。


『持ってるゲーム教えて』


 とりあえず連絡だけしておいて……。

 次は妹の予定を確認しないと。普段は暇なくせに月末にイベントを控えているからか、たまに家に居ない事がある。


「……んぁ」


 駄目だ、どう予定を組めばいいのかが分からない。知り合いでこういうのを得意な人っていたかなぁ。


 改めて連絡先一覧を見る。

 この中だと、大路さんが女子の仲裁を得意としてそうだけれど……横浜さん経由で連絡先を知っているだけだからプライベートな頼み事は難しい。明日会ったらそれとなくコツだけでも聞いてみるか。


「お」


 普段面倒な女に囲まれていそう、かつ、段取りにも慣れてそうな男がいるじゃないか。

 連絡先をタップ。


 吉野、マネージャー。


 貸し借りを言うのは恩着せがましいとは思うけれど、特大爆弾を押し付けられているのだから僕の面倒を見てくれても良いはずだ。

 という旨をメッセージで飛ばしてみると。


『キミも難儀だねぇ。いいよ、これから前に行った喫茶店でどうかな?』


 即、返事が来た。


・・・


 以前、マリリの動画に協力したという名目でマリリからお小遣いを振り込まれた僕の財布はそれなりに充実している。なので。


「えっと。アイスコーヒーのMで、クリーム乗ってるやつ下さい」

「アイスコーヒーバニラホイップのトールですね。少々お待ちください」


 見覚えのあるバックスターカフェ店員のお姉さんに注文を翻訳してもらい、カップを受け取る。


「お。クリーム乗ってるねぇ」

「頭を使おうかと思って。糖分補給です」


 店内で僕を待っていた吉野さんの元へ行くと、吉野さんのカップにもクリームが盛られていた。


「もしかして忙しい時に連絡しちゃいましたか?」

「いやいや、息抜きしたいタイミングだったから。でもそんなに時間はとれないからそこはゴメン。夏はイベント盛りだくさんでさ」


 学生は元より社会人もお盆休みで配信を見る人が増えるからか、各社イベント盛り盛りなのだろう。


「で、女の子たちの仲を取り持ちつつ、楽しそうなゲームだっけ」

「あります?」

「ゲームよりも、ね。仲直りの前に仲違いの原因を詰めないと。綾野君、そのあたり面倒くさがってない?」


 うわ、鋭い。


「……一点差し上げます」

「お、ポイントゲット」


 普段の態度はともかくとして。的確だ。


「とはいえ妹さんが綾野君とゲームにしか関心が無いのであれば切り口としては悪くない。誰かと仲良くなるのにゲームってのはちょうど良い手段だからね。……でもやっぱり、うん、関係性の問題をゲームだけで解決は出来ないから。ヒアリングくらいはした方がいいかもね」

「ですか」

「ゲームはスタート地点、しっかりゴールを用意しないと」

「最後は本人たち次第かなって思うんですけど」

「きみ、そう言いながら妹ちゃんが落ち込んだらイヤなんだろ? じゃあそれなりに準備しないと」


 どうしよう。横浜さんと吉野さん、どちらの言う事も一理ある。僕は――。


「妹さんはどうなの。友達欲しい、みたいな欲求はある?」


 そこは聞いていない。

 それを聞いて妹の顔が曇るのも嫌だし。


「いや。どうなのか。アイツの根っこの部分がどうにも計れなくて。基本的にアホなんですけど、心の底では何を考えているんだか」

「うちの困ったちゃんみたいだ」

「あー、そっちは分かりやすいですよ」

「え、なになに?」

「僕をどうにかして啜り尽くそうとしてます」


 と言うと吉野さんは。


「あはははっ間違いない」


 否定する事も無く頷く。マリリがそういう人間だという事は僕らの共通認識らしい。


「昨日行ったファミレスだと僕を見ながら白米食べてました」

「うわっ引くぅ。ほんと、ふふっ綾野君はよくアレに慣れたよね」

「タイミングによっては愉快で心強い妖怪なので」

「はははっ、妖怪、ははっげほっ」


 この男マリリをネタに笑いすぎである。きっと日常的にストレスが溜まっているのだろう。


「一応確認したいんですど、基本的には良いやつですよね?」


 ただの変態だったらどうしよう。


「基本的にはね。要領良くて面倒見も良いし優しいしユーモアもある」


 そこまでは優良物件だ。


「ただね、あの子は不合理を許せない」

「不合理?」


 吉野さんは一瞬目を伏せ、すぐ微笑を浮かべる。

「人として正しい基準を持ってるから、そこから逸れる人や行動を赦せない。間違いを正さずにはいられない」

「誰の話ですか」

「キミの良く知る茉莉花ちゃん」

「正しい基準とやら機能してないんですけど」

「けっこう昔にキミが壊した。で、バグってしまった訳だ。自分が不合理と断じたはずの行動を今では自分が取ってしまう……みたいな」

「暴走するAIの話してます?」

「ふふ、暴走してるのは間違いないねぇ。おかげで寛容にもなったんだけども」

「いや、やれやれみたいな苦笑してますけど。貴方のとこの稼ぎ頭、僕の気持ち一つで牢屋行きですからね」

「その時はその時だ。そしてその時が来るまでは手綱は綾野君に任せるよ」


 変な風に覚悟が決まっている。


「ともかく、だ。逸れた話を元に戻すと、中途半端は良くない。他でもないキミの負担になるし時間の無駄だ。ホワイダニットだっけ。なぜ今に至ったのかを考えてみても良いんじゃないかな」


 ホワイダニット。何故起こったか、だっけ。吉野さんミステリ小説読むのかな。


「謎解きは得意じゃないんですど」

「大事なのは閃きよりも足を使った調査だよ。名探偵ってガラでも無いだろ?」


 楽して解決は無理か。

 安請け合いした気は無いけれど、あー、めんど。


「ふふっ」


 なぜか吉野さんが笑う。


「前に綾野君の何が可愛いのかを事務所で演説されたんだけど。その一つに、表情で何考えているのか分かるのが良いって言ってたのを思い出してさ、つい」

「ちなみに僕はさっき何て思ってましたか」

「あー、めんどって顔してたね、はは。キミは面倒見が良いのか悪いのか、あの子が気に入るのもわかるよ」


 普通に恥ずかしい。


「……と、ともかく。少し、ゲームの趣向を変えてみようかと思います。相談に乗ってくれてありがとうございました」


 今後はポーカーフェイスを心がけようと思いつつ、とりあえずお礼を言う。テレビゲーム的なヤツじゃなくても、何かある気がしてきた。


「そっか。ぜひ良い知らせを聞かせてよ」


 少しだけ光明が見えて、心の何かしらが楽になったように思う。


「でさ……、そのぉ、ひと段落したところでボクからもお願いと言うか」


 吉野さんが気まずそうに口を開く。


「なんです?」

「えっと。うちの子が、今後の事務所の方針に反発するかも~みたいな。だからまたこの前みたいに目の前にニンジンぶら下げて気を逸らして貰えるとそのぉ、へへ」

 先ほどまでの頼れる大人から一変、僕のご機嫌を伺う卑しい表情を浮かべる吉野。


「……あ」


 そんな顔を見ていると一つ思い出した。


「今思い出したんですけど、ゲームで仲直り作戦。茉莉花ちゃんが手伝ってくれる気満々だったんですよ。でも吉野さんに良いアドバイス貰った結果、茉莉花ちゃんの必要はたぶん無くなったので中止だって伝えておいてくれます?」

「ひんっ、このタイミングでそれはマズイよ。お願いっ、一回くらいは遊んでやって! ゲームで仲直りって最高のプランじゃんっ」

「さっきまでの話はどうした」


・・・


 バックスターカフェから離れ、日が沈みつつある道をクロスバイクで走る。


「暑……」


 とりあえず何かしらのゲームをやる予定は変わらないけれど、オンラインゲームよりも、こう、なにか良いものがある気がする。あんまり人のナイーブな部分に触れたくはないんだけれども……。


 妹がなぜ横浜さんの妹と交友を断ったのかを確かめる。そこは重要だ。

けれどそれは、心の傷を抉る様なものだ。そこが心苦しい。傷つけたくはないし、適切に患部を切除するにしても力加減が分からない。

 何故なら。


 僕はそこらの気持ちがさっぱり理解出来ないから。


 深夜ラジオの品の無い馬鹿話やマリリで笑う様な人間なのだ、デリケートなお悩みなど正直ピンとこない。

 昔、僕の幼少期を知る人間がガラス細工に触れるかのように慎重に恐る恐る接してくれたけれど、繊細だったのは過去の話。

 今の僕は住めば都の体現者、けっこうどこでも居心地よく過ごせるタイプ。

 そんな自己完結人間が果たして他人との関係を気にする繊細な子を理解出来るのか……。


「無理だぁ」


いざ真面目に考えはじめてみると、僕、そもそも誰かと喧嘩したことなんて……。


「あ」


 吉野さんの他にもう一人頼りになりそうな人が居た。

 しかもこっちは他人の揉め事とか好きだから良い助言をくれるかもしれない。

 クロスバイクのハンドルを切って方向転換。

 しばらく軽快に走り、古びた門の前にクロスバイクを停めて。


「助けてアンジェせんせーっ」


 そう叫ぶと――。


「うわっ、人の家の前で急に叫ばないでくださいっ」


 廃墟みたいな教会から制服姿のアンジェリカ・スコなんとか・コーネルが現れた。



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