電子妖精は羽ばたかない
雑居ビル二階。
大人が一人通れるかという階段を上った先にある雑多な雰囲気のホビーショップ『ガレージイイダ』の閉店時間。僕は五時間の労働を終えると、ため息と共に作りかけのプラモデルを箱にしまう。
時刻は二十一時。明日は日曜日とはいえ何だか疲れた一日だった。
「お疲れー。綾野っち、この後なんか食べてくー?」
ぼさっとした髪型の眠たげな男、真野先輩がバックヤードから現れる。
「いやあ。眠いんで帰ります」
「この時間、ヨドの七階レストラン街、一人じゃ行きにくいんだよなぁ」
「大学の友達とかいないんですか」
「はは。まあ、今はね。タイミングが悪い」
真野先輩の手にはフィギュアの作りかけの原型が握られている。先輩は随分と手先が器用でフィギュアを自分で作れる凄い人、なんならこれまでの人生で一番尊敬している人だったりするのだが――。
「先輩。店長の親戚だからって堂々とサボり過ぎですよ」
「いやぁ。良いところだったからさ。ほら見てみ、コレ。バーチャルアイドルのマリリちゃん。青髪ドレスにコウモリの翼。造りごたえあり過ぎぃっ」
真野先輩は愛猫家が猫自慢をするようにマリリのフィギュアを僕に見せつける。良く見れば顔の素材は悪くない先輩の爛々とした瞳に若干引きつつ、彼の自信作に目を移す。
「作るの何回目ですか。流石に見飽き……いや凄いなこれ、さす真野です!」
真野先輩がマリリのフィギュアを作るのはこれで三回目。新しい衣装が実装される度に作っているのだから随分とお気に入りらしい。
今は灰色のボディにもじきに色が付くのだろう。最近ではパソコンで3Dモデルを製作して3Dプリンターでフィギュアを製作する人も多いらしいが『所詮は趣味だからね、粘土弄りって楽しいじゃん?』とは本人談。バーチャルアイドルをアナログな方法で作るとは、確かに趣味の世界だと思う。
「今日なんてマリリが新衣装で朝までゲーム配信してたから俺まで寝不足だよ。中身はともかく、マリリのデザインマジで神なんだよなあ」
「へえ」
「興味無さそ。というか嫌そうな顔」
「家にモンスター、ゲームホリックシスターが巣食っているもので。その上で女の子のゲーム配信を見る気が起きないと言うか。甘ったるい声が聞きたくないと言うか」
たとえ可愛いのが正義だとしても過剰摂取はよくない。なんなら眠る前とかおじさんのラジオだったりの方が心地よくないか?
「ほーん。そんなもん?」
「そんなもんです」
閉店作業をこなしながらの雑談。
バイトを始めてはや一年。僕にとって恩人のような存在の真野先輩と一緒に居る事に最初こそ緊張していたものの、今ではすっかり日常の光景。どれほど尊敬していても一年もたてば慣れてしまうのだから、何事も物足りないくらいが丁度良いのかもしれない。
「よし、レジのお金オッケーです」
「じゃ帰ろっか」
そうして、すっかり慣れた道のりに沿って家の玄関を開ければありふれた土曜日が終わる。はずなんだけど。
「……暗い」
玄関の前でポケットから鍵を取り出そうとしていると手元足元が暗い事に気がつく。玄関は自動で照明を灯すことなく暗いままだ。
「あー。そうだった」
一か月ほど前であれば父さんか母さんが取り替えてくれていただろうに、二人揃って出張中。正確に言えばこれからは家に両親が居ないのが普通の生活になるらしい。
何それラブコメの始まりじゃん。
と真野先輩は言っていたけれど。当事者からすれば一気に生活の質が落ちた事に戸惑うと共に降って湧いた家事のアレコレはけっこう面倒だった。
脳裏に過ぎる炊事洗濯ゴミ捨てエトセトラ。これに加えて学校とアルバイトって、もしかしたら中々にハードなのかもしれない。夕飯もここ一週間は大量生産したカレー生活。楽でいいけどそろそろ歯の色が黄色くなりそうな気がするし。
ぼけっと突っ立ったまま生活のアレコレを考えつつ意気消沈している照明を見つめる。
「……面倒だけど、買いに行くか」
電球の大きさを確認して回れ右。コンビニへ向かおうとすると。
「じゃま」
妹が現れた。
・・・
さて。目の前に現れた黒いキャップを被った不審な美少女の名前はエリーゼ。通称エリちゃん。年齢はだいたい十三歳。こうして顔を見るのは一週間ぶり。残念ながら僕の妹である。
不思議な色合いだが、しいて言うなら金髪。黄緑の瞳。人と妖精から生まれたハイブリッド美少女、と母は言うが真偽は定かではない。
とはいえ長身の母から生まれた事は確かで、今は僕よりも頭半分ほど小さい身長もいずれは並ぶか抜かされる気がする。
「なにしてるの。カギ、あけて」
不登校の引きこもりかと思っていたけれど、人目の少ない時間であれば外をフラフラとしているらしい。
ま、妹の事はよく知らないけれど外に出るだけマシだと思おう。
「照明切れてたから、買ってくる」
「ふーん」
妹とすれ違ってコンビニに向かう。
「……」
「……」
聞こえる足音は二人分。一度立ち止まれば二人分の足音は止まり、再び歩き出すと足音はやはり二人分聞こえる。
「……」
「……」
つまり、僕と妹。
「いや自然とパーティ加入しないでよ」
「うるさ」
義理とはいえ妹からの塩対応。しかしまあ、昔からこうだった気もする。
「で、どうしたの」
「別に」
「ほーん」
ああ。何かあるな。
昔からこうだ。困ったことがあると人の周りをウロウロし始める。ただし、何に困っているのかは口にしない。人に聞いてもらえると思っている。
まあどうせ何か欲しいものがあるか、夕飯の変更を所望しているのだろう。
とりあえず気にしないことにして歩き続ける。
『そういえば、こんな時間にどこに行っていたの』
という無言の二人の間に丁度良い疑問も口にすることなく歩く。いつからか、いつのまにか、妹との喋り方を僕は忘れてしまっていた。上っ面の会話ならともかく、妹が何を考えているのかよく分からない。
ま、どうでもいい事か。
揚げ物セールの旗を立てたコンビニに入り、電球を買い物かごに入れて弁当コーナーへ。
無駄遣いかなと思いつつ、バイト帰りの自炊は面倒だ。それに、手作りカレーにも飽きてきた。
「エリちゃん、今日もカレーでいい?」
「やだ。でも弁当もイヤ。別のやつ作って」
「やだ。というか自分で作ってよ」
「……」
妹は無言で弁当コーナーを物色するとホイコーロー弁当を二つカゴに入れた。これも昔からだ。同じモノを共有したがる。
「他には?」
「アイス」
「取ってきな」
そうして案の定お高いアイスを4つカゴに入れる。
「エリちゃん。このアイス四つで僕の時給だからね」
両親祖父母共に妹を甘々に育てた結果がコレですわ。もしかして百円で買えるアイスがあるって知らないのかな。
「エリ、きのう一日で二十万稼いだよ」
「へ?」
「アイス溶ける」
「あ、うん」
「エリが払おうか」
「だまらっしゃい」
釈然としない気持ちのまま会計を済ましてコンビニを出ることしばらく。妹は僕の腰に頭をぐりぐりと押し付けながら器用に後をついてくる。
「シルエットだけみたら僕らほぼケンタウルスだから。離れてくんない?」
なんて邪魔な生き物なんだ。もしかしてそういう妖怪?
「……」
沈黙の妹。
普段は寄り付かないけれどたまにジャレついてくる。この辺り小学生の頃から変わりが無いと言うか進歩が無いと言うか。なんならこの兄妹ケンタウロス形態も今に始まった事では無い。
等間隔で並ぶ街灯が過ぎていく。
夜の静かな空気が心地いいけれど――。それは一人だった場合の話。
余計な装備品が背後にあるだけに微妙な心持ちだ。妹の悩みとやらもわざわざ聞いてやる気も起きない。
正直なところ。
僕は妹が好きではない。
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