短編集

茉莉花ショッピング

 都内某所、大型家電量販店ヨドレンズ本店。


「いらっしゃいませー」


 私の名前は吉岡洋二。勤続25年のベテラン店員。

 担当のカメラ売り場で今日も元気よく声を出し、お客様の関心を惹く。


 長年の勤務によって培われたスマイルと声色で「この店員なら声をかけやすいかも」と思っていただくのが目的だ。若い頃はノルマを優先するあまりさほど「良い品物」ではなくとも値下げを武器に勧めたりもしたが、数々の販売を乗り越えてきた私はある境地に達した。


 そう。ただただ「お客様にとって良い商品を買っていただきたい」この思いにつきる。


 今日はあいにくの雨。店舗としては売り上げが欲しいところだが……。


「いらっしゃいませー」


 カメラ売り場としては比較的珍しいお客様がいらっしゃった。

 年齢は十代後半といったところ。ショートカットのヘアスタイル、大きめの服を見事に着こなした見目麗しいお嬢さんだが。

 考えられるのは旅行用、ペット用、動画撮影用。近年はVlog用のカメラも人気があるが……。

 さて。

 私は逡巡する。

 声をかけるか否か。特に若いお客様は声をかけられる事を嫌がる場合も多い。

 ……よし、ここは「見」に回ろう。

 腰に取り付けたカメラ用のホコリ取り棒を装備し、ギリギリ声をかけやすい範囲に移動。様子見だ。

 重要なのはお客様の視線。一瞬でも私を見たのであればそれは「何かを聞きたい」合図。精神を集中しつつにこやかな表情をキープ。

 そうすること20秒ほど。私に視線が向いた。


「よろしければ、何かお手伝いしましょうか?」


 さりげなく一声かけると。


「お、いいですか? こう、人……じゃなくて動物を撮影してもバレ……びっくりさせない感じのカメラが欲しいんですけど」

「なるほど、かしこまりました」


 こういう明確に撮影対象を考えているお客様であれば勧め甲斐もあるというもの。

 人、ではなく動物の撮影。

 脳内でカメラをピックアップする。

 近年のスマートフォンの性能に押された結果、カメラは高額路線をとりつつある。だが、この年齢層の方であればある程度手頃な価格帯の方が良さそうだが――。先ほど「見」に回ったときに気がついた、服も靴もどれも安物では無い。身につけるものには拘りがあるタイプかもしれない。で、あれば。価格をとりつつも、性能で攻めていった方が良さそうだ。


「こちらはいかがでしょうか」


 サバイバーショットというコンパクトデジタルカメラを勧める。


「おおー、けっこう小さくて良いかも」


 女性のお客様の手でも十分持ちやすいサイズかつ高性能。さきほど仰られていた「動物」の撮影にも適している。


「そちらは本体の手ぶれ補正とオートフォーカス性能が高く、動く猫ちゃんワンちゃんでも可愛い一瞬を切り取る事が出来るかと」

「猫……?ああ、なるほど!……確かに猫みたいに可愛い男の子です、へへ」


 お客様は被写体を想像したのか可愛らしい表情を浮かべる。

 

「よろしければ少し撮影してみますか?」


 私はカメラコーナーに置かれた猫のぬいぐるみを丁度良い高さに置き直し、カメラの使い方を簡易的にレクチャーする。


「おお、これならイケるかも。タイマーはこれで……」


 お客様はカメラを片手で持つと腕を組み、まるでカメラの存在を隠すように構えると歩き始め。


 ーー撮った。


 周囲に一切の違和感を与えないまま撮影を完了させた。歴戦の販売員でなくては見逃してしまうほどの……。 これはまるで盗さーー。


「っ」


 私は自分の考えに驚く。お客様を卑劣な犯罪者扱いをするとは何事だ!

 スマイルの裏で激しく自省していると。


「どうです、良い感じに撮れたかと思うんですけど」


 お客様は変わらず素敵な笑顔でカメラの液晶モニターを私に見せてくれた。ああ、なんて駄目な販売員なんだ私は。一瞬でも疑ってしまうとは。


「大変よく撮影できているかと」


 そして気がつく。思い至る。動物はカメラを構えると警戒してしまう場合がある。先ほどの撮影方法はその警戒を掻い潜る為のカモフラージュ!


「うーんでも、そうだなぁ。もう少し小さいと良いかもなぁ」


 私は高額商品を売りつけたい訳では無いが、お客様が求めるのであれば。


「であればこちらはいかがでしょうか。同じメーカーのものですがより小型化、高機能の最新モデルとなります。ただ、少しお値段が上がってしまうのですが」

「お。これなら茉莉花ちゃんの手でも完全に隠せそう……」


 お客様は勧めたカメラを再び独特な持ち方で構えた。

 手のひらでカメラを隠し、中指と薬指の間をそっと開きレンズを露出させ、親指で本体をホールド。

 撮影の一瞬だけレンズを出し、カメラの優れたオートフォーカスがその一瞬を見事に切り取ると。レンズは再びお客様の手の中に隠された。

 これであればたとえどれほど警戒感が強い動物であっても気づかれないはず。


お客様と私、互いに満足出来る結果を出せたようでこくりと頷く。


「いやーカメラって良い値段するけど、これにしちゃおうかなあ」


 お客様との売買成立。かに思われたが、そこに待ったをかけたのは他でもない私だった。


「私、一つ思い出したのですが。なにも近くから撮るだけでは無かったりします」

「おろ?」

「お若い方だったので手頃でスマートフォンよりは良い写真が撮れるものをお求めかと思っていたのですが、先ほどの撮影技術を見て考えを改めました」

「というと?」

「あくまで参考までに見て頂ければ良いのですが。こちらでございます」


 先ほどとは打って変わったゴツいカメラが並ぶコーナーに案内する。

 いわゆる一眼レフ、ミラーレス一眼と呼ばれる交換レンズが並ぶコーナーだ。


「撮影している事どころか、撮影者の存在にも気を取られない位置からの撮影。つまり自然な一瞬を切り取る事が出来ます」

「な、なるほど、なんてこったい……。くう、さすがに販売のプロ、そうか、その手があったか!」


 お客様は青天の霹靂といった具合に、勧め甲斐のある反応をしてくださった。

 撮影サンプルの写真をパラパラとめくるお客様は何かを閃いたかのようにコクコク頷いている。

 

 これはいわゆる望遠レンズと呼ばれる類いのもの。

 動物以外ではスポーツ選手の撮影なども可能。さすがにそれほどの性能のものは高額すぎるので勧めるつもりは無かったが、販売員として彼女には知っておいて欲しかった。


「大きさは先ほどのコンパクトデジタルカメラよりもかなり大きくなってしまいますが、こちらであれば部屋の隅からこっそりと撮影したり、動物以外でも旅行の思い出作りに使えるかと思います」

「……そういえばタワマンが綾野家の近くに出来てたな……距離はいくつだ?」


 なにやら記憶を辿るように考え込んでしまった様子。予算の都合だろうか。

 

 しかし、限られた資産の中で最良の結果を探すのも購入の楽しみの一つ。私ども販売員はそのお手伝いをするためであれば、時に非情な選択肢を与えざるを得ないことをお許しください。


「これはあくまで一例ですので、いずれ撮影を好きになった時に」

「あの」

「は、はい。如何しました?」

「約500m先の人、いえ、景色を撮影したいんですけど」


 その目は、真剣だった。

 

「ご、500ですか」


 これは――どっちだ?


 メーカー様には大変申し訳ないものの、お客様がめざとくススッと移動した先には一部で、いわゆる「ストーカースターターセット」と呼ばれる超望遠レンズが置かれていた。


「あ、いやいや、もちろんその-。そうそう、せっかくレンズを交換できるなら色々と知っておきたいなと。そう、鳥とか。鳥も好きなんですよわたし」


 しまった。

 私の隠したはずの「疑念」を感じ取ってしまわれたみたいだ。ああ、なんて事だ。私は自分の直感が恥ずかしい。こんな可憐なお嬢さんが卑劣な犯罪行為などするだろうか、いやしない!


「失礼しました。しかしながらお客様。こちらレンズだけでも良いお値段が。本体と合わせるとなりますと、フルサイズの本体が必要となりますので最低でも……」


 私はこっそりと5本の指を立てる。


「型落ちでも十分な性能がありますので、本体が二世代前でしたら」


 指を一本曲げる。

 売れればいい、そんな考えは私には無い。やはりここは軌道修正しなくては。


「私としましては、紹介はしたもののやはり、最初の……」

「どちらも買います。どちらも、買います」

「なん、ですと?」

「愛、ですから」


 信念を感じさせる表情で、お客様は宣言した。

 唖然とする私を余所にお客様はスマートフォンを取り出し通話を始める。


「もしもし吉野? あーはいはい、勝手にいなくなってごめんね。とりあえず駅近のヨドレンズに来てちょーだい」

 

 通話を終えたお客様は私に振り返り、にっこりと。


「ついでにSDカードと、レンズを保護するやつも買っちゃおうかな。あとドローンとかもいいかも」


 そう仰られた。


・・・


「すみません、支払いクレジットカード一括で。領収書を(株)ペイントパレットでお願いします」

「畏まりました、一括払いで承ります。領収書の宛名はペイントパレット様ですね」


 すらりとした長身の男性の言葉を復唱する。

 ペイントパレット、知っている。

 最近ニュース番組で見た気もするし、妻がファンだという俳優がその芸能事務所だったはず。

 ようやく得心がいった。芸能関係には疎い私だが、おそらく彼女は新進気鋭の女優さんなのかもしれない。もしくはユアチューブの……。おっと、過度な詮索は御法度だ。

 クレジットカードの支払いを確認し、領収書の宛名を記載する。


「う、凄い額だ。これ本当に使うんだろうね。実際に使わないと経費で落ちないよ?」

「大丈夫大丈夫、テキトーに用意するから。それじゃあ吉岡さん、親切にどーもありがとうございました!」

「い、いえいえ。また何かありましたらお気軽にお立ち寄りくださいませ」


 まさか名前を覚えられているとは。業界の方というのはこうやって味方を増やしていくのかもしれないな。 私は深々と下げた頭の中でそんな感想を抱いたのだった。


「ありがとうございましたー!」


 ああ、今日はなんだか良い仕事をした気分だ。

 妻には500mlの缶ビールを頼んでおこうか――。

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