幸福の天秤が揺れる

「やったー、エリが一番だっ」


 コメントを見ると、おめでとー、だとかそう言ったものが流れていく。


「レー、エリ一番っ」

「はいはいおめでとー、最後スペースボンビーさえ居なければ僕が勝ってたのになー」

「妹より優秀な兄はいないってわけ」


 肝心なところで不運なあたり僕らしい顛末だった。


「……お二人、ヤってました? わたし、ダントツの負けなんですけど」


 あまりの負けっぷりに顔をひきつらせたトネリコさん。


「トネリコ、運悪すぎ。あははっ、借金一京だっ」

「うぅ、エリさんもレーさんも、妖精カードに恵まれ過ぎですよー」


 妖精カード。様々なお助け効果をランダムに授けてくれるカードなのだが、どういう訳か僕ら二人は妖精カードの引きが滅茶苦茶強かった。


「じゃあ、トネリコ。罰ゲームだ」

「え、そんな話ありましたっけ」

「じゃーん、エリ、今日はルーレット用意して来ましたー」


 妹はそう言うとパソコンを操作してルーレットを表示させる。


「なななんですかこれ。いつのまにこんなの用意したんですか」

「マネージャーが一晩でやってくれた。トネリコ、クモ苦手らしいね」

「ひぃ」


 画面に映るエリオットちゃんが楽しそうでなにより。


 ルーレットの中には『ホラーゲーム36時間実況』『生タランチュラ実食』『プライベートでスカイダイビング(感想は配信で言ってはいけない)』などがあり悪辣極まりない。


「あ、でもこの一番小さなやつ! これ、これをわたし狙います!」


 一番細い項目には『エリとトネリコもう一回コラボ』と書かれている。


「一応、希望を与えてあげるっ、ほらいくぞー!」


 ポチッとマウスをクリックする妹。


「あわわわわ」


 両目を瞑って祈るトネリコさん。


 くるくる回るルーレット。

 そして。


「あー、これかー」

「え、なんですか。どうなったんですか!」


 未だ目を瞑っているトネリコさん。


「トネリコさん、残念な事になりました。自分でご確認ください」

「ええええ。タランチュラやだタランチュラやだ、でもホラゲーもスカイダイビングもっ」


 開眼。


「やったあああああああ! 勝ちです、これ、わたしの勝ちです、みんなーやったよ!」


 ルーレットが止まったのは『エリともう一回コラボ』で、妹を見れば少し照れくさそうな顔をしている。


「……なるほどね」


 そんなこんなで四時間に及ぶゲーム配信は終わりを迎えた。

 帰りのタクシーの中、キャップマスクサングラスを装備した妹に質問する。


「ルーレット、あのマスしか指さないだろ」

「……」

 妹はこれで案外、多少、優しい性格をしている。

他人に罰ゲームを企画するというのは考えられない。いや、その割にルーレットの項目が随分と攻撃的だったような。いったい誰に似たんだか。


ともあれ。


あのルーレットは妹なりの好意。

もし、トネリコさんを気に入ったら罰ゲームを装いつつもう一度遊ぼうと思っていたのだろう。気に入らなければルーレット自体出さなかったに違いない。あのルーレット、恐らくは動画に近いものだ。決まった場所しか指さない。


「ま、妹が成長したようで兄としては一安心だけど」

「そんな事無いし。それより、帰る前にマネージャーとなにか話してたけど、デビューするの?」


 妹よ、ちょっとした雑談は一般人の礼儀なのだ。


「デビューってそんなのあり得ないよ。ただの雑談。業界も大変なんだなって」


 ついでに連絡先も交換しておいた。好き嫌いは置いておいて、当面は保護者代わり、必要になるタイミングもあるかもしれない。


「そっか。ねえ、レー、今日はつまらなかった?」

「いや、そんな事はないけど。少し疲れたかな。人に見られながら遊ぶのって大変なんだなと思ったよ」

「そっか。あ、コンビニ寄りたい」


 妹の一言で僕らはタクシーから降りた。コンビニの外でボケッと立ちながら待っていると。


「おまたせっ」


 駆け寄って来た妹の手には肉まんが握られており、その半分を渡される。


「ねえ、レー」

「なに?」

「今日は楽しかったね!」


 あまりにも純粋で健全な笑顔。

 まるで昔の妹に戻ったかのようだ。

 思わず、どうか、このまま傷つかずにいて欲しいと願うほどで。


 ああ。


 世の中、そんな上手くいかないと分かっているからこその願い。もしくは、動物がいち早く災害を察知するような感覚で。

 僕は不穏な気配を感じていたのかもしれない。


 ――だからきっと、トネリコ・ルリカが殺害されたのも偶然ではない。


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