中間地点


 六時間目、古文の授業が終了する。

 昔からどうも理解しがたい教科ではあるものの、スマホゲーで平安時代のキャラが出てくれたおかげでそれなりに興味は持てる。ユアチューブで専門家がゲームのキャラについて語るチャンネルもあったりで、文法はともかく作者に関してはそれなりに知識が増えたと思う。


「みんな、座ってくれー」


 教室に入って来た副担任の阿部先生がショートホームルームを開始すると、プリントを配り始めた。


「はいどーぞ」


 横浜さんからプリントが回って来る。


「どーも」


 さっとプリントの内容を確認すれば『三者面談』という気の進まないイベントが記されていた。


「期間内の希望日があるようなら早めにプリントに記入して提出するように。直前になって都合が悪いって言われても困るからなー」


 あー、憂鬱だ。あの母、目立つんだよなぁ。でも父はチャランポランなんだよなぁ。いっそ我が家の人間全員呼んで担任に気まずい思いをさせてみようかな。

 父はともかくエリーゼとリリーが僕に並んで座っている姿を想像すると苦笑いが浮かぶ。


「綾野、お母さん来るの?」


 横浜さんが横向きに座り視線を寄こす。


「多分」

「綺麗だよね。中学の時、運動会で見てビビった」


 横浜さんとは親しくは無いものの知り合い歴は長い。中学が同じで、進学先も一緒なのは横浜さんだけだったりする。つまり、我が母の見てくれもご存知なわけだ。


「妹ちゃんは元気?」


 中学が同じという事は地元も一緒。確か横浜さんはバス通学だったはずだ。


「見に来る?」

「そこまでは気にならない」


 でしょうね。


「ま、元気ではあるよ。こんど遊ぶ予定もあるし」

 遊びというか炎の兄妹三番勝負なのだけど。さすがにそれは恥ずかしくて言えない。何が悲しくて放課後に妹と遊ばなくてはならないのだ。


「へえ。そっか。仲良いね」


 横浜さんは興味を失ったように前を向き、話はそこで終わった。

 三者面談に炎の三番勝負に期末試験。前途多難だ。


・・・


 放課後。後輩に誘われたのでジャージに着替え、園芸部員として久しぶりに活動する。雑草生い茂るシーズンという事もあり、テスト期間の前に綺麗にしなければ後が怖い。


「ふぅ」


 ジメジメとした空気に汗が滲むものの、花壇の雑草抜きというチマチマとした作業は嫌いではない。スコップを使い根っこから雑草を引き抜いていると――。


「スマホ鳴ってたから持ってきたー」


 部室にゴミ袋を取りに行っていたジャージ姿の後輩がスマートフォンを片手に戻って来た。


「お、ありがと」


 雑草抜きを後輩にバトンタッチし、通知履歴を見れば吉野さんからの通話があったらしい。メールの方が多い人だけれど急ぎの用でもあったのかな。

 通話ボタンをタップし折り返し連絡する。


「もしもし何か用でも」

『綾野君っ、ほんと助かったというか。やってくれたんだろ?』


 声が弾んでおられる。


「やる?」


 僕、何かやっちゃいました?


『マリリ係だよ。もう、最近サイン書きとアヤノニウム欠乏症で下降を辿っていたマリリの機嫌が急上昇っ。ほんと助かったー。もう名誉マリリ係だね』

「うわ、不名誉な称号つけないで下さい」


 なんの電話かと思えばそういうことか。僕一人が犠牲となりマリリと吉野さん二人が幸せになったらしい。


「上機嫌に付け込んで歌の収録とセリフ収録を頼んだらオッケー貰えたからね。常務も喜んでたよ」

「常務、ですか?」


 会長、社長、部長とかなら分かるものの、常務ってどのポジションの人なんだろ。


『けっこー偉い人。まあ最近ちょっとごたついた結果、引責で……あ、これは聞かなかった事にして』


 上機嫌で口でも滑らしたらしい。


「よく分からないですけど。なんというか、おめでとうございます」


 マリリの歌とかセリフに微塵も興味が沸かないものの、吉野さんの喜びようから見るにバーチャルアイドルにとって大事な仕事なのかもしれない。


『もうナイスタイミングだったよっ、だからさ。どう、焼肉でも行く?』

「肉……」


 肉か。

 一気にお腹が空いて来た。男子高校生だもの。

 今なら上等な肉をご馳走してくれそうな気がする。再来週からはテスト期間だし、ここで英気を養っておくのも悪くはなさそうだ。網の上で焼かれる肉を想像すると唾が出てくる。


「じゃあ、せっかくなので」

『決まりだね、なんなら友達も連れて来て良いから、都合の良い日あったら教えてよ。それじゃっ』


 ご機嫌な声のまま通話が終わった。

 大人になってもあんなテンション上がることあるんだ。


「どったの?」

「どうやら人助けしたっぽい」

「偉いじゃん」


 雑草を抜いている後輩を見下ろす。

 友達を連れて行くと言われても小林と大場の二人を連れて行くのは流石に悪い気もするし。かといってどちらか一人っていうのもあれだし。

 でもギャル後輩を連れて行くのも何だか照れるし。同じ理由でアンジェもなぁ。というか面識の無い人を連れて行くのも……。

 あ、真野先輩がいたか。ガレージイイダで会っていたはず。


「ということで焼肉、どうですか?」


 真野先輩に電話をかけると。


『あー、肉は食べたいけど。んん、でも俺までご馳走になるってわけにもいかないし気を遣わせるのもなぁ。うん、今回は一人で行っておいで。俺とはまた別の機会に行こう。安い食べ放題なら奢ってあげるぞ』


 と、残念ながら断られてしまった。

 仕方ない。一人で行くか。

 スマホのカレンダーを確認すれば、明後日あたりが丁度良さそう。

 ……よし。

 今日の英会話レッスンをこなして。明日、我が家のわがままフェアリーとの勝負を乗り越えれば焼肉だ。


・・・


 教会に向かう前に一度家に帰ると無言の妹が周囲をうろつき始めた。

 どうせ明日構うんだし今日は無視でいいか、と思いつつ夕飯を考えていると、アンジェがまた美味しいご飯を用意してくれているかもしれない可能性に気がつく。

 つまり、自分の分を用意する必要は無いという事で、残る問題はこの妹。


「……」


 妹と目が合う。

 夕飯作るのが面倒臭くなってきた。

 妹の脇の下に手を入れ持ち上げて重さを確かめる。軽いものの今日一日くらい夕飯を抜いても問題は無いような。


「もしかして、今日一日くらい夕飯用意しなくても良いかなとか思ってる?」

「キミらはどうして人の考えてる事が解るんだろうね」


 妹を床に下ろす。


「一緒に来る?」

「教会?」

「そう」


 一応、教会で英語を教わっていると伝えているのだが。


「そと出るのはイヤ」


 あっさり断られる。


「美味しいご飯が食べられるかもよ」

「レーので我慢するよ」

「我慢って言うな」

「レー」


 妹は後ろに回ると僕の腰に頭を当ててくっつきケンタウルス形態へと移行した。どうにか妹が自分でご飯を作れるようにならないものか。


「僕もたまにはエリちゃんが作ったご飯食べてみたいな」

「出前ハウス?」


 これは無理かもしれないね。


「じゃあ一緒にサンドウィッチ作ろうか」


 簡単な調理を提案してみるも。


「サンドウィッチって一人で作るも二人で作るも一緒だよ。見ててあげるからレーが作りな」


 こいつ……。


「てれてれてれてててん、てててん、てててん」

「『エリーゼのために』を口ずさむな」


 妹の口からクラッシックのメロディが流れ始める。


「てれてれてれてててん、てててん、てててん」


 ベートーヴェン、厄介な曲を作ってくれたな。


「あーもうめんどくさい。エリちゃん、今日は何食べたいの?」


 いつまでも相手をしていられないので、僕が折れることにする。

 ああ。いつも最終的にこうして甘やかすから、こうなっちゃったんだな。


「てててん♪」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


きりの良いところで話を切った回でした。物語も中盤です。


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