巡り合い清廉(4)


「せーれん、二階席の涼しいとこで食べようよ」

「だめ。二階席じゃよく見えないでしょ」


 日が暮れたとはいえ、アスファルトには熱が溜まっているようで、テラス席には温風が渦巻いている。せっかく頼んだルカ・バーガーセットのコーラもすぐ温くなってしまうだろう。


「星野さんのこと好きなの?」

「は。はあっ、な、何を言ってるのよ。違うから、いち音楽関係者として見所があるなと思っているだけでそういうのじゃ無いんだから」

「確かに、もじゃもじゃブロッコリーみたいなうだつの上がらないフリーターを好きな子なんている訳ないか」

「あんた今なんて言ったのっ! いいじゃないバンドマンっぽい見た目で、ちょっと駄目そうな感じが良いじゃないっ」

「……ふーん」

「っ、巧妙な誘導尋問に引っかかってしまったようね。ただ、その、恋とかじゃないのよ。ほんとに、その。推しなの」


 ずず、と清廉がコーラを啜る。

 生の感情というか、清廉の喜怒哀楽は見ていて清々しいほど瑞々しい。

 そういう部分には好感を持てる。


「……なに人を微笑ましい感じで見てるのよ。蹴るわよ」

「やめてよ。じゃ、話を変えるとして、せーれんの推しの星野さんって、どういう人なの」


 ガラス窓の向こうに見えるモジャモジャ頭の人を見る。愛想よく接客する様子は理想的なバイト戦士に見える。


「レチクルってバンドやってた人。三月に解散しちゃったけどね。ほんとマジでショックだった。インディーズの中だと有名……知ってる人は知ってるみたいな感じで。客観的に見ると典型的昔は良かったバンド、みたいな」


 ポテトをかじる清廉はファンにしては辛辣な評価を下す。


「年々、上手くなってたのよ。演奏も歌い方も。でも、……輝かなくなってた。きっと伸びてたんじゃなくて、整っただけだったのかも」


 清廉の言葉をいまいち理解していない僕に気がついたのか、清廉は紙ナプキンで指と口を拭きながらクスリと笑い空を眺めた。


「……それでも、光ってた一瞬をあたしは忘れない。それだけよ」

「なーんの話してんの?」

「きゃっ」


 エプロンを脱いだ星野さんが店内からトレーを持って現れた。


「せっかくだからご一緒しちゃおうかなって。いい?」

「いいですよ」


 清廉はコクコクと頷き、僕も特に問題はないので無人のテラス席から椅子を引っ張る。


「せんきゅー。まさか路上ライブで会った二人とまた偶然会えるとは思わなかった」

「いや偶然じゃなくてたぶん何かしらの追跡行為うおっ」

「ん? 大丈夫? 足ぶつけた?」


 星野さんが心配そうに僕を見る。

……大丈夫ですガツンと足を何者かに蹴られただけです。


「あ、ごめんね綾野。足がぶつかっちゃった」


 清廉はそう言いつつ僕の方に椅子をずらす。推しの近くは居心地が悪いらしい。


「綾野君か、オレは」

「星野晴さんでしょ、憶えてますよ」

「おー。なんか嬉しいな。そっちの子は、そういえば名前は聞いたこと無かったっけ」

「す、せ、清廉未羽です。高校二年、趣味は音楽。好きなタイプはひょろっと背が高くて頼りなくて、でも一芸あるタイプです」


 急に告白始まったな。


「清廉ちゃんね、よろしく。こうして会うのは三度目だっけ」

「は、はい」

「三度目?」


 清廉に聞くも僕の相手までしている余裕は無いらしい。


「オレがさ、向こうの高架下でベース鳴らしてたら偶然通りがかったみたいで」

「……レクチルのCDにサイン貰ったのよ」


 おそらく、だが。

 この清廉さん、その『偶然』会う前にここで働いている星野さんを発見してサイン貰おうとして、でも勇気が出なくて、アルバイトが終わるまで星野さんを見張るも声を掛けられなくて高架下まで追跡したんだろうな。そうじゃないとCDを持ち歩いている訳ないし。

僕はストーカーには詳しいんだ。


「あと曲もくれて」

「ちょ、ハレピ……星野、さん。その話は」

「……?」


 清廉が慌てたように星野さんを制止する。


「あー、ごめん。はずい話か。ゴメンゴメン」

「いえ。その…………いえ、大丈夫です。恥ずかしさよりも憤りが沸いて来たので。言ってください」


 清廉の怒りを孕んだ視線が僕に向く。

 なんだ、僕は何もしていないはずなんですけど。そう言えば清廉は何度か僕に一言あるみたいに言っていたけれど。


「そんな改めて言って下さいと言われると……。ほら、綾野クンが酷評した曲あったじゃん」

「……あ。あの女子中学生日記」


 そう口にした瞬間、どこからかギリ、と歯を食いしばる音が聞こえた。


「そーの曲なんだけどさ。あ、ごめんやっぱこの話は無しで」

「……いや。そこまで言われたら解りますよ。つまり」


 僕の視線は自然と眉間に皺を寄せている清廉に向き――。


「そうよっ、あんたが女子中学生の考えたみたいな恥ずかしい恋愛ソング(笑)みたいに言ったのは、このあたしが一生懸命考えた曲なのよっ!」


 顔を真っ赤にして立ち上がった清廉が両手にググっと力を込めて僕を見下ろす。


「うっ、くっ、ムカつくわ。屈辱よ、あたしの曲がそんな風に言われるなんて。きっとコイツは音楽センスなんて皆無のおバカさんなんだと思わないとやってられないくらいムカついたわ。後ろから羽交い絞めにしてやろうかと思った――けど。あんた、星野のベース聞いて身体揺らしてたし、無貌の星聞いて感動してた風だったし、つまり音楽の好みはあたしに近い可能性があるじゃないっ、つまりっ」


 これは。完全に僕が悪いな……。


「あたしの、曲、すっごくダメだったってコトじゃん!」


 通行人が驚いた様子で一瞬こちらを見ては通り過ぎていく。

 ……ごめん星野さん、助けてください。

 という意味を込めた視線を星野さんに向けると。


「言えたじゃねえか」


 無意味な言葉を発していた。


「綾野、あたし、あんたをどうにかしてギャフンと言わせたくて仕方ないの。さすがに見ず知らずの人に突っかかるのは失礼だから我慢してたけど、ね、もう赤の他人じゃあ無いものね。この怒り、悲しみ、恥ずかし、そして怒り、かつてない衝動をどうやってアンタにぶつければ良いのかしら!」


 マリリ、助けてくれー。

 清廉、ほんとに煮えたぎるマグマみたいな奴じゃん。僕、清廉の熱で蒸発しちゃうかも。にじり寄る清廉によって僕が消し飛ばされる間際――。


「衝動のぶつけかた? そんなのさ、一つしかないっしょ」


 星野さんがストローを使わずにコーラを飲み、一言発した。


「――バンド、やろうぜ」


 星野晴の一言は青天の霹靂のように唐突だった。

煮えたぎる怒りを表明していた清廉はプシュっと鎮火し、カタンと椅子に座る。


「オレがベース。二人はどうする?」


 何を言ってるんだこの人。二人は――って。清廉はともかく、僕は。


「僕、楽器とか出来ませんよ」

「楽器が弾けるから音楽やるんじゃないだろー。なんか言えない言葉とか、表現したい気持ちがあるからやるんだ。最初の一歩目に技術も才能もいらねー」


 言えない言葉?


「あ……あたしやる。ハレピ……、星野さんとバンドやりたい。歌、けっこう得意。ベースも弾けます」

「お、いいね。じゃあバンドメンバーになった事だし、ため口でいいぜ?」

「わかったわ」

「切り替えはや……。では、あと一名募集してまーす」


 星野さん。僕に表現したい気持ちなんてどこにも――。

 あと清廉。歌手活動休止中じゃ無かったのか。勝手にバンドとかやっていいのか。それとベースって完全に星野さんに影響受けて始めただろ。

 そんな言葉が頭の中に過ぎって最後には。

 ――僕には無理だな、という言葉が浮かんできた。


「悪いですけど僕は」

「綾野クン、何もないヤツは路上ライブに足なんて止めねーよ。笑いもせずに去っていく」


 星野さんの一言は、まっすぐに僕の胸に飛んできて、言葉を失う。

 何かあるから、足を止めた? いやいや単に面白がって――。


「きっとあるぜ? 『欠けた胸の隙間』を埋める何か」


 そのフレーズ。

星野さんが最後に歌った曲、無貌の星にあった――。


「客席の様子ってけっこー見えるんだわ。路上だと尚更、さ。やってみたら楽しいかもよ?」


 星野さんが笑う。


「そうよ綾野。やるわよ。特等席であたしの凄さを見せつけてあげる。あたしの得意なステージで、あたしの想いを、ぶつけてあげる。楽器は練習するとして、あんたはとりあえず歌詞作りなさい」

「いーね、作詞なら音楽経験なくてもイケるって」

「あんたがコケにしたあたしの女子中学生日記がいかに考えて作られていたのか身をもって体験しなさい。安心して、あたしが満足いくまで何回でも添削してあげるから」


 怒りのベクトルが変わった清廉の威圧的な笑みに気圧され発言権を奪われる。


「おー。決まったな。じゃ、オレがベースと作曲、清廉ちゃんがベースとボーカル、綾野クンが作詞……さすがに音足りないからスネアもどうにかやって貰……」


 チラッと僕に視線を寄こす星野さん。


「なにか言いました?」

「よっしゃ、ともかくいっちょ月末ライブ出演目指してがんばろー」

「おーっ!」


 呆気にとられている間に、二人の拳が夜空に突き上げられた。



――――


 ということで今回の章はこんな話になるかと思います。

 引き続きよろしくお願います

 感想、評価もありがとうございます!

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