マスコット
ブレインの返事を聴いたわたしは、なぜか胸が締めつけられるようだった。彼が去ると、雨音は一層うるさくなった。わたしを残してブレインは逃亡者となった。ブレインに訊きたいことは山ほどあるけど訊かなかった……いいや、わたしが訊いていいものではない。
笑顔の仮面をつけた悲しき道化師はわたしなんかよりもずっと傷ついていて、誰も救ってやれない奈落をひとりで歩いている。
ブレインの肉体は天を示し精神は地を示していた。〝天秤の崩壊は世界の崩壊〟その崩壊を阻止しようと、彼は過去に不完全であった調和を完全なものにしようと歩いている。
(彼が歩き続けるのであれば、わたしは協力者となりましょう)
わたしはホルスターから銃を引き抜いた。彼へ向けるためではない、わたしがとらえた未来は――「ブレインは危険だよ。アイツから感じる色も音も臭いも、今までのケモノ連中と比べて異常だよ」と、銃口を向けた先にはマスコットがいる。
「そりゃあブレインだもの、わたしたちからしたら異常でしょ?」
「そういう異常じゃなくてさ――何もかも『複数』ある異常だよ。つまり、イェーガーが追っているXかもしれないってこと」
「わたしが追っているXはブレインじゃない、それだけは分かる」
「……証拠は?」
「見えているから、なんて言っても納得してくれないわよね」
わたしは銃を仕舞った。マスコットを信用したわけではなく、銃を必要としない未来だったから仕舞ったのだ。
なぜマスコットがここにいる? などとは思わなかった。イヴィル・ハンティングが開催される前からマスコットはブレインを追跡していた――クイーンからの命令で。
どうしてマスコットの使命を知っているのかと問われれば……今のわたしの
――結局のところ、わたしは未来人を殺せる力を手に入れてしまったようだ。上位超感覚能力者を資源として利用する力を手にしたのだ。
「『どうしてここに?』とは訊かないんだ」
「あなたについてはカンニングさせてもらったからね。疑問点は覗かせてもらった」
「それが完成体の第六感ってやつか……みんなわたしを置いて遠いところに行ってしまうんだね。ブレインが来てからのシュメルツ部隊は寂しくなったよ」
とマスコットはステルスバードを夜空に放った。
彼女の狙いはブレインだろうけど、彼はもう行ってしまった。わたしもマスコット相手に時間を無駄にしていられない。この先当てにできるのは自分の目だけだ。どこからどこまでが試練か分からないけど、わたしは全部乗り越えて誰も辿り着けない頂上に立たなければならない。
「ブレインはどこに行ったの?」
帰ってきたトリを見たマスコットはわたしを鋭く睨んでくる。いつもの可愛らしい顔が台無しじゃないか、しかしその怖い顔をさせたのはわたしの所業があったからだ。
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