特異人の環境
ブレインの言葉を聴いたわたしは冷ややかな表情でいようと必死だった。しかし、ついには失笑してしまった。
「それが言いたいがためにこのお菓子とさっきの質問を材料にしたってわけでしょ。わたしのツボを突くなかなかの戦略だったわ」
と休憩室には、わたしという美しい乙女のバカでかい笑い声だけが響いた。
隣のクイーンは「なるほど」と理解したのか目を細める。マスコットといえば、一部も理解できないというように肩をすくめていた。
誰かを感心させるために用意周到な流れをブレインは考えていた。それを想像するだけで、わたしは笑いを堪えられない。
〝自分自身の意識〟――つまりは、たった一つの冴えたやりかた。どんな時でも、選択するのは自分自身。麻薬を使うのも使わないのも自分の意識、愛を伝えるのも伝えないのも自分の意識だ。
<A:生物に意識は存在しない>、そう証明されない限り倫理や論理は死んでくれない。
「フランス革命でのひとりひとりの意識は共同体意識になった。そうならなければ成功しなかった。ふふふっ、ある意味でブレインは
「何を言っているのか分からないし、クイーンは口説いているし、イェーガーもいつものような鋭さがないし……おい、ブレイン! 新兵のくせに生意気だぞ、わたしが食ってやる!」
とわたしの両隣の乙女は珍しく男に興味を持ったようだ。
歴史も、言葉遊びも、生物も、化学も、わたしは関心を持たなかったけど、ブレインの話は魅力的な化合物とでも言っておこう。
「裏で生まれた人間は他人の意識も自分の意識も気にしないんだけどね」
「他人の脳を弾丸で吹き飛ばすこと、他人の精神を言葉で犯すこと――以上より重要なのは『自分』であること。と、誰かが言っていたんです」
「やっぱり表の住人って、聖人の共同体なの? それともあなたの共同体はそういう人間が多かったとか?」
まあ、面白かったからいいんだけど。とわたしは付け加え微笑んだ。
間もなくクイーンは、「ミスター・ブレイン、世界は広いけれどここは狭くて穏やかですよ」と憩いの場――乙女三人がいつも使っているテーブル――に一つ席を設ける。
我らのクイーン様がわざわざ用意した椅子は新人には勿体ない。ブレインはそれを知っているのか遠慮がちに腰掛ける――そこまではよかったのだ。裏社会で一二を争うやかましさのマスコットが喋らなければ穏やかだったのだ。
「ねえねえ! 君も特異人として満足していないでしょ? と言うより、不満でしょ……」
唐突な質問は場の空気を凍らせた。
特異人が満足する環境なんてこの最低なセカイのどこにも存在しない。利用されるだけされて、最後には殺されるか捨てられるかのセカイだ。『人類』という一本の樹は、『種』という幾つもの枝を実現させ、それぞれの文法を用いた。そうやって枝分かれして小数点以下になったわたしたちは堂々と日の光を浴びられるほど認められた存在ではない。
当たり前なことをどうしてマスコットは訊いたのか、わたしには理解できなかった。
不快感を表現してもいいと思うけど、ブレインは、
「満足はしていません……ぼくの生まれた国は特異人であっても『ある程度の幸福』がシステム化されていた。しかし、どこに行っても馴染めるわけもなく、今では裏社会です」とブレインはわたしに視点を移動して「目的のために自分から裏社会に踏み込んだんですけどね」
そう言った彼の表情は無理に笑顔を作っているようだった。
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