表のセカイと裏のセカイ

 そこでクイーンは両手をパチンと合わせて、


「大体予想できました。人口が億を超えているのに犯罪率の低い国。そして先進国の中でも別格扱いされるGGグループ・オブ・ゴールドに席を持つ国でしょう」


『ははーん、生まれから勝ち組、良いところのお坊ちゃんか』


 とわたしとマスコットは感情のこもっていない声を揃えた。この発言は開発途上国のヒトがGG国生まれに対して使う定型文らしい。


 ――それはそれは大層なお生まれで、途上国からしたら貴族やら王族ばかりが住む国じゃない。ほんと……生まれる場所を選択できたらいいのにね。と嫉妬をことばにしたかったけど、わたしはいつものように言葉の墓に埋めるのだ。


「他国と比べれば相当な幸福と恵まれた環境――にも関わらず、自殺は少なくなかった。いいや、自殺が一番多かった……『表のセカイは優しさに殺される、裏のセカイは銃で殺される』って、誰かが言っていました」


 そう話すブレインにわたしとクイーンは数回頷いていた。


 先程からブレインの話に出てくる<誰か>は裏も表も知っているのだろう。裏と表、それがなければこのセカイの調和を保つことなんてできない。


 いいや、ちがう――「人間って無力の中に生きているようなものでしょ……だから、わたしたち特異人が国やらセカイやらについて考えても無意味なのよ」バランサーがいたところで調和を保つことは不可能。そんなセカイ。


 過去に『仕方なかった』と言ったわたし。そのわたしの裡に甦る言葉は、あの頃の記憶。


――「世界を綺麗なお花で埋め尽くしたい。世界を無条件の愛で満たしたい」――


 それは『わたしのことば』であって、『今のわたしのことば』ではないのだ。


 どうしようもないメモリーを読み込んでいたわたしは我に返り痛くもない頭を押さえている。


(この男がいるとどうしてか嫌なことを思い出してしまう)


 そんなことを思いブレインをじっと見つめる。なんの変哲もない男だ、そこらの田舎から大都会に出てきたような田舎しか似合わない男、昔田舎道で出会ったことがあるような少し変わっている男子おのこだ。うん、見れば見るほど言うべきことが裡から溢れてきそうな変な男子だ。


「ぼくとあなたは少し似ているのかもしれない。幸福は思いのほか近くにあるのも、ということが分かったいま旅に出る必要もなく」


 ブレインに言われてわたしは肩をすくめた。


 女を口説く彼なりの決め台詞なら共同意識を重視する女性を口説けばいい、しかし、ここにいるのは裏の住人であるからコミュニティなんてかりそめのようなもの。


 だからわたしは、こう返すのだ。


「似ていないし、わたしの意識はわたしだけのものなのよ」


「…………ところでイェーガー。<今回の件>だけど、彼にはどう説明したの?」


「教育係お疲れ様です」


 最高にクールで自惚れてしまいそう。というわたしの気持ちを言葉にしたのだが、クイーンとマスコットはツッコミも入れず話を変えてきた。


 そんな彼女たちの態度に拗ねてしまうわたしは、彼女たちのおっぱいを揉みしだいたりはせず、何か閃いたように両手を叩いて、


「そういえば、説明してなかったわ」


<――諸君、食事中に申し訳ない。今日中に一つばらしてほしい案件がある。参加するなら報酬ははずむよ。それに、成功すれば裏の政府は君たちを高く評価するだろう>


 と、わたしが説明に入ろうとしたとき、アルカナム上層部からの通信がはいってしまった。ということらしいからブレインには悪いけど説明はまた今度。


(――さあ視聴者諸君! お待ちかねのブラッド・スポーツの時間だよ)

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