燐寸売りの……

 ゆっくり調べたいところだけど、これ以上時間が経過すると他の参加者に邪魔されて、せっかくのアドバンテージとブレインのデビュー戦が台無しになってしまう。だからわたしは、


「その特異人を削除しろ――それがあなたの通過儀礼」とブレインに端的に言った。

しかし彼は、命令に従おうとせず銃を見つめて立ち尽くしている。


 それを見たわたしは、彼の手を優しく取って一緒に銃を構えてあげた。


 いま必要なのは魂よりも重い銃だけ。弾丸は込めてある、安全装置は解除した、銃口は標的に向けてある。あとはブレインが冷たい引き金を引いてくれるのを祈るのみ。


 ブレインの教育者として、わたしがイヴィル・ハンティングで受けたハンデは――


<handicap:標的はブレインの手で削除させる>


 GG国出身のブレインが、今まで見てきたセカイを否定できるのか……引き金を引く覚悟があるのか……倫理的判断を無視して冤罪事件かもしれない犯人を殺せるのか……。


 裏社会において、彼のようなGG国出身はSの付くレアな存在だ。だからなのか、裏の政府や視聴者ギャンブラーはブレインの人間性に注目している。


 どこまで人生と社会を憎めるのか。今までのモラルを捨てて新たな環境に適応できるのか。ここでの選択が裏社会で生きるか死ぬかの分かれ道――表の器か、裏の器か、それとも……。


「どうしたの……あとは引き金を引くだけよ」


 頼むから引いて、裏社会の特異人はみんな通る道なの。あなたが復讐を果たしたいのなら、この程度のことで怖気づかないで。特別じゃない限り表社会との決別は必須よ。


「引かなくてはいけないのですか……」


「うん、観客たちはブレインの勇気を観たがっている。あなたが踏み込んだのは裏社会――そのセカイの住人は綺麗なものが汚く染まるのを今か今かと楽しみにしている」


 お願いブレイン、これがあなたの言う暴力的なことだったとしても、復讐の道を進むなら撃って。ひとりの罪人を撃てないようじゃ、このセカイであなたの価値はなくなってしまう。


 わたしが渋い顔で待っていると、ブレインは暖かい手でわたしの冷えた手を包み、


「イェーガーは、《燐寸マッチ売りの少女》のお話を知っていますか?」と、唐突に訊いてくる。


 この時のブレインにはおとなっぽさは欠片もなく、そこにはこどもが描くカラフルで優しい絵とお話が広がっていた。だから、訊かれたわたしは気持ち悪さなんて抱かなかったのだろう。


「知っているけど、あなたの知っている物語と違うかもね」


 わたしはブレインの意図が読めないまま、風が吹き抜けるように返していた。


 するとブレインはマッチ売りの少女の内容を話し始めたのだ。


「雪の降る夜、少女は燐寸マッチを売ってくるように父親に命令され、街の大通りでマッチを売っていました。少女の家は経済的に余裕もなく、家には暴力を振る父親がいます。マッチが売れないまま家に帰ったら父親にぶたれてしまいます。だから少女は寒いのを我慢して言うのです『マッチ、マッチはいかが』と。しかし大人たちはマッチを買ってくれません。少女の足の色が紫色になっていても、大人たちは『関係ない』と言っているように通り過ぎていきます。『マッチ、マッチはいかが』……」

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