茶番

「もしもーし、起きてくださーい。ドクがセッションだかパッションだか、ネゴシエーションだかアプリケーションだかを開始するみたいですよ」


 と、わたしの肩を揉み揉みしてくるのは年上の後輩マスコットだ。会議室でうたた寝していたわたし……じゃなかった、時間に遅刻するバカ垂れ共は何をしていたのだか。


 そこで不機嫌な顔を露わにするわたしはふたりの男を睨みつけた。


「遅いんだけど! ビショップにドク、お前ら何してたんだ? いついかなる場合でも完璧を求めなさいよ、このゴミ共。ゴミでも食べて共食いしてろ」


「えっ、おれは五分遅れるって伝えたような……」


「はあ? 五分も遅刻だと? ビショップ、あんたの五分でわたしが何人殺せると……」


「ソーリーソーリー、ミス・イェーガー。ミスター・ビショップは許してやってくれ。そして、お腹の痛かったイケメン上司も許してもらえると助かります」


 とわたしの怒号に同期のビショップは怯え、クソ上司のドクはいつものように誤魔化す。型どおりでつまらない光景、甘すぎる社内の臭い。視覚も嗅覚もわたしにはきつすぎる。だから、いつも以上にイライラしているわたしは、


「進めてちょうだい」怒鳴るのではなく早く会議が終わるように働きかけるのだ。


 わたしを一瞥するA君やらBさんといった常人であり普通社員である人は、緊張からか背筋を拷問器具でガチガチに固められているかのようだ。


 この会議室だけでなく、この会社全体で一番教養のないわたしは他の社員連中には間違いなく嫌われていることだろう。この性格だから仕方ないといえば仕方ない、当然といえば当然だ。それに完璧主義のわたしにとって他の社員は失敗のもととなる邪魔な存在なのだ。


 と、そんなことを思うわたしはA君とBさんを鋭く睨み、静かに中指を立ててみせる。


(辞めちまえ)というわたしなりの侮蔑を秘めた精神攻撃だ。物理的に攻撃してもいいが、攻撃する相手が常人となれば肉体の原型は保証できない。だから静かにしておこう。


「あらあら、イェーガー。そのような可愛らしい威嚇では獅子の子に笑われてしまいますよ」


 そこで登場してくるのは決まってわたしより上の怖い女だ。


 ここの連中はどうしてか人当たりがいいらしい――というより、お嬢様クイーンは女のわたしからみても性格だけでなく顔もカラダも特上だ。わたしの空想で語る彼女は、裕福な家庭で生まれ、教養があり、完璧な女。わたしとは正反対で嫉妬心を抱いてしまいそうだ。


「ええ、わたしはいつも『清く正しく美しく可愛く』、それを心がけているもの。あなたみたいに品のないセクシャルはわたしの求める完璧に程遠いわよ」


「そうね。でも完璧を求めるあなたはわたしの美に勝てないのも事実――ってことは、わたしこそが完璧ってことかしら? 小物の狩猟家ちゃん」


「――はあ? 冗談はあなたの能力とその肉体と顔と性格とその他諸々にしといてよ」


「そんなに褒めないでください。イェーガーも十分……ではなく八分程度に良い感じですよ」


 ムカついたわたしはクイーンの豊満なおっぱいをつかんだ。両方の乳房、特異な力でも使ったのかと思うほどの迫力をもつ乳房。わたしの両手には形の整ったメロンが生っている。しかし取って食うわけにもいかないので、わたしは優しく揉んでやるのだ。


「ねえクイーン、このおっぱいはいつ頃出荷予定なの。こんなに綺麗に実ったのだから、禁断の果実はとても甘いのだろうね」


「ふふふっ、綺麗でも甘いとは限りませんわ。殺せるほど甘いか、死にたくなるほど苦いのかもしれません。わたしを果実でないもので例えますと『スズラン』のような可愛らしいお花。その『わたし』をケダモノしかいないお店の食品コーナーに並べても構いません……つまりは、そういうことです」


 と眩しい笑顔で返されてしまい、わたしには失笑するしか選択肢がなかった。話を聴いていたのであろうマスコットは「おおー」と感心したように拍手する。


「あぁーお腹痛い」と、いつの間にか大笑いしていたわたしは先程から羨ましそうに見物する男性諸君ひとりひとりに指さして、


「残念だったなおまえら、スズランの別名は『谷間の姫百合』――そして猛毒の花。つまりクイーンから『死ぬぞ』って忠告だ」


 言葉の意味を理解しているわたしは、彼らが勘違いしないように教えてあげた。


 そう、これがわたしなりのささやかな人助け。お嬢様は男の自尊心を傷つけないようにいつも配慮している。だからわたしはクイーンの黒い部分を晒し、勘違いしやすい「雄」という生き物に覚えさせる。これで良好な関係のできあがりのはずだが、


「ノンノン。イェーガーはいつも屁理屈ばかりだ。我らのクイーンは、いつでもアタックしてくださいと申したのさ。そうですよね? 我らの女神様」アホな上司のようにいつまで経っても分からない連中は山のようにいる。


「ふふふっ、さあ、深く考えておりませんわ」

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